第5話:最後のピース



放課後のゲーミングカフェ。


輝と狩谷は、ガラス越しに店内を覗いていた。


「なあ、見てみろよ。あの人……」


輝が指差した先には、静かにモニターに向かう男子生徒がいた。


その動きは冷静かつ正確。角をひとつずつ潰し、敵の裏取りすら読んで待ち伏せている。

まるで守備専用AIでも搭載されてるかのような、鉄壁の防衛。


「……すご」


輝が素直に声を漏らす。


すると、ふと気づいて目を見開いた。


「えっ、あれ……うちの学校の制服じゃん!」


狩谷が視線を細める。


「白嶺の校章。間違いないな」


「マジか……うちの生徒なら話しかけても平気だよな?」


「知らねーけど。お前のその勢いで行くつもりだろ」


「バレた?」


輝が笑って、先にドアを押す。


狩谷はため息をつきながらも、後ろからついていった。




「何か用か?」


低く落ち着いた声。


「俺たち、SEIRANってFPS部を作っててさ。君のプレイ、すごかったから、興味があれば一緒にやらないか?」


輝が率直に誘う。


男子生徒は少し考えた後、口を開いた。


「……名前は?」


「結城輝。こっちは狩谷湊」


「俺は、天羽慧……考えておく」


そう言って、再びヘッドセットを装着した。



翌日、仮部室に天羽が現れた。


「昨日の話、乗ってもいい」


彼の一言に、輝と狩谷は顔を見合わせた。


「マジで? ありがとう!」


輝が喜びを隠せずに言う。


「ただし、条件がある」


「条件?」


「俺は“守り”に徹する。前に出るのは任せた」


「了解。君の“壁”に期待してる」


こうして、SEIRANは5人目のメンバーを迎え、正式なチームとなった。



初めての5人での練習試合。


相手は、他校の強豪チーム。


試合開始直後、天羽の冷静な指示が飛ぶ。


「左サイド、敵の動きが速い。結城、カバーを」


「了解!」


輝が即座に反応し、敵の進行を止める。


狩谷のスナイプが決まり、南条の声が響く。


「ナイス! このまま押し切ろう!」


司の的確な指示で、チームは連携を強めていく。


試合は接戦となったが、最終ラウンドで天羽の冷静な守りが光り、勝利を収めた。



試合後、部室で振り返りを行う。


「天羽の守り、すごかったな」


輝が感心して言う。


「いや、みんなの連携があってこそだ」


天羽が謙虚に答える。


「これで、正式に部として認められるな」


司が申請書を手にする。


「うん、これからが本番だ」


輝が力強く頷いた。



仮部室を出た後、輝たちは近くの公園へと足を運んだ。夕暮れの空の下、ベンチに腰掛けながら、それぞれ缶ジュースを手にしていた。


「……ああ、疲れたー!」


南条が缶を一気に空け、背もたれに身体を預ける。


「さすがに今日は動きすぎたな。練習試合ってレベルじゃなかった」


狩谷が苦笑しながらそう呟く。


「でも、楽しかったよな。これぞチーム戦って感じでさ」


「……たしかに。五人揃ったら、視野が一気に広がる」


司も、ほんの少しだけ口元を緩めた。


「そう思ってくれたなら、良かった」


そう言って、輝はひと息ついたあと、天羽を見やる。


「なあ、天羽。なんで俺たちの誘い、受けてくれたんだ?」


その問いに、天羽は少しだけ目を伏せてから答えた。


「……最初は、ただ“黙ってプレイできる場所”を探してただけだった」


「え?」


「前のチームでは、声が多すぎた。叫ぶ奴、文句ばかり言う奴、指示を押し付ける奴。誰も“守り”に興味を持ってくれなかった」


その言葉に、南条が珍しく神妙な顔になる。


「それ、わかるかも……声が届く相手じゃないと、意味ないんだよな」


天羽はうなずき、続けた。


「お前らは違った。……特に司の指示は、聞く価値がある。狩谷は一発で決めるし、南条はうるさいけど……まあ、悪くない」


「やったー、褒められたー!」


「褒めてねぇ」


天羽が真顔で返すと、南条は「即答かよ!」と突っ込んで笑いが起きた。


「で、輝。お前は……なんか、直感で動いてるくせに、こっちを信じてくれてる気がする」


「うん。信じてるよ。俺、プレイ見れば“この人、必要だ”って、わかるんだ。理由はなくても」


そう言う輝の瞳はまっすぐで、どこまでも真剣だった。


「……なるほど。お前の直感、意外と悪くないかもな」


ぽつりと呟いた天羽の表情は、どこか柔らかくなっていた。


「よし、じゃあ今日は……このあとコンビニでアイスな!」


「いきなり小学生みたいな締め方!」


「でも賛成!」


「俺も行く。甘いの欲しかった」


「え、天羽も……?」


「文句あるか?」


「いえ、最高です」


笑い合いながら、五人は夜の街へと歩き出す。


同じ方角へ、同じ歩幅で。


それぞれが異なる過去を背負いながらも、いまこの瞬間、ひとつの“チーム”として歩き始めていた。


それが――


SEIRANの、最初の夜だった。




数日後、教室の扉が開き、職員室から戻ってきた司が手にしていたのは、一枚の承認通知だった。


SEIRANは、学校公認のEスポーツ部として活動を開始する。


新たな目標へと向かい、5人は歩み出した。

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