ラスト・コード
綴野よしいち
第1話:ささくれた音
その日、空はやけに青かった。
スタジオの窓から差し込む陽光が、埃の粒を照らしていた。
けれど、その温かさとは裏腹に、私たちの間に流れる空気は冷えていた。
「……やっぱり、今のもう一回いい?」
何気なく放った一言に、誰も応えなかった。
裕翔はギターを抱えたまま目を伏せ、チューニングもせずにただ弦を撫でていた。
綾菜は無言でスティックをくるくる回し続け、視線はどこか遠くの壁に貼られたポスターへ。
凌太は黙々とアンプのつまみをいじるが、その手はどこか虚ろだった。
音を出さなくなって、もう三十分は経つ。
にもかかわらず、誰一人としてスタジオを出ようとしなかった。
私たちはバンド「NEON DUSK」。
高校の頃、あの文化祭の体育館で、最初の音を鳴らした。
あの時の、ぞわっと肌が粟立つような瞬間を、今でも覚えている。
――あれが、奇跡だった。
けれど今、その奇跡は音もなく崩れ始めている。
決定的な理由なんて、ないのかもしれない。
けれど、私たちは少しずつ、ゆっくりと、確実に壊れていってる。
「NEON DUSK」は、もしかしたらこのまま終わるのかもしれない。
そう思ったとき、ふいに喉の奥が熱くなった。
でも泣いてはいけない。誰かが泣いたら、きっとすべてが終わってしまう。
だから私は、言葉を紡ぎ始めた。
歌詞なんて、ただの文字の連なりかもしれない。
でも、今の私にはそれしかなかった。
《ねえ、あなたの音が わたしの世界を作った》
《黙ったままの心が ほんとは一番うるさかった》
小さなノートに、震える手で書いた。
これは、私の“叫び”だった。誰にも聞こえなくても、誰にも届かなくても。
だけど願ってしまう。「この歌で、もう一度だけつながりたい」と。
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