青い宇宙

酒井 吉廣(よしひろ)

そらをもとめて

 この数億光年先に、惑星がある。地球ではV774104と呼ばれている。名前はユーロ星。変わってるでしょ。通貨じゃんって。でも、それが私の星。いつか帰るの。みんなは、おばあちゃんの家に帰るでしょ。それと同じ。お父さんから、いつも星のことを聞かされている。地球より寒くて、暗くて、ちょっと寂しい星。      

でも、お友達はたくさんいるぞって。なんだろうね。そんな星に帰りたいって変?仕方ないよ。生まれ故郷だもん。みんなだっておうちに帰るでしょ?それと同じ。キーホルダーがいっぱいついた鍵をカギ穴に差し込んで、回して、家のドアを開けて「ただいまー!」って言うのと同じこと。まぁ、向こうの星にそんな暮らしがあるかわからないけどね。でも、いいの。温かい毛布と推しのグッズさえあればそれでいい。それだけあれば、砂漠だって、南極だって住めちゃうもん。だから、寂しくないの。あなたも、いつか私の星に来ればいいわ。おいしい料理・・・最近だと韓国料理にはまっているから、スンドゥブとかご馳走してあげる。ぜひ来てね。


 俺、石井宇宙(そら)はいつも謎の話をする女、田中葵(あおい)と付き合っている。いや、流れで付き合ってしまった。葵は虚言癖があり、いつも変なことを言う。いつも自分は地球でいう宇宙人だと言っている。・・・皆驚いたであろう。だが、彼女の中では事実なのだ。

 ある日、進路を決めなければいけない時期のことである。

「ねぇ、ロケットを見に行かない?」

はぁ?俺は耳を疑った。今度の週末、夢の国に遊びに行こうよ!みたいなノリで彼女は言った。近所にあったか?おもむろに地図アプリを開く。彼女曰く、九州の端の島。そこがロケットの発射場だった。

「え?まさか、ここ?なんで?」

「決まってるじゃない。今度、私の星を観測するための衛星を打ち上げるの。それを見たくて。まぁ、いつでも私は自分の星に帰れるけど、一度ロケットと言うものが見たくて。」

 先に言っておく。彼女は決して悪い人間ではない。純粋なのだ。純粋がゆえに、時折訳の分からないことを言う。

「いつ行くんだ?どうやって行く?もしかして2人でか?」

わからないことはすぐに聞く。それが俺の流儀だ。葵は迷うことなく答える。

「今度の冬休み。電車とフェリーで、もちろんそら君と2人きりで。」

「わからない。なんで貴重な休みにそんなマニアックな場所に、マニアックな方法で、しかも2人きりでって。お前・・・。普通は夢の国とかに行くんじゃないのか?」

 そう言うと、葵はニコッと笑い、俺の向かいの席に座って、パンフレットを並べた。そこには、宇宙センターの案内や館内の地図が載っていた。俺は、難しい古典小説を見るかのように、それらをじっくりと見た。

「お前!港から車で30分って書いてるぞ!どうやって行くんだ?バスあるのか?」

「うーん、あるんじゃない?さすがに。」

 お前な・・・。


 葵はいつもこんな調子だった。初めてあったのは小学校4年生のころだった。今でも覚えている。転校してきた彼女の第一声が、

「初めまして地球の皆さん。私は、あなたたちの言う宇宙人です。どうぞ、よろしくお願いいたします。」 だった。

 当然、周りと浮くし、最初の方はからかわれたりもした。だが、一貫して宇宙人だと言う葵の言葉に、皆が黙った。 それは、中学になっても変わらない。ここまで来るとメンタルお化けじゃないかと思うほど、一貫していた。

そんな葵は、なぜか俺にだけすごく絡んでくる。「あなたは選ばれたの」という言葉は、今でも頭から離れない。だから、何故か宇宙の恋人。まさに宇宙「人」となったのだ。友達もそうやって冷やかしていた。

 宇宙人のカップルは、決まって図書館にしか行かない。葵が地球の文献を読みたいと言うからだ。だが、彼女は小説をメインに読んでいるため、俺の中では文学少女くらいの認識しかない。あと妄想女。陰ではそう呼んでいた。

「やっぱり、この作家は面白い本を書くねぇ。流石だよ!」

 ここは図書館だ。静かにしなさい。

 葵はよく寝る。授業中は絶対に寝る。電車でも寝る。いつもあくびをしている。地球の文献を見るのに忙しいのか?との問いに、

「みんなの愛っていうドラマにハマってるの!すっごい面白いから!そらも見たほうがいいよ!」

などと、韓国ドラマの話題を出したりする。よくいる女子とそう変わらない。

 SNSもよく使っている。いつもは、自分が好きなドラマやスイーツの投稿が多い。たまに「人類への警告」や「果てない宇宙の法則」といった投稿もしている。なので、フォロワーは俺と葵の家族のみだった。

 そんな、宇宙人の家族は一体どんなものなのか。答えは普通だ。お父さんは大学教授で、お母さんは介護士だという。これは地球にいるときの仮の姿で、本当はエージェントだと葵は本気で言った。あの時の目は、いつになく真剣だった。一度、お父さんとあったことがある。(あまり、お父さんって言うのも失礼か・・・。)

「娘は、よくわからないことを言うんだ。私の影響かな・・・。実は宇宙に関する仕事をしていてね・・・。要は宇宙物理学だよ。天文とかね。あの子、結構難しい本とか読めないくせに読んでいてね・・・。ほんと困ったよ。はははっ。」

