第2話『影と向き合う者』

【あらすじ】

カフェRyuでの対話から数日後、和真は現実の中でさっそく壁に直面する。就活セミナー、親の期待、周囲との比較——社会の重圧が再び彼の心を覆い始めた。だが、ふとしたきっかけで再びカフェを訪れた和真に、老龍は「影」と「自己責任」についての深い問いを与える。

【登場人物】

■ 結城 和真(ゆうき かずま):変化の兆しを得た大学生。だが、現実に呑まれかけている。

■ 老龍(ろうりゅう):カフェRyuの店主。今回も静かに問いを与える存在として登場する。

◇葛藤の日々◇

カフェRyuを訪れた夜から、和真の心には確かに何かが残っていた。

あの夜、老龍の言葉は確かに胸に刺さった。だが、現実の世界は待ってくれなかった。

朝のニュースでは「学生の9割がインターン経験あり」と流れ、昼の大学では、同級生が次々と就活の進捗を報告していた。

「来週、四社目の面接なんだよね」

「うちの親、もう内定出たって言ったら泣いてたよ」

そういった会話が、和真の耳に刺さる。頭では気にするなと思うのに、心が勝手に反応してしまう。

SNSを開けば、成功の報告と“リア充”な日常が次々と流れてくる。

和真はスマホの画面を伏せた。

——自分は、何も進んでいない。

ほんの数日前、あの店で“龍の芽”を持っていると言われたばかりだった。

だが、その言葉を信じるには、あまりにも現実は冷たかった。

親との会話も、重たさを帯びるようになっていた。

「お前、そろそろ動き始めないと……」

「分かってるよ」

声を荒げた後、自己嫌悪に陥る。

「……やっぱり俺なんか、何も変わってないんじゃ……」

◇再訪◇

夜、気がつけば足は自然とあの路地に向かっていた。

人の気配が消えかけた時間帯、街のざわめきが遠のく中で、その場所だけが穏やかな灯りを放っていた。

『Café RYU』

カラン……と控えめなベルが鳴り、和真の身体に柔らかな空気が包み込まれる。

「また来たな」

変わらぬ老龍の声。その眼差しは、問いを待っていた。

「……なんか、何もかもが怖くなって」

和真はソファに腰を下ろし、カップを受け取りながら呟いた。

「現実って……変わらないですね。怖いままです。みんな、前に進んでるのに、自分だけ何もしてない気がして……」

老龍は、ゆっくりと湯を注ぎながら言った。

「“影”という言葉を知っているか?」

「……影、ですか?」

「人の心に差す影。希望があるからこそ生まれるものだ。だが、それに向き合えぬ者は、光を呪い、自分の存在を否定する」

和真は黙った。胸の内を覗かれているような感覚だった。

「じゃあ、俺の中の影は、希望の証なんですか?」

老龍は頷く。

「そうだ。そしてな、影は“逃げている間”にこそ大きくなる」

老龍はゆっくりと椅子に腰かけ、視線をまっすぐに和真に向けた。

「自分の影を見つめる覚悟ができたとき、人はようやく“自己責任”という地平に立てる」

◇問いの深化◇

「自己責任……でも、俺は社会が怖いんです。何か間違えたら、笑われるし、否定されるし……」

老龍は静かに頷いた。

「人は皆、否定されることを恐れる。だが、否定は必ずしも“終わり”ではない。“未完成”の証明だ」

「……じゃあ、怖くても前に出なきゃダメなんですか」

「怖くてもいい。だが、自分の言葉を語れ。“借り物の理想”ではなく、“自分の問い”を語れ」

和真は、静かにカップを握りしめた。

「……俺、まだ自分の問いがよく分からないです」

「分からなくていい。だが、問い続けろ。“誰かに言われたこと”ではなく、“お前自身の違和感”に耳を澄ませろ」

その言葉に、胸の奥がわずかに揺れた。

◇灯る輪郭◇

店内の時計が静かに時を刻む中、老龍は再び語った。

「“問い”を抱く者にしか、“成長”は訪れぬ。無知を恐れず、疑問を抱く者だけが、次の扉を開ける」

「じゃあ、俺にも……やれるでしょうか」

「やれる、ではなく、“やるかどうか”だ。人生は選択の連続。だが、選ぶ力は“己の内にしかない”」

珈琲の湯気が、静かに立ち昇る。

「影を見つめる覚悟ができたなら、お前の中の“龍”もまた、目覚めるだろう」

その夜、カフェを出た和真は、街灯の下で足を止めた。

影が足元に伸びていた。だが、それはもう以前のように冷たく、重苦しいものではなかった。

それは、自分の中に確かに“問い”があることを知らせる、しるしのように思えた。

自分はまだ何も掴んでいない。

だが、“掴もうとしている”という感覚だけで、景色は少しだけ変わって見えた。


【エピローグ】

世界は変わらない。

だが、自分のものの見方は変えられる。

影は消さなくていい。

ただ、向き合う。それが、第一歩だ。


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