第3話:言葉にならない

雨が降っていた。

 窓を打つ音が、どこか遠くで鳴っているように聞こえた。


 部屋の中は静かで、ノートの紙の匂いと、淹れたばかりの薄いコーヒーの香りが混じり合っていた。

 歌詞はまだ、途中までしか書けていない。

 何度もペンを止めては、また同じフレーズをなぞっていた。


 《バラバラになっても あの光を覚えてる》

 ――そのあとが続かない。


 “あの光”って、いったい何だったんだろう。

 ステージの照明?

 歓声?

 それとも、四人で音を鳴らしていたときの、あの得体の知れない高揚感?


 それを言葉にしようとするたびに、どこかで引っかかってしまう。

 胸の奥に、何かが詰まっている感じ。

 飲み込めないまま、ずっと残っている。


 私はスマホを手に取り、グループチャットを開いた。

 最後にメッセージを送ったのは、もう十日も前。

 「リハ、来週火曜にしよう」

 それに既読は三つ付いたまま、返信はなかった。


 打ちかけた文章を何度も消して、ようやく残ったのは、それだけだった。


 「次のライブ、最後にしたいと思ってる。わたしの、勝手だけど。」


 送信ボタンを押すのに、少しだけ躊躇った。

 けれど、もう決めたことだった。

 このまま終わるくらいなら、ちゃんと、自分の言葉で終わらせたい。


 ――もしも、それで何かが変わったら。

 そんな期待は、していないつもりだった。


 ただ、静かにノートを閉じた。

 そしてギターを抱えたまま、しばらくのあいだ、雨音だけを聞いていた。


 心の中では、もう一度だけ、コードを鳴らしていた。

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