よく笑い話をしていた。 でも、そこに娘は変な子だとか奇妙だといった偏見は感じなかった。愛していると実感した。俺はそんな愛を受けたことがない。そりゃ、宇宙と名付ける親がまともかって話。偏見があるが、うちには愛が無かった。

 高校に上がった時、クラスが同じだった。その頃俺は、鉄道部というおとなしい子しか入部しない部活を選んだ。クラスの女子が「何でー?絶対、ソラは陸上に入ると思ってたのに。」と口を揃えて言った。理由は単純。葵と離れたかったからだ。なぜか付き合ってることになっているし、高校も一緒。あげくの果てに、クラスまで一緒なんてごめんだね。なんて思い、奴が嫌がるかもしれないマニアックな部活を選んだ。そうすれば離れると考えた。

 だが、浅はかだった。葵はそんなの関係なく、俺と一緒の部活に入った。何故だ・・・。俺の何がいいんだ?それがわからない。聞こう聞こうと思っていたが、あっという間に3年生になった。

 

 学生だけで旅行に行けるのかわからなかった。下調べは同じ部員に協力してもらい、何とか出来た。ロケットの発射は明後日の日曜日だが、月曜日は学校が休みなので、新幹線で帰れる。問題は、土曜日だ。なんと下の電車で行くことになったのだ。

「何で、下道で行くんだよ!新幹線で行ったほうが、高いけど早く着くだろ?」

そう言うと、すぅと息を吸ってまっすぐ俺のほうを見つめた。

「そらと長く一緒に居たいんだ・・・。」

 意味深なことを呟く。


 このバカげた旅行は、葵の遅刻で始まった。

「バカ!7時集合だったろ?間に合わないだろ!」

 一応、鉄道部のはしくれ。時刻表の確認はバッチリ。タイムスケジュールも完璧だ。コイツさえちゃんとしていれば・・・。

「うるさいなぁ。そんなにガミガミ言わないでよ。」

「あのなぁ。俺は、夢の国でもいいんだよ。だったら、今からでも帰るか?」

 駅で大きい声を出しているカップルは、俺らくらいだろう。文字通りバカップルだ。恥ずかしい。

一番ホームに電車が流れてきた。大蛇のような身体の電車は、16両編成という長さ。三年間鉄道部だったものだから、電車のことが詳しくなった。この電車は、俗にいう湘南色というもので、とても伝統のあるカラーですばらしい三本線。まるで虹のようなキレイな・・・

「えぇーこんだけ乗って静岡まだなのー!?遠いなー。」

俺の解説をバスッと切り捨てた葵は、今いる地点に愕然としていた。

「おいおい。ここで遠いとか言うなよ。言っとけど今日中に九州には上陸するからな。」

その言葉に愕然とする葵。

「そんなー。地球はでかいなぁ。」

「当たり前だ。直径約12,000kmの大きさもあるんだ。日本も必然的に大きくないとつり合いが取れないだろ。」

「私の星はもっと小さいよ。移動もすぐだよ。」

「なるほど。お前の星は、どんな移動手段を使うんだ?」

「こっちで言うリニアかな。いや、もっとすごいの!レールもなく浮いているの!いつか乗ってみたいなぁ。」

他人が聞いたら何ていうんだろうか。バカな2人がバカな会話しているなぁと思うんだろうか。

「静岡ー静岡ー」

 東京駅から約三時間。やっと静岡に着き、伸びをする葵。

「おい、時間がないぞ。隣の電車に乗って、次は名古屋だ。」

そういうと、葵は顎が外れたのか?と思うくらいに大きく口を開けた。そんなリアクションする人間がいるんだな。あぁ、宇宙人か。

「むりー。新幹線使おーよー!大阪に行きたいー!」

わがままな姫は、駅のホームで駄々をこね始めた。まぁ、俺も想像以上に退屈で、しんどい思いをしていた。

「でも、お金がなー。というか切符。フリー切符を買っただろ?」

「!良い事を思いついた。良かったー鉄道部で。」

 ん?どういうことだ。訳がわからぬまま、葵は静岡の駅を降りた。おいおい!まさか、マジで新幹線で行くのか?でもお金が・・・。そんな心配をよそに、葵はぐんぐんと駅を出て、地下街を進む。着いたのは金券ショップだった。

「すいませーん!この切符買ってくださーい!」

「バカ!高校生が売れる訳ないだろ?!」

「え?そうなの?」

 きょとんとする宇宙人は、改めて店員に聞いた。店員はコクリと頷いた。法律の壁が立ちふさがる。どうやら、葵は切符を売って新幹線の切符代にしようとしていたのだ。

「そんなぁ・・・。」

「はぁ・・・。わかるだろ?普通。地球の文献には載って無かったのか?」

「そうやって、すぐ意地悪を言う。」

 金券ショップをみると、静岡〜大阪の切符が売っていた。俺は、自腹でその切符を買った。中々痛手だったが、仕方がない。わがままな宇宙人を黙らせるのにはこうするしかない。

「いいの、ソラ?お金は?」

「いい。別に大した額じゃない。それに、もう予定は狂ってるからな。」

そう言うと、人の目を気にせず抱きついてきた。金券ショップのおばさんが、鬱陶しそうに俺らを見つめた。

 

