第24話 地の咆哮
――ピチャン、ピチャン。
水滴が、どこかに落ちる音が静かに響く。
その音で、シリウスは目を覚ました。
(……ここは)
硬い床の感触に気づき、素早く起き上がる。
「そうだ……私は、調査に来ていて……ゼロという男と話を……」
そう呟いた瞬間、視界の隅に横たわる影が映った。
セリオスをはじめ、数名の騎士たちが倒れている。
シリウスは慌てて駆け寄り、セリオスの肩を揺さぶった。
「セリオス! しっかりしろ、無事か!」
反応が――あった。微かに体が動く。
やがてセリオスは呻き声をあげながら起き上がり、頭を押さえる。
他の騎士たちも順に意識を取り戻しはじめた。どうやら、皆気絶させられていただけのようだ。
「……シリウス様。さっきの男は……?」
「私も気づいた時には倒れていた。すでに姿はなかった」
そのとき、セリオスが祭壇の異変に気づく。
先ほどまで禍々しい魔力を放っていた遺物が、いまにも爆ぜそうな光を発している。
床に刻まれた魔法陣も微かに軋み、光が不規則に脈動していた。
(……これは、まずい。早く報告しなければ……!)
シリウスたちは急ぎ神殿の外へと駆け出した。
だが、外へ出たその瞬間――
ピキ……ピキピキ……ッ!
乾いた音が、地の底から響いた。
それはまるで、何か巨大な“何か”が地中から這い出してくるような気配だった。
「……っ! 地面が……割れるッ!!」
バガァァァンッ!!
大地が裂け、粉塵が空を覆う。巨岩が跳ね上がり、震える大地が吠える。
砕けた地面の中心から、黒曜石のような巨腕が突き出された。
それは、大地そのものが目を覚ましたかのように――
腕が、肩が、頭部が、這い出すように現れる。
「な……なんだ、あれは……!」
シリウスの声が震える。
騎士たちも一斉に武器を構えるが、その威圧に本能が怯え、誰も一歩を踏み出せない。
それは神の怒りか。
あるいは――地の底に封じられていた、古の魔物の目覚めか。
大地が唸り、空が揺れる。
そして、タイタンがその全容を現した。
✦ ✦ ✦
セレフィア王国・ナガル平原を目指していたアリとゼノは、異様な魔力に即座に気づいた。
「おいおいおい、なんだよこの禍々しい魔力は!!」
ゼノの叫びに、アリは空に立ちこめる暗雲を見上げ、確信した。
(古の魔物……!!)
「召喚されたわ、急ぐわよ、ゼノ!」
(どうか、間に合って……誰も死なないで)
アリは祈るような気持ちで、手綱を締め、速度を上げた
同じ頃、アデル率いる別班も異変を察知し、急ぎナガル平原へと進路を変えていた。
✦ ✦ ✦
――セレフィア王国・
セリオス率いる騎士団の数名がタイタンに立ち向かっていた。
だが、魔法の一撃すら、巨体には傷一つつかない。
「くそっ、勢いが止まらねぇし、地震が……!」
巨腕で地面を打ち鳴らし、タイタンは地割れと共に王都方面へと歩を進める。
「この先には民間の村がある……! なんとしても食い止めろ!」
セリオスの指示に、騎士たちは渾身の魔法を放つが――
「小隊長殿! 外皮が……硬すぎます!」
その一瞬の隙を逃さず、タイタンが周囲の岩を握り潰すように持ち上げた。
ドシュッ!!
