第46話 二匹のカラス

 クレドから教えられた道具屋「二匹のカラス」は、ダイガーツの街の人通りの少ない路地裏にひっそりと佇んでいた。看板も小さく、注意していないと見過ごしてしまいそうな分かりにくい場所だった。


「ふふん、こういう分かりにくい場所に、隠れた名店があったりするのよね」

リンティは得意げな顔でそう言って、店の扉を開けた。


店内に足を踏み入れると、そこは薄暗く、独特の空気が漂う空間だった。狭い空間には、棚や引き出しがぎっしりと並び、所狭しと様々な道具が置かれていた。


しかし、並べられている道具は、ミルが知っているような冒険者が使う剣や防具、薬草などとは違っていた。笛、砂時計、ルーペ、水晶玉、そして奇妙な形をした木片や石など、見慣れないものばかりだった。


「わあ……なんか、変なものがたくさんあるねぇ」

マムルが感心したように言った。


「これは……クレドさんが言っていた通り、霊的なものや特殊な現象に対処する道具が多そうね。私の扱う魔法とは、また違う系統の道具だわ」

リンティは興味深そうに店内を見回した。


並べられた道具の一つ一つからは、微かに魔力や、あるいはリンティには馴染みのない別の何かの力が宿っているのを感じ取れた。


店の奥から、一人のドワーフが現れた。

彼は、店の主人だろうか。顔には皺が多く、長い髭を編み込んでいる。その目は鋭く、リンティの姿を捉えると、どこか見透かすような視線を向けてきた。


「いらっしゃい。何かお探しかな?」

ドワーフは低い声で尋ねた。


「あの、クレドさんに紹介していただいて来ました。感知の護符と、依代人形はありますか?」

リンティがクレドの名前を出すと、ドワーフの表情が少し和らいだ。


「おお、クレドさんの紹介かい。感知の護符と依代人形だな。在庫はあるぜ」

ドワーフはそう言って、棚から小さな護符と、布製の人形を取り出した。


「感知の護符は5枚で銀貨1枚、依代人形は1個銀貨5枚だ」


値段を聞き、ミルは少し躊躇した。特に依代人形は一つ銀貨5枚と、かなり高価だった。しかし、クニャックに対処するための重要な道具であることは間違いなかった。


「感知の護符を5枚、依代人形を2個ください」


リンティが注文した。万が一の備えとして、依代人形は複数あった方が良いと考えたのだろう。


会計を済ませ、感知の護符と依代人形を受け取った。護符は薄い紙製で、複雑な模様が描かれていた。人形は、クレドが持っていたものと同じような、素朴な布製の人形だった。


「これは、クニャックが出た時に、きっと役に立つわね!」

リンティは満足そうに言った。


感知の護符と依代人形は手に入ったが、リンティにはもう一つ、気になることがあった。チタ高原で見た霧魚のことだった。


あれは一体何だったのか。あの現象に対処したり、あるいはその正体を解き明かしたりするための道具はないだろうか。


ついでに店主に尋ねてみた。

「あの、店主。お伺いしたいのですが、幻惑魔法や幻覚に対処できそうなアイテムはありますか?」


店主はリンティの言葉を聞いて、少し考えるような仕草をした。そして、棚から一つの道具を取り出した。


それは、手のひらサイズの、真鍮製のコンパスだった。しかし、そのコンパスは、北を指すだけでなく、針が様々な方向に揺れ動いているように見えた。


「幻惑魔法や、霊的なものによる幻覚に完全に干渉できる道具は、そうそうない。だが、これならどうだ」


店主はコンパスをリンティの前に差し出した。


「これは『方位魔針』という。魔力の流れを探知し、特別な針がその方向を示すんだ。普通のコンパスのように方角を示すのではなく、魔力の異常や、霊的な存在の発生源に針が反応することがある。ただし、魔力が複数の場所にあったり、反応が小さすぎたりする場合には、あまり役に立たないことを覚えておいてくれ。」


方位魔針。魔力を探知するコンパスだ。

チタ高原の霧魚は、何か魔力的な現象によって引き起こされていたのかもしれない。もし、この方位魔針を使えば、あの現象の正体を突き止められるかもしれない。


「それで、これは……いくらですか?」

恐る恐る値段を尋ねた。


「銀貨2枚だ」


銀貨2枚。それほど高くはなかった。チタ高原の霧魚は、幻覚や霊的な現象に関連しているようだった。この方位魔針は、今後の冒険において、きっと役に立つはずだ。


「これ、買います!」

迷わず方位魔針を購入した。


さらに、坑道での活動に必要な消耗品もいくつか買い足した。灯り苔や携帯食料などだった。


必要な道具を全て揃え、三人は「二匹のカラス」を出た。

クレドに教えてもらった感知の護符と依代人形、そして霧魚の謎に挑むための方位魔針――今日の買い物は、これからの冒険に、きっと役立つものばかりだった。


「よし、次はスベンさんの工房へ行きましょう! マムルが見つけてくれた銀朱色の魔鉱石を見せに行くわよ!」

リンティは張り切って言った。


「うん!」

「マムルも行くー!」


そのままの足で、三人はスベンの工房「大地の選鉱」へと向かった。


マムルが見つけてくれた銀朱色の魔鉱石は、どんな価値があるのだろうか。

スベンは、それを見て、どんな反応をするだろうか。期待に胸を膨らませながら、ミルはドワーフの街を歩いた。

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