 味気ない毎日を過ごしていた小学校のころ。みんな授業参観に親が見に来ていた。

「おい、「うちゅう」!今日お前の母ちゃん来ないのかよ!」

 そんなことでいちいちからかうな、鬱陶しい。俺の母は、パートで女手一つで育ててくれた。そこには本当に感謝している。でも、参観日くらいは来て欲しかった。親がいない自分がなんだかみじめに思えた。親には1回も褒められたことがない。何でかわからないが、褒められたことがない。自分の子供が可愛く無いのだろうと子供ながら思っていた。

 中学に入り、ちょっとずつ友達が増えてきた。努力のたまものであると自負している。でも、母との関係は悪くなるばかりだった。別にグレたつもりはない。悪い友達とは付き合ってはいない。だが、母とは話をしなかった。面倒なのと、どんなに頑張っても褒めてもらえないと思っていたからだ。母が作る弁当も、いつも残していた。おいしいが、食べたくない。いつもゴミ箱かトイレに流していた。

「罰当たり。もっと食べ物を大事にしなきゃ。地球は食糧難になるんだよ!」

 遠い未来のことを、まるで明日起こるかのように話す葵。

「うるせぇな。俺にかまうな。いつも言ってるだろ?」

「そんなの関係ない。ソラは選ばれた人間なんだから。」

「誰にだよ。」

「世界に。」

 こいつと話すと頭が痛くなる。でも、自然と気持ちが落ち着く。そういう力とか持ってるんじゃないかと疑いたくなる。本当に宇宙人じゃあ・・・。そんな訳ないか。


 大阪行きの切符を手に入れた俺たちは、鈍行で行くことになった。単純に各駅停車しか無かったからだ。それでも、全然スピードが違った。1時間で名古屋に着いた。名古屋には多くの人が乗り込んできた。皆、顔が疲れ切っていた。大人って大変だな。

「すごーい。もう着いた!もうすぐだね、大阪。」

「・・・・。」

朝が早かったので、俺は寝てしまった。それに不満があるのか、もうっという声が聞こえた。その遠い声も段々と聞こえなくなる。

 自分たちの青春もこの新幹線のようにあっという間に過ぎ去ってしまうのだろうか。それはとても怖い事だ。いつの間にか3年生。何も考えずに過ごしていた。強いて言うなら、この女をどうやり過ごすかを常に考えていた。わざと男子トイレで時間を潰したことがあった。もちろん用も足すが、基本はスマホを弄っている。

バーン

突然ドアが開いた。

「ソラー!まだー?これから肥大化する太陽に、ユーロ星人と地球人に出来ることはないかの討論はしないのー?」

「バカ!男子トイレだぞ!出てけ!」

こんなことは当たり前だ。酷いのは、常に席替えの席は決まって俺の前の席だった。これが一番厄介だった。逃れられないのが辛い。いつも休み時間に話しかけてくる。

「ねぇ。この宇宙物理学者の論文。すごいよ。ほんとすごいんだから。宇宙のことをしっかりと理解しているんだから。」

「お前はバカか?どうすごいんだよ。全然説明になってないよ。」

そう言うと、うーんと唸る。面白いなこいつ。


「青春か・・・。」

ぼそりと俺が言ったのを、葵は聞き逃さなかった。

「青春ねぇ・・・。今ってすんごい青春ぽくない?」

確かに。そう思った。だが、口には出さない。出すとこいつと会話が始まってしまうからである。これほど厄介な話相手がいただろうか。

 そんなことは関係なく、葵は続けた。

「やっぱり、ソラしか相手はいないよ。うん・・・。」

なんだか恥ずかしいことを言う葵は、一人で窓を眺めていた。過ぎ去る景色をじっと眺めていた。まるで、名残惜しそうに。

 大阪には2時間で着いた。しかし、九州はもっと先である。

「着いたー!大阪ー!」

なんでそんなにうれしそうなんだよ。そう思っていた。しかし、予定より早く行動が出来て、自分も少しうれしい。一気に大阪まで来て、時間は3時間くらい浮いたのだ。少し余裕がある。そう思ったのか、葵は大阪を観光したいと言い出した。

「おいおい。九州には今日中に行くんだろ?もうすぐ出ないと明日のロケット発車時刻に間に合わないぞ?」

「大丈夫だよ。私を信じて。」

何を信じるんだよ。そう思いながら大阪駅で降りた。正直、この後のプランは崩壊している。まぁ、予定通りに進んでも、間に合うかどうか微妙なところだった。

 大阪は修学旅行以来、というかこの前行ったばかりだった。まだ夏だったので、セミが多く鳴いていた。とてもうるさくて、修学旅行どころじゃなかった。大型テーマパークや歴史博物館といった所を回ったので、自分としては満足している。しかし、宇宙人は納得しない。

 どこに行くのかと問うと、行ってみたい所があるんだという。通天閣か?それとも動物園?答えは銭湯だった。あまり知らなかったのだが、大阪も東京に負けていないくらいの銭湯があるらしい。・・・いや、銭湯って。仮にも、令和の女子高生が銭湯巡りって。確かにエモさがあっていいが、正直俺は銭湯が苦手だ。昔、入れ墨の男性にすごく怒られた記憶がある。それ以来、銭湯が苦手だ。

