言葉の欠片
魅娜波
闇の中にて叶えられぬ願い
目を開いても 何も見えない
手を伸ばしても 何も掴めない
文字通りの暗闇と 静寂
声を出そうかとも思ったが 人の気配すら 感じられない
ただただ この場にい続けること自体が 怖い
だから慎重に 一歩ずつ
前と思われる方へ 進む
歩き出しても 転ぶことはなかった
するとこの場には〝道〟が存在しているのだろう
怖がりながら 一歩ずつ ゆっくりと歩いていく
怪我などしていないはずと思っていた彼は
己の身体に手を当てて気づく
ちょうど 胸の辺りから生温かいなにかが 流れていることに
手が濡れ もしや血なのかと思った彼は 己の鼻と思われる場所に
手を当てて匂いを嗅ぐ
予想は的中し しかもかなりの量であると推測
だからこんなにも 歩くのがきついのかと
暗闇のせいだからか 感覚がより研ぎ澄まされているような?
それを理解してもなお 彼は足を止めない
痛みが酷かろうがなんだろうが この空間から出なければいけない
己を顧みるのは ここを出てからでも 十分間に合うはず
確実に進んでいく彼だったが
その場に崩れるように しゃがみ込む
足が言うことを聞かない
それがだめならと、這って進むことにした彼は
全身を襲う苦痛に 顔をきつく歪めながら 少しでも遠くを目指す
しかし彼の健闘も空しく とうとう一歩も動けない状態に
ここまでか と彼は思う
脳裏に浮かんだのは 想い人の笑顔と 謝罪の言葉だった
暗闇に向かって 彼は言葉を紡ぐ
ごめんな
もう一度 お前に会うために お前を抱きしめて
生きて帰ってこれた安堵感と もう二度と離れないと誓おうと
思っていたのに もう叶えられそうもない
ああ 俺は泣いているのか
もう二度とお前に
会えないから 触れられないから
約束を果たせないまま 暗闇の中で死ぬから
生きて帰って お前を幸せにしようと思っていたのに
俺はこんなところで死んで お前を一生哀しませる
そんな結末 俺は全力で避けようとしたが
それでも 俺のささやかな願いは
叶えられることはないらしい
もう誰にも伝えられないけれど せめてこれだけは
俺はお前のことを愛している
お前の幸せを願っている
だから俺の死を知ったら
俺というどうしようもない男のことなど 忘れてくれ
俺はお前に負の感情を背負わせる 最悪な男だから
非難はなんでも受け容れる いくらでも暴言を吐いてもいい
けれどこれだけは約束してくれ
どうか俺に囚われて涙するくらいなら 俺のことなどすっぱり忘れて
俺よりもずっとずっといい男と 幸せになってくれ
俺が最も哀しむのは お前が復讐だの 仇を討つだのと
己の手を人生を 闇に染めてしまうこと
それだけはしないでくれ
俺は仇を取ってほしいんじゃない
無念を代わりに晴らしてくれとも言わない
本音を言えば俺がこの手で 幸せにしてやりたかった
笑顔を 花嫁姿を見たかった
他の誰かに その役目を渡したいなんて思っちゃいない
俺はそれくらい お前のことが大好きだ
お前の泣き顔を見たくない
だから他の誰かとでもいいから 幸せになったその姿を
別の世界で見れたら こんなにも幸せなことはない
さようなら 俺が一生をかけて 愛したいと願った人よ
言葉の欠片 魅娜波 @asktly
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