第57話「非才無能、取り戻す」

「謝罪。すべては、私のせいです」

「いや、マリィが悪いわけじゃないでしょ」



 ハーゲンティを倒した直後、俺は倒れた。

 それは、《刻界》の反動によるもの。

 時間すら超越する最強の斬撃の代償として、俺は一時的な仮死状態に陥った。

 仮死状態から復帰するにはそれ相応に体力を消費する。

 それこそ、丸一日眠り続ける程度には。



「確かにこうなった原因は魔剣にあるのかもしれないけどさ、あの技を使うって決めたのは確かに俺の意志だ。だから、別にマリィが悪いなんて思う必要はない」

「否定。ですが、それでも私が」

「じゃあ、こうしよう。責任は、俺とお前で半々だ」

「は……」



 マリィがぽかん、と口を開けた。



「俺が決断した。それで君も俺に手を貸した。だから、共犯だよ」

「卑怯。ズルいと思いますよ、モミト様は」



 マリィが困ったような笑みを浮かべる。

 泣いたような、笑ったような表情に



「あのーここ、治療室なんだけど」



 困ったような笑みを浮かべるメルフィーナによって、霧散した。



「ごめんね、邪魔をするつもりはなかったんだけどさ。なんていうか、ここでおっぱじめられても困るから」

「な、何もしませんよ!」



 別に恋人というわけでもないのだ。

 そこまで破廉恥な真似をするはずもなかった。

 いや待て。

 本当にそうだろうか?

 マリィの方を見ると顔を真っ赤にしてうつむき、プルプル震えている。

 

 羞恥心と同時に、いけない感情も湧き上がってきそうで、俺は目をそらした。




「それで、意識ははっきりしてるかな?自分の名前や年齢はわかるかい?」

「モミト・イクスキューション、十五だ」



 俺は名前と年齢を答えた。



「なるほど。では、どのくらい記憶は残ってる?」

「ええと確か、ハーゲンティを倒したところまでだな」

「おっけー、じゃあ全部覚えてるんだろうね。何よりだよ。君に何かあったら、私も、他のメンバーも悲しむだろうからね」

「そうだな。ていうか、俺ってどのくらい寝てたんだ?」

「丸一日だよ。マリィちゃんが特にずっと心配だたらしくてね、君の傍を離れようとしなくて大変もがもが」

「……抗議」



 マリィがメルフィーナの口を両手でふさぐ。

 耳まで顔全体が真っ赤になっているのが、何とも愛らしい。


「ありがとう、マリィ」

「当然。私は、貴方の剣で、相棒ですから」




 マリィはメルフィーナの口を押さえたまま、恥ずかしそうにそっぽを向く。

 そんな姿がなんだかかわいくて、思わず笑ってしまった。



「詰問。モミト様、何がおかしいんですか?」



 顔の赤みがまだ残ったマリィが、ジト目でこちらをにらんでくる。

 話題を変えよう。



「と、ともかくだ。これでハーゲンティは倒せたってことでいいんだよな?実は生きていたなんてことは」

「ないよ、【医師】である私が死亡を確認して《診断書》も使った。もう蘇生の可能性すらない」

「そうか……」



 俺は、ほっと胸をなでおろした。

 あの悍ましい狂人を倒した。

 仲間も誰一人欠けなかった。

 けれど、それだけではだめだ。

 訊くべきことをきちんと訊かねば。

 あの魔人を斬った責任が、俺にはあるのだから。



「メルフィーナさん」

「なにかな?」

「……『黄金病』はどうなった?」



 ハーゲンティは自分が『黄金病』の原因であると語っていた。

 それは間違いないのだろう。

 けれど、やつを倒したからと言って『黄金病』が治るとは限らない。

 最悪、直すための手がかりが永遠に失われてしまった可能性も、あった。

 恐る恐るメルフィーナの方を見ると。




「戻っているらしいよ。各地で、そういう報告が相次いでいる。黄金病は根絶された、と」



 口からようやくマリィの手を引っぺがしたメルフィーナが微笑を浮かべて、答えた。



「放せ、行かなきゃいけないところがある」

「同伴。では、私が一緒に行きましょう」

「んえ?」

「相棒。以前、モミト様はおっしゃいました。私は、相棒なんだと」



 そう言いながら、マリィは俺の腕を自分の首に回す。

 所謂肩を貸す格好になった。

 彼女の金糸みたいな髪がこそばゆくて。



「懇願。だから、一緒に行かせてください。そうでないと、私が嫌なんです」



 こちらをまっすぐに見つめる青い瞳が、何より頼もしい。



「ああ、頼んだ。運んでくれ」

「承知」



 俺が、目的地に着いたのはそれから十分後のことだった。



 ◇



 ずっと、会いたいと思っていた。

 それだけのために、すべてはあった。

 だから。



「入るよ」



 そういって、俺は部屋の扉を開けた。



「あー―」



 薄緑の髪と、翡翠色の瞳。

 細い手足も、天使のような顔立ちも。

 すべてが、あの時と同じもので。



「あ……」



 そうだ、気づいてしまった。

 俺は、あの時の俺じゃない。

 妹が、ハーゲンティによって黄金病になってからすでに五年が経過している。

 その間、俺は背も伸びた。

 声変わりもした。

 この子にとって、俺は全く知らない赤の他人である。

 場合によっては、不審者だと思われても致し方がない。

 というか、妹の視点だとそうとしか見えない。



「すまない、部屋を間違えて――」

「お兄ちゃん」



 その言葉を、声を、聞いた瞬間、俺は時が止まったかのように錯覚した。

 もちろんそんなことはない。

 マリィは人間体だから、当然刻界だって使えない。

 だから、ただの錯覚で、それだけ、衝撃的だったのだろう。



「どうして……?」



 見た目も、声も、何もかも、違うのに。

 変わってしまったはずなのに。



「わかるよ、だって、たった一人の家族だもの」



 少しだけ舌ったらずな口調も、何もかもが記憶と同じで。

 気づけば、マリィの肩から腕を放して、ルーチェの側にひざまずいていた。


「目が覚めた時、ここはどこなんだろうって思って、部屋を出ようかなと思ったの。でも、この部屋はね、なんだかすごーく落ち着いたの」

「うん」

「ルーチェをここに運んだ誰かさんは、きっと悪い人じゃない。ルーチェのことを大事にしてくれる人だって。それで、ドアを開けて入ってきた人の顔を見たらね、わかったの。ああ、お兄ちゃんがルーチェを助けてくれたんだって」

「ルーチェ……」



 泣きそうになった顔を見られたくなくて、何より彼女が愛おしくて。

 妹を、抱きしめた。



「お兄ちゃん、あのね」

「なんだい?」

「お帰りなさい」



 ルーチェが目覚めた時どんな言葉をかけるか、幾度となく考えてきた。

 けれど、そんなシミュレーションは何の役にも立たなくて。



「ただ、いま」



 それが、限界だった。

 ルーチェを抱きしめて、子供のように、声を上げて泣きじゃくった。



「お兄ちゃん……」



 どれくらい泣いたかも、どれほどの醜態だったかも覚えていなくて。

 ただ、抱きしめた妹が、抱きしめ返してくれたことと。



「モミト様……」



 それとは別の手が、背中をさすってくれたことだけを、知覚して。

 いつまでも、俺は泣き続けた。

 いつまでも、いつまでも、泣き続けた。



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