手にした幸福を

夕緋

手にした幸福を

 あなたは今幸せですか?

 数多の作品がこういうことを語りかけてくるように思う。こういう幸せもありますよ、という提示だったり、そんな不幸せな現状はぶっ壊してしまえ、というちょっと過激な主張だったりする。

 さすがに「あなたは今幸せですか?」と面と向かって聞かれたことはないけれど、(もしそう聞かれたら何か怪しいものを感じずにはいられないけれど)もし聞かれたら、私は「幸せです」と答えられると思う。

 私が新婚さんだとか、お金があって自由な暮らしをしているとか、自分の目標に向かって進めている実感があるとか、そういうことではない。

 私が感じる幸せは、今日の空の色はとても綺麗だなぁとか、ランチを食べたお店の店員さんの対応がスマートだったなぁとか、何事もなく仕事を終えられて良かったなぁとか、そんなことだ。

 私は独身だし、給料もそれほど多くないし、夢や目標と言えることもない。それでも幸せに生きることはできている。

 友達には「欲が無いよね」と言われる。実際、あまり欲しい物もないし、どこかへ旅行に行きたいと思うこともない。もしかしたら給料がそれほど多くなくても私が生きていけているのは、こういった欲が少ないからかもしれない。

 欲が無いことについては賛否ありそうだけれど、私にとっては良いことでも悪いことでもない。当たり前にそういうものだ。もしこれが私の幸せに一役買っているなら儲けもの、くらいに考えている。

 私に欲望があるとすれば、それはやっぱり「普通に生きること」なのだと思う。普通には過ごせない、「あなたは今幸せですか?」と聞かれたら考えるまでもなく首を横に振っていた頃が、私にはあるから。

 あれから少しずつ生活を立て直して、なんとか今にこぎつけて、自分で自分の身を立てることができているのは、我ながら奇跡的なことだと思う。それこそ「幸せ」だ。

 そのせいだろうか。この前、職場の後輩に「先輩っていつも幸せそうですよね」と言われた。その言葉の真意については分からない。単純にそう思ったのかもしれないし、皮肉で言ったのかもしれない。

 ただ、幸せそうだと思われるのなら、自分の幸せを分け与えられるくらいになりたいと、その時初めて思った。押しつけがましくないように、風が花の匂いを運んでくるくらいそっと、その人の時間にささやかな幸せを贈ることが出来たら、それこそが私の幸せになる。

 今までは自分のことしか考える余裕がなかったけれど、私にも誰かを幸せにすることができるかもしれない。こう思えたことさえ自分の成長として嬉しい。向かう先に幸せばかりが転がっているわけじゃないと知っていても、今は自分を信じることが出来る。

 そういう自信が広がればいいな、と思う。

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手にした幸福を 夕緋 @yuhi_333

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