「実は、ここからすぐにフェリー乗り場があるの。それに乗って鹿児島に行って、また島行のフェリーに乗る予定よ!」

なに?フェリーの乗り換え?マジか?俺は、銭湯も嫌いだし、船も嫌いなんだ。風呂は衛生的じゃないし、フェリーは修学旅行の時に酔って吐いてしまったことがある。

「冗談じゃない!時間がないんだろ?そんなのに悠長に乗ってたら、間に合わないだろ!」

「大丈夫だよ。料金も安いし、しかも寝れる。こんなありがたいことないよ。」

確かに、一理ある。

「近くの銭湯は、地元ですごく有名なんだって。昭和レトロでエモいんだって。地球のお風呂は最高だからね。」

そう言い、強引に連れていかれる。助けてくれー。


 銭湯が嫌いな理由はもう一つある。それは、いつも決まって葵と行くからだ。小学校の6年まで一緒だった。実は、お隣さんだったので母が気を使って葵を誘ったのだ。

「ソラー。5時半に入り口で待ち合わせねー。先に帰ったら怒るからね。」

その当時から、えらくフレンドリーだった葵は、ブンブンと手を振って女湯に消えていった。俺も男湯に入る。

「おい、うちゅう!愛人とデートか?はははっ!」

同級生がいた。こういう時に限っていつも現れやがる。腹立つと言う感情よりも、恥ずかしさが先に出た。

「ち、違うっ!」

お金を払ったが、俺はすぐに出て行った。葵を残して。

 後日、母が謝りに行った。俺は、怖くて行けなかった。後で聞いたら、わんわん泣いて帰ってきたらしい。でも、翌日学校で会うとケロッとしていた。

「おはよー!今日は私の星で流行る物は何かを考えてきたんだ。聞いてよー。」

相変わらずで安心した。だが、俺には後悔の気持ちがいまだに残っている。

 銭湯は嫌いだ。


 向かった銭湯は、意外とでかい建物だった。昔ながらの煙突があるが、思っていた形ではない。なんというか、スーパー銭湯みたいだなと思った。でも、所々古さもあり、良き昭和の風景が残っていた。葵は、スーパースターが現れたかのように、必死になって写真を撮っていた。

「ソラー。そこに立って!」

「あ?なんでだよ。」

「良いから。」

俺は、訳も分からず変なピースをしていた。葵は、腹を抱えて笑った。つられて俺も笑ってしまった。

「バカ。店の前だ。早く入るぞ。」

「あははっ!そ、そうだね。じゃあ待ち合わせは5時半で、今度は先に帰らないでよね。」

まだあの日のことを覚えていたのか。驚いたな。

「わかった。って、フェリー間に合うのか?ちゃんと確認しとけよ。もう少し早い時間にでないと・・・。」

「大丈夫!ぎりぎりのほうが楽しいから。」

いや、何が大丈夫なの?心配なんだけど!奴は、こっちの心配なんて関係ないようだ。そして、服を脱いだ俺は、湯船に体を沈めた。


 「地球は青かった。」とっても有名なセリフ。じゃあ私の星は?うーん・・・冷たかった!これじゃあなんだか普通か。ユーロは美しい。なんだか誤解されそう。やっぱり綺麗だった!これかも!うん、良い響き。綺麗・・・。あと何年綺麗なものを見続けられるのかな。神様にしかわからないよね。そんなこと。でも、私はあの人といつまでも、いつまでも、いつまでも綺麗な景色を見たい。おばあちゃんになっても一緒に見たい。骨になったら何も見えないのかなぁ。

 

 俺は5時半にきっかり待った。奴は出てこなかった。この時期の風は冷える。

「ごめん!牛乳飲んでた。」

「お前!あんま無駄使いするなよ。予算は限られてるんだから。」

「はーい。」

拗ねて子供みたいな態度をとった葵に、少し笑ってしまった。

「あ、そんなことより、時間がないよ。」

大阪に着いてからずっと葵のペースだ。ちょっとはしっかりしないといけない。しかし、フェリー乗り場がどこかわからなかった。

「さっきの駅に戻るんだよ。ほら、早く。」

やっぱり奴のペースで事は進んでいく。ほら、行くよと言わんばかりに、腕をグイっとつかむ。空は薄暗くなり、夜の時間になりかけていた。こうなると、一気に日が落ちる。急いで電車に飛び乗り、フェリー乗り場に向かった。

 フェリーを久しぶりに見たが、大きくてびっくりした。バカっぽい感想だが、見たときにそう思ったのだ。仕方がない。俺と葵は、フェリー乗り場でチケットを買い、出発の時を待つ。乗船には少し時間がかかるというアナウンスがターミナル内に響き渡る。

「時間ばっかり気にしていたら、体がもたないよ。」

「何のんきなこと言ってんだ。誰のせいで時間が狂ったと思ってんだよ。」

そういうと、葵は上を向く。

「時間が狂う・・・。ほんと、時間なんて狂ってしまえばいいのに。」

「え?」

「宇宙でも時間は進むんだよ。もう過去には戻れない。だから、今を大切にしないとね。」

 乗船の時間だ。俺らは乗船口から船に乗り、そのまま今日寝るB室に向かった。席と言ってもカーペットだけで仕切りもない。皆毛布を持ってきて、それぞれくつろいでいた。和気あいあいと話す男女のグループ。疲れてすぐに横になるのはおそらくトラックの運転手であろうと思うおっちゃん。頑固そうな夫とぺちゃくちゃしゃべりかける妻の老夫婦に、ワーワー騒ぐ子供を落ち着かせる家族連れ。様々な人間が乗っていた。皆同じ空間にいるのが何故だか不思議に思えた。皆にそれぞれの物語があるのだと思うと、不思議だ。

