第45話 迷子

 アネットとシャーリーで歩いていると、遠くから子供の泣き声らしきものが聞こえてきた。2人は顔を見合わせる。


「子供の泣き声。」

「行きましょう。」


 2人は泣き声の方に走り出す。すると7~8歳だろうか。1人の男の子が地面に座り込んで泣いていた。アネットは彼の傍に座り込むと優しく話しかける。


「僕?1人かな?ご両親は?」

「ぐす・・・。お父さんと来たんだけど、気が付いたらいなくなっちゃって。」

「そっかあ。もう大丈夫。お姉さん達が側にいるからね。お名前言えるかな?」

「シャーク・・・」

「シャーク君ね。じゃあお姉さん達と一緒に行こうか。お父さんを呼んであげるから。」

「・・・うん。」


 アネットが手を繋ぎ、シャーリーが周りで子供を探している親がいないか探しつつ先導する。生徒会室に向かっている途中でシャークがまた泣き出し始めた。


「ぐすっ。お父さん。僕の事捨てていっちゃったのかな・・・。」

「そんなことはないよ。どうしてそう思うの」

「だって、お父さん仕事があるのに、我儘を言って連れてきてもらったんだ。だから我が儘いう子なんてもういらないって思われちゃったのかな・・・。」

「そんなことないって。お父さんも必死に探してるよ。すぐに見つかるわ。」

「でも・・・。」

(アネット。悪いけど変わってもらうわ。)

(え?ノゾミさん!?ちょっと!!)


 私は有無を言わさずアネットと交替した。無理やり変わるのは最初の時以来かもしれない。私はシャークの元にしゃがみ込むと彼の目を真正面に見つめた。


「泣くな。泣いても現実は変わらない。」

「お・・・お姉さん。」

「貴方がいくら泣き叫んでも現実は変わらない。今貴方の傍に父親はいない。現実を受け入れなさい。」

「セレナーデさん!!あなた子供相手に!?」

「先輩は黙っていてください。」


 私はシャーリーを睨みつける。普段と違う様子にシャーリーは気圧され黙ってしまった。

私は再びシャークを真正面から見つめる。


「泣いても変わらないのだから時間の無駄よ。貴方はこれから何をしたいの。」

「ぐすっ。お父さんに会いたい・・・。」

「会ってどうするの?」

「謝りたい・・・。」

「謝っても許してもらえないかもしれない。それでも?」

「それでも謝りたい・・・。」

「なら泣くのを止めなさい。大人にとって泣く子供というのはイライラするのよ。どんなに泣きたくても我慢しなさい。男だからとかじゃない。弱さを盾に甘えるな。」

「ぐすっ。ぐすっ。」

(ノゾミさん!!言い過ぎです!!替わって下さい!!)

(駄目よ。)


 アネットの言葉を一刀両断する。彼女は何とかして身体の主導権を得ようとするが、私は拒絶する。この力関係は変わっていないようだ。中で暴れているアネットを無視し、子供に優しく話しかける。


「貴方は変われるはず。父親に捨てられたのかと思っても会いたいというのだから。だからまず初めに泣くのを我慢することから始めなさい。」

「ぐすっ・・・。うん。」


 シャークは泣きべそをかきつつも、頑張って涙を止めようとしていた。やがて泣き止むと、手で目をこすりこちらを見つめ返してくる。私は微笑んで彼の頭の上に手を置く。


「いい子ね。じゃあ行きましょう。」

「・・・うん。」


 そして再び生徒会室に向かって歩き出した。シャーリーは何も言ってこなかった。生徒会室に着くと、会長に事情を説明して、学園内に呼び出しをかけてもらう。風魔法の応用だ。父親はすぐにやってきた。


「シャーク!!」

「お父さん!!」

「お前どこに行っていたんだ!!探したんだぞ!!」

「ごめんなさい!!お父さん!!ごめんなさい!!」


 父親はまだ怒鳴ろうとしたが、私達がいることに気が付いたのだろう。私達の方に向き直ると頭を下げた。


「お騒がせしました。少し目を離したすきに1人でどこかに行ってしまって・・・。」

「いえいえ。無事に出会えてよかっ」

「ちょっとよろしいでしょうか。」


 生徒会長の言葉を遮って私は父親に声を掛け睨みつける。父親は私の雰囲気に気圧されていた。


「な・・・何だい。」

「この年頃の子供にとって親とは唯一頼れる存在です。それから見放されたと思った時の絶望を考えたことはありますか?」

「い・・・いや。」

「大人から見ればここは安全かもしれません。ですが、子供にそんなことはわかりません。周りには見知らぬ人しかおらず、自分がどこにいるのかもわからない。見知らぬ人は恐怖でしかない。そして泣いても親は来てくれない。その時の気持ちを考えたことがありますか?無責任な親ほどたちが悪いです。責任を持てないのなら子供なんて作らないでください。」

「セレナーデ君。そこまでだ。」


 生徒会長が私の肩に手を置く。私は生徒会長を睨みつけたが、彼が悲しそうな表情を浮かべているのを見て、言い過ぎたことに気付く。父親に向き直り頭を下げる。


「申し訳ありません。言い過ぎました。」

「い・・・いや。」

「生徒会長。申し訳ありませんが、少し頭を冷やしてきます。席を外していいですか?」

「・・・ああ。外の空気を吸ってきたまえ。」


 私は生徒会長に頭を下げると、生徒会室をでた。少し歩いて開けた場所にでると、深呼吸をする。


(ノゾミさん・・・。)

(ごめんなさい。我ながら大人げなかったわ。替わるわ。)

(それはいいんですけど・・・。あの・・・大丈夫ですか。)

(・・・大丈夫よ。ただ・・・少し疲れたわ。)


 それだけ言うと、私はアネットと交替して中に戻った。アネットは心配そうに自分の身体を見つめている。私の事が気になるのだろう。

 昔の自分とあの子を重ねて見てしまった。もう自分は死んだ身だというのに。この身体は自分の身体ではないし、生きている世界も違う。未練はないはずだ。今はアネットを幸せにする事だけを考えなければ。

 私がそんなことを考えている横で、アネットは生徒会室に戻ろうと歩き出した。


「アネットさん。ちょっとよろしいかしら。」

「え・・・。」


 そんな時、アネットに声を掛けてきた人物がいた。アネットは声のした方向に振り返る。そこには予想外の人物がいた。


「クラーク、いえ花恋さん・・・。」



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