第4話 問答
清治は相手に攻撃してくる意志はないと判断し、刀の柄からゆっくりと手を離した。その行動を好意的に受け取ったのか、小夜姫は先ほど見せた苛立った表情から一変して、にこやかな笑みを浮かべた。
「うむ、それで良い。神に刃向かおうとするのは得策ではないからのう」
「あなたはずっと自分のことを神だと言っているが、俺には到底それが真実とは思えん。なぜなら、あなたは俺の思う神の姿とはかけ離れているからだ。神というのは、もっと威厳に満ちた存在だと思うのだが」
清治の発言を受けて、たちまち小夜姫の顔は真っ赤になった。
「何じゃと、お主は妾に威厳がないと申すか!」
「ああ、そうだ。確かにこの時代にはそぐわない妙な格好をしてはいるが、珍妙ななりをしていれば神らしく見えるかといえば、そうではあるまい」
「なっ、お主、神に対して何ということを……! ……まあ良い。所詮は人間じゃ。時には愚かなことも申すであろう。今回の不敬は、妾の寛大な心に免じて許してやろう」
小夜姫は一つ大きく息を吐いた。彼女の顔色が元に戻っていく。清治はまるで百面相のようだと思った。
「神だというのなら、何か証拠を見せてはもらえないか? 場合によっては、信じてもいいが」
「証拠? そのような要求をするとは、お主、良い度胸をしておるな。……良いじゃろう。妾はお主にとって、いずれは己の伴侶となる者なのじゃからな。妾のことをよく知っておきたいと考えても不自然ではない。……では、問おう。お主は、妾に何を望む?」
「望む……とは?」
「妾に叶えてほしい願い、してほしいことを言うてみよ」
「願い、ねえ」
清治は首を捻った。彼は神仏にすがったことがあまりない。自分の望みや願いは、自分自身の力で叶えるべきものだと考えているからだ。そのため、自称ではあるが神を前にしても、彼女に叶えてもらいたい願い事など浮かばなかった。
なかなか口を開かない清治に業を煮やしたのか、小夜姫は腕を組み、大きなため息をついた。清治はやや面倒に感じ、仕方がなく「では、空を晴らしてはくれないか?」と言った。今は、空は分厚い雲で覆われており、どんよりとした天気である。この雲をどかすことができたならば、自分は神であるという小夜姫の主張を信じても良いかと考えたのだ。
小夜姫はしばし視線を落として思案した後、まっすぐ清治の目を見つめて言い放った。
「良かろう。お主の願い、しかと聞き届けた。今に、お主に太陽を拝ませてやろう!」
小夜姫は両手を合わせて目を閉じ、何やらぶつぶつと呟いた。それからゆっくりと
すると、雲がゆっくりと——本当にゆっくりとだったが——動き始め、やがて雲に切れ目が現れた。そしてそこから、わずかではあるが、確かに日の光が降り注ぎ始めたのである。
「どうじゃ、お主の望みを叶えたぞ! これで妾を信じる気になったじゃろう?」
小夜姫は満面の笑みを浮かべて清治に向き直った。屈託のないその笑顔を見て、清治は不覚にも少し可愛らしいと感じてしまったが、軽く頭を振ってすぐにその思いを打ち消した。
「……なるほどな。だが、たまたま雲が切れただけということも考えられるだろう」
「何じゃ、まだ疑うのか!? お主も猜疑心の強い輩じゃの。我が未来の夫は、よほど妾が神だと信じたくないらしい」
「そうだ、その件についてだが」
「その件とは?」
「俺があなたの夫になるとかいう話だ。百歩譲って、あなたが神であるということは認めるとしよう。だが、なぜ俺に結婚を迫るのだ? 全く話が見えないのだが」
清治の疑問はもっともなことだろう。なぜ自分が今会ったばかりの者……それも神を名乗る奇特な存在に求婚されなければならないのだろうか。分からないことだらけであった。しかし、小夜姫は、さも意外そうに目を丸くした。
「神に結婚を申し込まれて、断る人間がどこにおるというのじゃ?」
「……は?」
「神の伴侶に選ばれるということは、お主ら人間にとっては名誉なことじゃろう。尊ぶべき存在に認められ、添うことができるのじゃから」
「……」
これは駄目だ、と清治は思った。あまりにも常識が通じない。清治は軽い目眩を覚え、目を閉じて額に手を当てた。
「
「……ああ、そうだな……」
「何? それは
小夜姫はつかつかと清治の方に歩み寄り、彼の右手を自身の両手で包み込んだ。しかし、小夜姫の手からはおよそ体温というものが感じられなかった。ひんやりとした感触が清治を襲う。背筋に寒気が走り、清治は身震いして小夜姫の手を乱暴に振りほどいた。
「いや、その必要はない。……ともかく、結婚はお断りさせていただく。あなたはあまり人の世に詳しくないようだから、一つ教えておくが、人はあなたが考えるほど、思い通りになる存在ではない。それだけだ」
清治はそう言うと、くるりと踵を返し、その場から立ち去ろうとした。
と、その時。
「ま、待て! 妾には……妾にはお主しかおらぬのじゃ!」
小夜姫の絶叫が響き渡った。それと同時に、周囲の音が全て消え、清治の目の前は真っ白になった。
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