猫執事の告白

セクストゥス・クサリウス・フェリクス

第1話「突然の来客と猫の本能」

朝の光が差し込む僕の部屋で、信じられない光景が繰り広げられていた。


茶色の髪と猫耳の美少女が、僕のベッドの上で四つん這いになって、僕の手のひらに頬をすりすりしていたからだ。


正直、夢かと思った。でも彼女の体温や、柔らかい頬の感触は間違いなく本物だ。


「にゃあ〜♪」


ミーちゃんが幸せそうに鳴く。僕は慣れた手つきで彼女の顎の下をくりくりと撫でる。


慣れた手つき、って自分で言うのもおかしな話だが、この子が我が家に現れてから既に一週間。もう慣れてしまった自分が怖い。


「おはよう、ミーちゃん」


「にゃあ〜」


「今日も元気だな」


ここで豆知識。猫が顎の下を触られて気持ちよさそうにするのは、実は人間も同じなんだ。顎の下には「顎下腺」という唾液腺があって、マッサージすると血行が良くなる。古代エジプトでは猫を神として崇めていたが、きっと彼らも猫の顎下マッサージの虜になったに違いない。


僕がミーちゃんの頭をわしゃわしゃと撫でると、彼女は目を細めて「にゃあ〜♪」と甘えた声を出した。


この瞬間だけは、すべてを忘れられる。彼女の正体がなんであれ、今はただの可愛い猫だ。


「田中!何やってんだお前!」


親友の佐藤が部屋のドアから顔を出して叫んだ。僕は振り返らずに答える。


「猫と遊んでるだけだが?」


「どこが猫だあああ!」


確かに見た目は人間の女の子だ。身長140センチくらいで、制服を着せれば普通に学校に通えそうな外見をしている。でも中身は完全に猫。証拠に、僕がお腹を見せろと手をひらひらすると、ミーちゃんは迷わず仰向けになって無防備にお腹を晒した。


「にゃあ〜」


「いい子だな〜」


猫がお腹を見せるのは究極の信頼の証だ。野生の猫科動物——ライオンもトラも——お腹は最大の弱点。でも家猫は人間に飼われる過程で、この本能的な警戒心を失った。約9000年前、人間が農業を始めた時に穀物を狙うネズミを退治するために猫が重宝されたのが始まりらしい。


つまり、ミーちゃんは僕を完全に信頼してくれているということだ。なんだか嬉しい。


「気持ちいいか?」


「にゃあ♪」


「よしよし」


今度は胸の辺りまで撫でてみる。ミーちゃんは嫌がるどころか、もっと撫でてとばかりに前足(腕?)をばたばたと動かした。


この光景に、僕の心臓が少しドキドキしてしまうのは仕方ないと思う。男の子だもの。


「おい、田中」佐藤の声が震えている。「お前、今…」


「猫のお腹撫でただけだぞ?」


「あのな…その子、どう見ても人間の女の子だろ!しかも可愛い!」


佐藤の指摘は正しい。でも僕にとって、ミーちゃんは猫なんだ。そう思わないと、色々と複雑になってしまう。


「それに」佐藤が続ける。「なんで君の部屋にそんな子がいるんだよ!説明しろ!」


説明したくても、僕にもよく分からない。一週間前、雨の夜に玄関先で鳴いていた子猫を拾ったら、翌朝にはこの姿になっていたのだから。


ピンポーン♪


玄関のチャイムが鳴った。


「あ、お客さんだ」


僕はミーちゃんの頭を軽く撫でてから立ち上がる。彼女は少し寂しそうに「にゃあ」と鳴いた。


「すぐ戻るからな」


でも玄関に向かいながら、僕は不安になった。この平和な日常が、今日で終わってしまうような予感がしたからだ。

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