「そういえば、お前・・・。カメラは?」

「え?」

「え?ってお前、でかいカメラ持ってきてただろ。」

「あっ!!」

「・・・。」

こういう抜けているところが葵らしいというかなんというか。

「お客様の中で、カメラをお忘れの方!!」

「あ、私かも!すいませーん!」

船はゆっくりと陸を離れる。


 中学校も奴と一緒だった。俺たちが通った中学校は、修学旅行がない代わりに学校に泊まるという行事をしていた。男女ともに同じ教室で寝る。覚えていないが、参加したい子だけで行う行事だった気がする。皆仲良しの子と一緒に寝たりする者、恥ずかしがって参加しない者、中には1人で寝る者もいた。

 俺は、なぜか隣に葵がいた。あまりいちゃつくなよと友達がからかった。(まだそんな事言ってるのか。頭が痛くなる連中だ。)と心の中で思いながら、友達の前では笑っていた。

 正直、今となってはとてもしんどい生活をしていた。自分を偽りながら生きるのに、少し疲れていた。アイツは違う。いつも自然で、いつでも宇宙のことしか頭にない葵が羨ましかった。どんな人生を送ったらそんな人になれるのだろうか。今でも永遠の謎だ。

「ねぇ。ソラは、火星に何があると思う?」

「知らん。興味もない。」

「夢と希望。」

こいつが男だったら殴っていた。

「人類は、火星への移住を研究してるの。鉄は火星にいっぱいあるんだって。それはほとんど酸化している・・・。つまり、酸素があるんだよ。あとは水素があれば、水は作れる。まさに夢と希望が詰まった星だね。」

「何言ってんだ?火星には生物がいないってなんかの本に書いてあったぞ。それこそ、お前から借りた本にだ。」

「まだまだだね。きちんと本は裏側まで読まないと。あれは可能性の話だよ。つまらない可能性。だって私の両親は、ユーロ星から来たんだよ。火星には、生物の痕跡があったんだって。つまり、生き物が暮らしている証だよ。」

頭が痛くなるな、こいつと話すと。なんで寝る前にこんな話をしないといけないんだ。朝だって早いのに。

「そうか。良かったですね。んじゃお休み。」

「ソラ。これは重要な話だよ。宇宙は不思議であふれている。私はいつか解き明かしたい。」

「・・・・。」

 お父さんの背中を見て育った証なのか。葵は宇宙の話になると、どこか凛としてまっすぐな目で俺を見ていた。その目は地球人では、少なくとも俺の知り合いにはいない目をしていた。そんな葵に惹かれる自分がいる。


 午前二時。トイレで俺は起きた。トイレから帰ってくると、葵は泣いていた。

「お、おい。大丈夫か?」

「うん・・・。ごめん。」

「何があった?」

「・・・夢を見たの。」

「どんな?」

「皆が宇宙の塵になる夢。」

なんておっかない夢を見るんだ。というか夢までも宇宙なんだな。

「とりあえず、水でも飲めよ。」

「ありがとう。」

買ってきた水を手渡し、俺は横になった。中学の時も、怖い夢を見たと言って叩き起こされたっけ。あれからずいぶん経ったけど、まだまだ子供なんだなと思った。

「ねぇ・・・。ソラは怖いものはある?」

葵が聞いてきた。

「・・・ある。大人になるのが怖い。」

「私も。大人って可愛げなくなるもんね。」

そんなんじゃない。親みたいに、世間体を気にしてるくせに、愛情がない。愛を忘れた大人にはなりたくない。そう思ってる。

 自分もいつかは大人になる。でも、時間は残酷だ。嫌な大人へ誘っていく。変わる声、伸びる背、付き合う仲間。どんどん変わる。このまま時間なんて止まればいい。

「確かに・・・。時間なんて狂えばいいのにな。」

「・・・うん。本当だね。」

「お前の星では時間を止める技術ないのか?」

「今、研究中なんだって。我々ユーロ人は、一致団結で時間を止めるって意気込んでいるよ。」

「それはまた盛大な話だ。・・・実現するといいな。」

葵は何も言わなくなった。振り向くと、すうすうと眠っていた。なんて自分勝手な奴だ。俺もそう思いながら自分も毛布に潜り込んだ。

 

 なんで宇宙と書いて「そら」と読むのか。母と別れる前の父に聞いたことがある。でも、あんまり覚えていない。どうせ、くだらない言葉遊びだと思って適当に聞き流していた。母に聞きたいが、絶賛反抗期中なので無理だ。今は聞けない。なぜかプライドが許せなかった。

 この名前のせいで、いつもいじめられていた。だから努力した。運動も勉強も。誰も褒めてくれない。でも、やらないと「宇宙」に負ける気がした。どんだけ苦しんだことか。

 葵は、そんな俺に声をかけた。初めてだった。女子に声かけられるのも初めてだが、こんなおかしな子に話しかけられるのも初めてだった。

「あなたは選ばれた。」

「え?」

「私は葵。こんな普通の名前だけど、これは仮の名前。本当はウバイ・リャン・スバイ。よろしく。」

「は?え・・・え?」

自己紹介の時から変だった葵は、俺があった人間の中でもダントツで変だった。だが、なぜか安心をした。こんな俺でも、話をまともに(会話の内容がまともではないが)聞いてくれるなんて。とても嬉しかった。今でこそあの時の自分を殴りたいが、その時は本当に思った。

 いつの間にか、葵と色々話す自分に気付いていた。

「宇宙ってかいてソラなんて。変かな?」

「変。でも、それがあなたでしょ。私なんて、偽りの名前で生活してるんだよ。本当にいやになっちゃう。」

「・・・お前って変だな。」

「「変」なんて言葉。人間同士では無いはずだよ。だって皆顔が違うわけじゃない。みんな同じ顔だったら、それこそ「変」だよ。」

確かに言われてみればそうだ。人間がまるっきり同じではないといけないなんて誰が決めたんだ?自分は、そんな大人みたいな考えをするようになったのか?自分がなりたくない大人に近づいているのか?急に自分が嫌になった。

「もっと自分を楽しもうよ。もったいないよ。でも、私はそんな地球人は嫌いじゃないけどね。」

「・・・でも、やっぱお前は変だ。」

「宇宙ってのも変だよ。」


 朝になった。船は相変わらず海をゆっくり走っている。潮の香りが船内を満たしている。そんな香りに俺は犬みたいに反応して起きた。

「皆さま。おはようございます。朝食の用意が出来ました。ご利用の方は、2Fの食堂にお越しください。」

昨日はケチってバイキングに行かず、カップ焼きそばで済ませたからお腹が減っていた。

(確かに、ちょっと食べたいな・・・。でも、新幹線代を考えるとあんまり使えないな・・・。)

そんなこと考えていたら、葵が手を引いた。

「ねぇ、ソラ。バイキング行こう!私お腹が減って死にそうだよ・・・。」

「ば、お金が無いんだぞ。節約しなきゃ。」

「大丈夫だって。それに食べないとなんとかって言うでしょ。ほら、早く!」

言われるがままバイキングに行く。1人600円で意外と安いことにびっくりした。

 俺は、変に我慢して、パン1個だけ食べた。大食い宇宙人は、スイーツやフルーツを大量に撮っていた。バカみたいだがびっくり。と言う感想しか出てこない。というか唖然とした。

「お前、意地汚いぞ。向こうの大学生のカップルが笑ってたぞ。」

「他人のことなんて気にしない。それが私の星の信念。」

たまに、こいつから学ぶことがある。こいつのすごいところはそのメンタル。とても強い。例えるならダイヤモンド。いや、この例えはあってるか?とにかくすごい。それしか出てこない。その姿勢や考え方。一体どこで身に着けたのだろうか。

「その信念。本にすれば売れるだろうな。」

「うん!たちまちミリオンセラーだよ!」

 B室で一緒になった老夫婦に話しかけられた。

「あ、あんた。大丈夫かいな。ごっつ泣いてたなぁ。」

「あぁ、大丈夫ですよ!ごめんなさい。迷惑でした?」

「大丈夫やで!でも、偉いなぁ。おばちゃんのとこの孫と年変わらんのに、ふたりで旅か?青春やねぇ。あ、私道子と言いますぅ。この人は、まぁええわ。愛想悪いからな。ごめんなぁ。」

何倍もの会話の量で返してきた道子さんに、葵は動揺した。関西のおばちゃんってすごいなぁ。そう思っていたら、愛想悪い男性が話しかけてきた。

「・・・お前、女泣かせたらあかんで。」

とても重くて身に染みる言葉を浴びせてきた。え?何で?

「あんた。こんな可愛い子いじめんなやぁ。可哀そうやろ?ごめんなぁ。この人ホンマ愛想悪いから。」

「だ、大丈夫です。」

男性のほうはすぐにB室に帰っていった。

 道子さんが謝る。

「ごめんなぁ。おばちゃん心配やってん。二人はどっか行くん?」

「か、鹿児島です!ロケット発射場に。」

「そうなん?いいねぇ!おばちゃんも行ったことあるわ。あの人と。」

そうなんですか?とさっきまで緊張していた葵が喰い付いた。

「どうでした?やっぱりすごいですか?ロマン感じました?」

今度は道子さんが困った顔をした。

「え、えっと・・・。でも、よかったよぉ!ロケットがバーンと飛んで、すごい音がしてもう感激したわ!あの人泣いてたんよ!」

「え?何でですか?」

「あの人、大阪でねじを作っててん。それが発射されるロケットの部品に使われてん。」

「へー!すごい!」

そうなのか。すごい人と出会ったな。

「でも、もうその会社はもうあらへん。お父さん腰やってもうてなぁ・・・。仕事出来んようになってん。だから会社畳んでん。」

「そうなんですか・・・。」

道子さんの笑顔が消えた。なんだかあまり聞いてはいけない事を聞いたのかもしれないと思った。

「そないな顔せんといて。でも、あの人はすごくええ顔してんねん。今でも、誇りに思ってるわ!」

「・・・すごいですね。そういう誇りがあって羨ましい。私にはありません。」

「何言うてんねん。「ホコリ」なんてちり取りでパッパッと取れるわ!」

二人はいい笑顔をして笑っていた。その様子を眺めていたら、愛想の悪い男性が戻ってきた。

「・・・これ。」

そういうと、俺に1本のねじをくれた。

「・・・俺の会社の形見や。兄ちゃんにあげるわ。」

「え?いいんですか?これ、大事な物じゃあ・・・。」

「・・・辰巳哲夫工場長が働いていた辰巳工業の誇りや。俺が持っていても、過去に縛られてるだけや。これもってロケット見てこい。ほんで、これのすごさ感じて来てくれや。」

「・・・ありがとうございます。」

そのねじはとても重く、そして想いが詰まっていた。


 こんにちは、地球の皆さん!今日もいい天気。この天気が世界中どこでもそうだと、戦争も飢餓も起こらないと思うのに・・・。でも、それは難しいのかな。天気は変える事はできないけど、争いは絶対に止められると思うんだ。いつか、皆でこの地球を囲って、ダンスやバーベキューとか色んな楽しい事をしてみたいな。皆ならできるよ。頑張ろう!


 船は、長いようで短い航海を終え、無事に着岸した。それぞれ皆自分の荷物を持って、続々と船から降りた。俺たちも降りようとした。

「はい、チーズ!」

パシャリッ

「何やってんだ。もう降りるぞ。」

「はーい。えへへ。」

葵はすごくご機嫌だった。お気楽だな。

 フェリー乗り場にシャトルバスがやって来たので、俺たちはそれに飛び乗った。バスは鹿児島駅まで行くらしい。「いやー危なかったね。」と呑気なことを言う葵の額をぺちっと叩いた。

「なにするの?もう!」

「・・・とりあえず、これで目的の鹿児島に着いたわけだが、さてフェリーの乗り場はわかるか?」

「あ、うん。駅から歩いて10分くらいだって。近いね。」

バスは山間を縫うように進み、鹿児島駅へと進む。


 夢をみた。どこまでも続く空と海が俺を包む。どこまで歩いても前に進まない。進んでいる様子はない。でも、止まるわけにはいかない。止まるとすべて諦めるような気がした。俺は何を諦めないようにしてるんだ?わからない。時間に抗っているのか、それとも・・・。

 後ろから強い光が俺を包む。暖かくて気持ちのいい光。身を委ねられるほどの光・・・。俺はこの光を知っている。太陽とはまた違う光。


「また寝ていたよ。寝坊助だね。」

「ん・・・?」

俺は、本当に寝坊助のようだ。こんな奴に起こされるなんて。その寝顔を葵は撮っていたようで、すごくいい笑顔になっていた。目をこすると眼前に蒸気機関車のの

ようにモクモクと煙を上げている桜島が見えた。

「おぉ・・・、すごいな。流石、鹿児島・・・。」

「あ、同じこと言った。」

二人とも、巨大なロボットを見た少年少女のように、ポカーンと口を開けてその光景を見た。

 駅から10分と聞いていたのに、意外と遠く、うんざりするくらい歩いた。

「いつ着くんだよ。と言うか、道合ってるのか?」

「だ、大丈夫だよ・・・。多分・・・。」

「あ?お前・・・まぁ、俺も悪いけどさ・・・。」

「なんで?」

「だって、お前ばっかりに調べさせて、自分は呑気に寝てたんだぜ?こんな彼氏いないだろ?」

「ふふーん、やっと気付いたかね。ソラ君。」

「誰だよ・・・。」

話しながら歩くのは悪くない。あっという間に、ロケット発射場のある島行のフェリー乗り場が見えてきた。

 フェリー乗り場は、思っていたより混んでいた。皆ロケットの発射を見たいのだろうか。それともただの観光か?それはわからないが、とにかくたくさんいてホッとした。

「ここから、2時間乗船。そこからバスに乗ってロケット発射場が見える展望台に行くんだって。」

「ふう・・・。結構疲れたな。」

「ホントだよ。でも、フェリー楽しかったね。人生で初めて乗ったよ。」

「おれは・・・また乗るのかって思うと、うんざりするよ。」

まだ、船に乗るのかと思うと、うんざりした。鉄道部に所属しているが、乗り物があまり得意じゃない。船も嫌いだ。

「そういえば、お前の乗ってきた船はどんな形してるんだ?」

「・・・。」

俺は、暇つぶしに奴のほら話に付き合った。だが、葵は待ってましたと言わんばかりに俺に話をぶつけてきた。

「ふふん。それはね、とっても小さいの。本当に小さい。なんてたって3人乗りだからね。形はまさに、円盤型!ふわふわと浮いて、ビューンと光よりも早い速度で飛んでいくの!」

「お前、時速10億キロぐらいあるんだぞ。光って。身体がもたないだろ?」

「それはね。ソラにだけ話すけど、特別なフィルムで覆われているんだ。あ、何でできているかは聞かないで。そこは想像に任せるよ。」

やはり、暇つぶしにはもってこいの奴だ。そう思いながら、話を聞いていた。


 高校に上がってすぐのころだった。ある子がすごく好きになった。こんな気持ちは初めてだった。自分の何かがはじけそうな、そんな気分だった。その子はすごく明るい子だった。無邪気に笑う姿に心奪われた。その子が好きなアーティストがいればそれも聞いたし、好きな食べ物も無理して食べた。すべてはあの子に好かれるため。

 帰り道、いつも一緒にいるアイツと別れ、一人体育館裏に行った。その子がいると聞いたからだ。その子はいなかった。よかった・・・。そう思って帰ろうとした時、2年上の先輩と手を繋いで歩いているところを見かけた。負けた・・・。何かが弾けた音がした。でも、それを抑え込んだ。・・・空しい。自分は何をしていたのか。夏だったので、通り雨が降った。

「何してるの?風邪ひいちゃうよ?」

女子が持っているにしてはでかいコウモリのような傘でアイツは俺を入れてくれた。

「・・・人間は、そんなに簡単に風邪なんてひかないさ。ただ、そのときのコンディションの問題さ。」

「何言ってるのさ。早く傘に入ってよ。」

 

 フェリーはやはり混んでいた。皆ロケットを見に行くみたいだ。まったく、皆物好きだな。まぁ、そんな物好きの誘いを断れない俺も俺だな。葵はカメラを念入りに手入れしていた。

「ちゃんとカバンに入れとけよ。また、忘れたってことは勘弁だからな。」

「わかってるよ。ふんふーん。」

流行りの曲のサビを鼻歌で歌いながら、カメラのレンズを拭いていた。

「車の免許があれば、自由にあっちこっち回れるのにな。」

「そうだねぇ。ソラは免許持ってないんだっけ。」

「え?お前持ってるの?」

「バイクの免許は持ってるよ。」

「あー、なるほど・・・て、うちの学校バイク通学禁止だろ?意味ないじゃん。」

「駄目だねー、そんなんじゃ人生損するよ?この世に意味のない物は無いんだよ。好きなもの、興味のあるものはどんどんしなきゃ。」

「そうかい。悪かったな、人生損してて。」

まもなく、島に上陸する。


 相手は誰でもよかったわけではない。俺にだって選ぶ権利はある。でも、アイツといるとすごく安心する。何故だか暖かい気持ちになる。アイツはそういう特殊能力を持ってるんじゃないかと思うくらいだ。

 放課後、教室で1人席にいるアイツに声をかけた。

「よう、待たせたな。」

「全然。寝てたから。」

「そ、そうか。」

俺は、拳を握った。手がすごく震える。緊張しているのだ。

「どうしたの?」

葵は静かに、でもすべてをわかっている。だから早くその言葉を言って欲しそうに待っていた。

「お、お前と・・・俺・・・その・・・。」

「うん・・・。」

葵はニコリと微笑む。

「前から好きだ!ずっと好きだった!俺でよければ付き合ってくれ!」


 バスで島の中心まで行く。島民の生活圏内から離れた所にロケット発射場があるからだ。野越え山越え、バスは目的地の停留所に止まる。続々と人が降りていく。俺たちも人の流れに身を任せ、降りて行った。

 ロケットは遠くからでもはっきりとわかるように聳え立っていた。

「わぁー!」

葵は推しのコンサートに行ったかのように、目を輝かせていた。あの時と同じ目だ。

「もうすぐ発射されるよ!楽しみだね!」

「あぁ、わかったから少し落ち着け。」

まもなくロケットが打ち上がる。それを皆、待っていた。

「お知らせします。本日、強風のため打ち上げは中止いたします。」

施設内には残念と困惑の空気が流れた。

「そんな・・・。せっかく準備してきたのに。」

「・・・仕方ないさ。また、機会があるときに見に行こうぜ。」

「・・・駄目なの。」

「え?」

「今日じゃなきゃ駄目なの。ソラの誕生日だから。」

そうだ。今日は俺の誕生日だ。そのために、今日のために誘ってくれたのか。そういや、こいつ。誕生日にはいつもなにかサプライズをしてくれたな。前はゲーム機だっけ。あれはさすがに引いたな。

「俺の誕生日は、この旅で十分プレゼントになったよ。ありがとう。」

「・・・そう。」

葵は、今にも泣きだしそうだった。

 空は青い。宇宙まで見えそうなくらい青い。すごく綺麗だった。風が強い。いつになく強い。何もかも吹っ飛びそうなつよさだ。

「実は、日本を離れるの。」

「ふーん。星にでも帰るのか?」

「アメリカ。」

それを聞いて、奴の言うユーロ星よりずっと遠く感じるようになった。

「へー、遠いな。」

「私の星に比べればすぐだよ。地球上にいれば、すぐに会えるよ。」

「別に寂しくなんかねぇよ。」

葵は、あの時と同じ目で俺を見る。

「ソラを初めて見かけたのは、私が・・・ち、地上に降りてすぐだった。友達もいなかった。でも、それでいいと思ってた。ソラはいつも明るかった。そんな友達なんてすぐできるけど、君みたいな人間はそうそういない。」

「ずっと聞きたかった。なんで俺が選ばれたんだ?その明るさだけか?」

「違うよ。明るくて優しくて、お日様みたいな人間だから選ばれたんだよ。」

「お日様・・・。」

俺は、葵をずっとお日様のような人間だと思っていた。でもそれは同時に、アイツもそう思っていた。なんだかうれしい半面、恥ずかしかった。

 日はまた戻る。





























 ハロー皆さん。私は今アメリカにいるの。まぁ、私の星に比べれば、大した距離じゃないんだけど。大変だよ、向こうの言葉は・・・。なんて言っているか全然わからないんだもん。日本語の方が便利だよ。

 それはともかく。このSNSももう3年か・・・。あっという間だね。ホントあっという間。彼に告白されて、世界が変わった。のろけとかじゃなくて、本当に変わった。今まで見たくなかったもの、聞きたくなかったこと。全部関係なくなったんだよね。これってすごいことだと思わない?恋で人は変わるっていうけど、本当だったんだね。これからも、彼との遠距離を楽しまなきゃ。


 彼には、本当に迷惑をかけてばかりだ。彼にどれだけ救われたか。地球に来て・・・いや、私は地球人だ。心から今そう思う。

初めてがいつも怖かった。だから、わざと大げさなことを言う。そうすれば皆離れていく。そうすれば、居心地がいい空間が生まれる。でも、君は違った。その空間を破った。ほんとに世界が選んだんだと思った。彼を大切にしたい。いつまでも、いつまでも・・・。

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青い宇宙 酒井 吉廣(よしひろ) @sunikingK

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