石塊が砲弾のごとく飛び、セリオスのすぐ脇を掠めた。
背後から、肉が砕ける音。
振り返った彼の目に映ったのは、騎士の下半身だけが残された地面。
血と破片、そして仲間の命が一瞬で奪われた。
セリオスの手が、わななく。
彼は、初めて――戦慄した。
「なんだよっ……これは!!」
――魔法で応戦するも、一人、また一人と騎士が倒れていく。
シリウスは戦闘に加われず、神殿の中に避難させられていた。
(なんてことだ……こんな怪物に遭遇するなんて)
現実を目の当たりにし、シリウスは内心の恐怖を抑えきれなかった。
“生きて帰れないかもしれない”――そんな言葉が、脳裏をかすめる。
そのとき、タイタンが一瞬動きを止めた。
――次の瞬間、地中から岩の槍が無数に突き上がり、セリオスたちに迫る!
その直前――
セリオスの耳にかすかな詠唱が届いた。
「オベクス・テルリス!」
詠唱と同時に、大地の防壁が出現し、槍を受け止める。
凄まじい衝突音と衝撃波。
槍と防壁が激突し、互いに崩れ落ちる。
(……地の結界!? まさか……!)
セリオスが声のした方へ視線を向けると、
馬を駆るアリとゼノの姿が草原に現れていた。
「アリア様!」
思わず叫ぶセリオスに、アリが馬上から声をかける。
「古の魔物ね。状況は?」
「この神殿だった。他の騎士は全滅……シリウス様は神殿内に避難中だ」
頷くアリは、すぐにゼノとともに戦闘態勢を取った。
タイタンが咆哮を上げ、大地を震わせる。
草原のあちこちに亀裂が走り、土煙が舞い上がる。
やがて、**ガラガラッ――**と崩れるような音を立てて、
タイタンの身体が瓦解。岩の山のように崩れ落ちていった。
砂塵が収まると、辺りは静寂に包まれる。
「どうなってんだ……消えたのか?」
ゼノが低く呟く。
(そんなはずない。なにかある……)
アリはすぐに魔力探知を展開する。
――そして。
魔力を検知した瞬間、アリが叫んだ。
「セリ――!」
その声と同時、セリオスの足元に亀裂が走る!
「ッ――!」
地面を突き破って巨大な拳が飛び出した。
セリオスは咄嗟に跳躍して回避するが、脇腹を抉られる。
「ぐっ……!」
致命傷ではないが、血がボタボタと滴り落ちている。
(地上と一体化するなんて……現れる直前まで探知できないなんて!)
「また潜られたら厄介だわ。倒すしかない! ゼノ、結界を!」
「了解!」
ゼノは大詠唱に入る。
「アウラ・ウィンクルム!」
【風】の拘束魔法が展開され、タイタンの巨体を束の間留め置く。
しかし――
バキィッ!
魔力が砕ける音とともに、結界は破られた。
「くそっ、数秒しか持たねぇか……!」
セリオスは負傷し、ゼノ以外に結界を張れる者はいない。
(古の魔法を放つまで、時間を稼がないと……!)
アリが次の手を考えるより早く、タイタンの体が再び崩れ落ちた。
(また来る……!)
そのとき、騎馬の音が接近する。
「アリア様!!」
アデルだ。アリは即座に叫ぶ。
「アデル! 次、私が指示した地点に、全員で結界を張って!」
アデルは瞬時に状況を把握し、頷き、「御意!」と力強く返す。
騎士たちにも「指示に従い、結界を展開せよ!」と号令を飛ばした。
再び、タイタンの魔力が消える。
アリは魔力探知を再び発動。
先ほどより深く、広く、神経を研ぎ澄ませて――
「アデル、真下!」
指差された地点の地面に、またしても亀裂が走る。
すかさずアデルと騎士たちは宙に飛び、詠唱を唱える。
結界が展開され、地上へと現れたタイタンを捕らえた。
(今だ――!)
アリが詠唱する。
「インペルス・マギア《魔の衝圧》!」
古の魔法。無属性の魔力が、見えない圧力としてタイタンを包む。
タイタンの巨体が軋み、歪み――
内側から砕けるようにして、崩れ落ちた。
残されたのは、空へと舞い上がる光の粒子。
アリはその光を見上げながら、そっと息を吐き――
意識を手放した。
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