第2章:消えた声、届かない明日

あの日のことを、何度思い返しただろう。


何度、言葉を差し替えて、何度、自分を責めたか。


でも、現実は変わらなかった。


 


放課後の教室。春の陽が斜めに差し込む午後。


真尋は、窓の外を見ながら、ぽつりと呟いた。



「……ねぇ、卒業したら、何かやりたいことある?」



俺はその問いに、すぐ返事ができなかった。


答えがなかったわけじゃない。けれど――



「んー、まぁ、ぼちぼち」

 


そう、曖昧に濁してしまった。



真尋は少しだけ、笑ったように見えた。でもその笑顔は、どこか疲れていた。



「そっか。……なんか、あたしだけが焦ってるみたいだね」



彼女の声に、少しだけ棘があった。


その言い方に少しイラッとした。



「別に、焦らなくてもよくね?」


 


気づけば、俺も少し強い口調になっていた。


雰囲気が、すっと冷えた。


真尋はそれ以上何も言わず、ただ「バイトあるから」と言って、席を立った。


その背中が、いつもより遠くに感じた。


 


その夜。


風呂あがりの俺は、ソファに寝転がりながら、ぼんやりとスマホをいじっていた。


 


画面が震えた。


着信表示。


――真尋。


 


一瞬、手が止まったが、すぐにスマホを裏返した。


どうせまた明日学校で会う。

喧嘩ってほどでもない。時間が解決する――そう思って、出なかった。


 


しばらくあと、どのくらいだったか。

救急車のサイレン。


い訳もわからず動悸がした。

まさかと。そんなわけはないよな、と。


スマホを手に取り、通知を確認し、再び着信履歴を見た。


着信元は、真尋の名前だった。


急いで掛け直したが、只今電話に出ることができませんのアナウンスが何度も繰り返されるだけだった。


眠れないまま迎えた翌朝。



俺の不安は現実になった。


踏切近くの横断歩道で、昨晩事故があった。


事故に遭ったのは、真尋だった。


そして、彼女が亡くなったと。学校から全校生徒への知らせがあった。


啜り泣く声がやけに大きく響いた。


 


あの電話は、真尋自身のスマホからだったのに。


俺が、出なかった。


……出ようとしなかった。


 


「明日でいい」と思って、

彼女の“最後の声”を、自分の手で断ち切ってしまった。


 


この胸の奥で燃え続ける痛みは、きっと、ずっと消えない。


 


もし、あの時、あの声を取っていたら。

もし、素直に「ごめん」と言えていたら。


――彼女は、まだここにいたのかもしれない。


 


だから俺は、この悲しみを、罰だと思っている。


俺が生きている限り、終わらない罰。

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