第2話:音のない日々
午後の光が、部屋の隅を斜めに切り取っていた。
アコースティックギターを抱えたまま、私は自室のベッドに座っていた。
指はコードを押さえていたけれど、弾く気にはなれなかった。
少しでも力を込めれば、壊れてしまいそうな空気が、指先にまで染み込んでいるようだった。
携帯に、新しい通知が一つだけ届いていた。
凌太が、今日のリハは休むって。理由は書かれていない。
それだけで、十分だった。
昨日は綾菜が来なかった。先週は裕翔だった。
みんな、ちゃんと言葉にしないで少しずつ距離を置いている。
それがまた、余計に苦しかった。
――私たち、どうしてここまで来てしまったんだろう。
何かが決定的に壊れたわけじゃない。
でも、修復するにはもう遅すぎる気がする。
夜の帳が落ちるように、音もなく、じわじわと、バンドが沈んでいく。
気がつけば、ギターの弦に手を置いたまま、私は長い溜息をついていた。
「わたしが……なにか、できることってあるのかな」
誰に問うでもなく、ぽつりと声に出す。
返事はない。部屋の空気だけが、じっと耳を澄ませていた。
ふと、昔のノートを開いてみた。
高校の頃、文化祭のステージ裏で、裕翔が書いてくれたコード進行。
“ここで転調して、綾菜のドラムをドンって入れたら、めっちゃ盛り上がるよな”
そんな話をして、四人で笑い転げていた。
そこに書かれた字は、今見ても震えていて、少し滲んでいた。
私たちは、確かにあの頃、本気で夢を見ていた。
私はゆっくりとギターを抱え直し、そっと音を鳴らしてみた。
F→G→Em→Am
――すこし、懐かしい響きがした。
そのまま、口ずさむように呟く。
《あなたの音が わたしの世界をつくった》
それは、歌じゃなかった。
祈りに近かった。
バンドが壊れてしまうかもしれない。
でも、この想いだけは、ちゃんと届けたい。
私は再びノートを開き、少しずつ、でも確かに、言葉を綴り始めた。
夜がゆっくりと深くなるのを感じながら、静かな灯りの中で――。
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