第50話 古き魔のざわめき
シリウスはこの日、傍系の皇族が暮らす西の離宮を訪れていた。
表向きは正当な公務の一環としての来訪――だが、公務を終えた彼は迷いなく、
叔父ザカリア・ヴァルディアの館へと足を向けた。
ヴァルシュタインとの一触即発の情勢の中、ルイの周囲は慌ただしく動き、監視役であるゼロにも別任務が下された。
その隙を、シリウスは見逃さなかった。
――西の離宮の外れに佇むザカリアの館。
格式あるその邸は、静謐でありながら、どこか重く、冷たい空気を孕んでいた。
シリウスの姿を確認したザカリアは、待ち構えていたかのように口を開く。
「狙い通りだな。まったく、愚かな連中だ」
シリウスは喉の奥で冷たく笑い、皮肉を返した。
「いともたやすく攪乱されるとはな。もう少し慎重に動くかと思っていたよ」
その様子に、ザカリアはさらに話を進める。
「あの女は……同行すると言うのではないか?」
シリウスの瞳が一瞬、鋭く光る。そこに宿るのは、凍りつくような殺意だった。
「行けない理由ができるさ。この機会に――あの女を始末する」
そう言い放ったあとの彼は、何事もなかったかのように表情を戻し、
興味を失ったかのように視線を逸らす。
「では、本題に入ろう――」
まるで、ここまでのやり取りは前座に過ぎないとでも言うように。
二人の会話は、なおも静かに続いていった。
✦ ✦ ✦
――グランゼルド王宮
ヴァルシュタイン王国が大規模な武装を進めているとの情報が届いてから、王宮内は慌ただしく、有事に備える準備が着々と進められていた。
ルイとアリも警戒を怠らず、日々の政務をこなしていた。
その日、アリはいつものように書類を抱え、ルイの政務室へ向かう途中だった。
ふと、裏庭のほうから人の話し声が聞こえる。自然と足がそちらへ向いた。
裏門近くでは、庭師たちがスコップや剪定ばさみを手に立ち話をしていた。
「え、あの苗、届かないのか?」
「そうなんだ。ヴァルシュタインとの件で、お断りされたらしくてな」
「他の苗といっても、この時期じゃ……」
視線の先には、王宮裏の“秘密の庭園”の隣にある広い花壇。そこは何も植えられておらず、どこか寂しげだった。
ルイの生誕祭の翌日に見かけ、庭師に聞こうと思っていた花壇だ。
アリに気づいた庭師が「これは、アリア様」と礼をとり、他の者たちも倣った。
「あそこの花壇、植え替えの準備中? 何も植えられてないと寂しいなと思って」
アリが指さすと、庭師の一人が答えた。
「はい、ヴァルシュタインの珍しい品種の苗を植える予定でしたが、仕入れを断られてしまいまして……」
情勢を考えれば無理もない。
「陛下はご存じなの?」とアリが尋ねると、庭師は頷いた。
「ええ、とても残念がっておいででした。代わりの苗は我々に任せると仰せでしたが、この広さに合うものが、この季節ではなかなか見つからず……」
アリは少し考え、閃いたのち、笑みを浮かべた。
「植えてみたい品種があるのだけど、私から提案しても?」
最初は戸惑っていた庭師たちも、話を聞くうちに笑顔になり、大きく頷いた。
「ありがとうございます、アリア様。陛下もきっとお喜びになりましょう」
「魔花は初めてです。楽しみですね!」
アリは頷きながら、答えた。
「うふふ。アストリアンから運ばせるから数日待ってね。 今植えれば、夏頃には咲くはずだよ!」
✦ ✦ ✦
ヴァルシュタインから“宣戦布告”とも取れる最後通牒を受けてから、数週間後。
グランゼルド王宮に新たな報が届く――ヴァルシュタイン軍がついに動き出したのだ。主要駐屯地に軍勢が集結しているという。
「いよいよ……始まってしまうのか」
「止める術はないのか!」
玉座の間は緊張に包まれ、重臣たちは信じがたい思いで報告を聞いていた。
武力行使の姿勢を崩さぬヴァルシュタインに対し、ルイの親征はすでに決定していたが、それでも重臣らは皇帝の身を案じる声を上げ続けていた。
その空気の中、ルイは静かに口を開く。
「私が自ら前線に赴くことで誠意を示す。争うためではなく、最後まで対話を模索したい。
誤解を正すための対話だ。だが、必要であれば剣を交える覚悟もある。
ただし、剣を交えるのは最低限。被害も最小限に抑える」
その覚悟に重臣らはなおも不安を拭えなかったが、反対することはできなかった。
ルイはさらに言葉を重ねる。
「対話が叶うまで、時間はかかるだろう。それを承知しておいてほしい。
――そして、私が親征している間、王宮はカイエンに預ける。皇帝代理は立てない」
「承知いたしました」宰相カイエンが即答し、他の重臣たちもそれに倣う。
ルイが同行者を告げようとしたその時――
「今回の親征には、アリア殿下……」
ルイは思わず言葉を止めた。
その声を聞いていたアリもアデルも、同じく硬直する。
――!?
鋭く、突き刺すような感覚。
強い殺意のような、身震いするほどの禍々しい気配。
背筋を冷たい汗が伝う。
わずか数秒でその気配は消えたが、アリたちは束の間、動けなかった。
(今のは……魔力?)
古の魔物の気配ではないが、強大な力。ルイとアデルはそう感じ取った。
だが、アリには分かった。
(今のは……古の……魔法だ!!)
同じ魔法を使えるからこそ、確信できる。
あれは五大魔法ではない、古の魔法だ。
(古の魔力を使える者――まさか……)
古の魔法を使えるのは、現在アリを除けば、古の魔物を召喚しているとされる人物のみ。
その者が魔法を使う目的――
古の魔物を召喚するために、神殿の結界を破ったのではないか。アリはその可能性を考えた。
そして、もしそうなら、この距離で魔力を感知できるほど、すぐ近くでそれが行われていることになる。
アリの困惑と焦りは、表情にありありと出ていた。
その様子を見たルイも、事態が危機的状況に陥ったことを瞬時に悟った。
✦ ✦ ✦
君に捧ぐ魔法 秋茶 @akicha_1016
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。君に捧ぐ魔法の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます