第2話 ロドリニア国と番
ロドリニア国は別名『竜の国』と呼ばれている。
それはかつてその地に棲みついた一匹の竜と初代国王の伝説が由来となっていた。
気まぐれのように人里に降り立ち人々の住居を破壊し、家畜を襲う竜を退治するため立ち上がったのは初代ロドリニア国王となる一人の青年だった。
剣技に秀でた青年は、自分よりも遥かに大きな竜を相手に一進一退の攻防を繰り広げていたが、長きに渡る戦いで体力の限界を迎え、最後に竜へ一太刀浴びせるとその場に崩れ落ちた。
死を覚悟した青年だが、からからと大きな笑い声が聞こえてきて目を開けると黒髪の美女が青年を見下ろしていたのだ。
『人間が妾相手にここまで粘るとはのう。これほど心躍る戦いは久しぶりじゃ。お前の腕前とその勇気に免じて祝福を授けてやろう』
美女に姿を変えた竜はそう告げて青年の額に口づけを落とすと、再び竜の姿となって飛び立っていった。
竜から与えられた祝福のおかげか、戦いでボロボロだった身体は治癒し、以前よりも身体に力がみなぎり体力も桁外れになった。
またそれ以降、竜が姿を現すことはなく、集落の英雄となった青年はその能力を遺憾なく発揮することになる。
集落としての規模しかなかった居住地はあっという間に国として発展するほどの変貌を遂げたのだ。
竜が与えた祝福のおかげで、ロドリニア国王家の血を引く人間は壮健な者が多く他国からの侵略を撥ねつけて豊かな大国として確立したのである。
そんな竜の祝福だが、そのうちの一つが生涯を共にする相手、すなわち番を察知する能力だ。
竜は生涯にただ一人の伴侶を選び唯一の宝物として大切にする。それは祝福を授けられた人間も同様で、番に出会うとこれまでにないほどの幸福感を得られ離れがたい衝動を覚えるらしい。
叙爵や降嫁により番は王族特有のものではないが、それでもやはり王族に強く現れる祝福の一つとなっているという。
「俺の番はヴィオラだ。番に会えば分かると言われていたが、本当にその通りでどうしても自分を抑えられなかった」
眉を下げながらもカイルがヴィオラを見つめる視線の甘さは変わらない。
「ヴィオラ、俺は君を愛している。俺とロドリニアに来てくれないか?」
(本当に、あの番だったんだ……。どうしよう……私が勝手に返事をするわけにはいかないし……)
これなら詐欺師のほうがどれだけましだったか分からない。王族からの申し出を断ることなど許されるか、番とはいえ平民であるヴィオラがロドリニアで上手くやっていけるのか。色々な不安が頭を駆け巡る中、カイルはじっと乞うような瞳でヴィオラを見つめている。
下手に返事をするわけにもいかず押し黙ってしまったヴィオラに、助け舟を出してくれたのはライリーだった。
「殿下、番様からすれば突然のことで驚かれていることかと思われます。今日のところは一旦失礼してはいかがですか?番様にも考える時間が必要でしょう」
ライリーの言葉にヴィオラは思わずほっとするが、カイルは難色を示した。
「それはそうだが……ヴィオラは一人でここに住んでいるのか?」
「はい。……幼少の頃から面倒を見てくれた師匠が二月前に亡くなったため今は私一人で住んでおります」
「……女性一人では随分と不用心だ。護衛を付けて、いやそれより俺が外で見張りをすればいい話か……」
ヴィオラの住む家は小屋といったほうが良いほど簡素なもので、高貴な方を泊められるような場所ではない。とはいえ野宿をさせるわけにもいかず困っていると、ライリーはカイルを一言で黙らせた。
「カイル様、しつこい男は嫌われますよ」
固まったカイルをよそにライリーはヴィオラの内心を読み取るかのように付け加えた。
「それから番様、我が国において番は特別な存在です。たとえどんな身分であっても番ならば王族の伴侶となることを認められています。また番に既に伴侶がいる場合や意に添わない行為を強要することは禁じられておりますのでご安心ください」
「ああ、ヴィオラの気持ちを得るために努力は惜しまないが、嫌がるような真似はしないと約束する。だから……すぐに答えを出さずに考えてはもらえないだろうか?」
懇願するような口調で言われれば、ヴィオラは頷くしかない。ほっとした表情を浮かべたカイルは、ライリーに追い立てられるように重い腰を上げる。
元々このまま帰国予定だったため、日程調整や手配など諸々の手続きが必要らしく、カイルは明日の訪問を約束して立ち去った。
静かになった部屋の中でヴィオラの溜息が響く。そう長い時間でないものの雲の上の人たちとの話し合いで精神的にくたくただ。ベッドの上にある手の平サイズのクマのぬいぐるみを抱きしめながら語り掛けた。
「ヴィー、何だかすごいことになっちゃったけど、どう思う?」
『私たち、もうここに住めなくなるの?』
不安そうな声に、しっかりしなければと気力が湧いてくる。あの時からずっとヴィーはヴィオラにとって守るべき存在だ。
不安を宥めるようにヴィオラは優しい手つきでぬいぐるみの頭を撫でたのだった。
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