第42話「非才無能、装備を買う」
俺とマリィは装備を買いに来ていた。
三十階層は真の魔境である。
Aランク相当のモンスターはごろごろいるし、エリアボスはSランクのモンスターがいる。
三十階層とは、それほどまでに恐るべき存在なのだ。
「装備。いったい、どんな装備を買うんですか?」
「これでもドロップアイテムで小金は集めたからさ、多少高くなってもいいんだよな」
「節制。無駄遣いはいけませんよ」
「わかってるって」
「んで、何でオレまで一緒なんダ?」
リップが、髑髏マスクの内側でため息をついた。
そう、今日はマリィだけではなく、リップも一緒だった。
彼に無理を言って、着いてきてもらった形である。
「実は、防具を買おうと思ってて」
「ほうほう、それデ?」
「防具に詳しい奴、うちにいないんだよ」
《裁断の剣》は防具をまともに装備していない者が多い。
スピードを重視するナナミやヒュンリは重くならないよう、防具を最小限にしている。
【射手】のシャーレイも、後衛である以上、防御力はさほどない。
そして、それに輪をかけて酷いのが俺だ。
俺は、防具の一切を装備していない。
理由は、いたってシンプルで、【非才無能】で《筋力強化》や《防具軽量化》などのスキルを習得できない俺にとっては、負担が大きすぎるからだ。
防御力と引き換えに、体力を削られてしまっては本末転倒ではないか。
「けど、正直今なら違うかもしれない」
もともと、オリハルコンゴーレムを討伐した際に、十分な資金は得ていた。
ただ、俺には防具について意見を聞ける人間がいなかった。
そして、知識のない状態で装備を購入するのは非常に危険だ。
ぼったくられるなら、まだいい。
問題は、粗悪な商品を売りつけられた場合だ。
最悪、命にかかわる。
ガードナーとは連絡を取っていないし、今のパーティメンバーは先述の通り。
消去法で、リップに相談に乗ってもらうほかないのだ。
「言いたいことはわかるけどサ、オレだってフルプレートアーマー以外は詳しくないゾ。お前の場合軽戦士タイプだから皮鎧とかじゃないか?」
「確かにそうかも……」
リップの身に着けているフルプレートアーマー、つまり金属の鎧は防御力が高い代わりに、重く、動きが阻害されるために機動力は低くなる。
一方、革鎧は動きを阻害することはないが、防御力には欠けることが多い。
「ま、とりあえず防具は本当に安全のために必要なことだからナ。ちゃんとお前自身が考えることだゼ」
「わかってるよ」
「補佐。私も一緒に考えます。頑張りましょう、モミト様」
「ありがとう、マリィ」
やっぱり彼女がいるだけで和むな。
なんというか、気が楽になるというか、力が抜ける。
「まあ、オレも目利きくらいは付き合うからサ」
「ありがとう」
俺とリップ、マリィは防具屋に入った。
「ここ、どういうお店なの?」
「ああ、こいつはオレの行きつけでナ、会員制の店なんだヨ。A級冒険者以外お断りの、ナ」
「そんな店あるのか……」
ちなみに、俺も《裁断の剣》として活動する中で、Aランクにはすでになっているので資格は十二分にある。
もっとも、資格があったところで利用方法はわからないのだが。
「予算はどれくらいあル?」
「冒険者の装備だからナ。全財産の二割から半分くらいが適正と言われてるゾ」
「じゃあ、このくらいですかね」
俺は神に五千万ゴルドと書いて、店員に見せる。
店員は目を見開いたのち、「かしこまりました」と頭を下げた。
「結構、お前あれなんだナ」
「なんだよ?」
「いや、思ったよりも金持っててビビっただけダ」
「ああそういうことか」
たまたまSランクモンスターを殺す機会があっただけ。
要するに、浮いた金だ。
そう思っていたから、これまで一度も使ってこなかった。けれど、この三十階層においては使う価値が大いにある。
ここさえ突破してしまえば、深層に潜れる。
そして、深層には俺の求める『万能霊薬』がある。
あれさえ手に入れば、俺は――。
「傾聴。モミト様、聞こえていますか?」
「うごごごご」
耳に走る痛みで、思考の渦から抜け出した。
右を見ると、右耳を引っ張ったマリィが心配そうな顔をしてこちらを見ている。
なぜだろう。
大別すればこれも一応暴力に当たるはずなのに、ライラックの時と違って恐怖も嫌悪感もないのはなぜだろうか。
むしろ、嬉しいような気がしてしまう。
これが、いわゆるドМという奴なのか?
「お前ら、こんなところで何をイチャイチャしてるんだヨ」
「イチャイチャはしてないよ?」
何を言ってるのか。
「否定。そのようなことは、決して……」
マリィは顔を真っ赤にして否定している。
あらかわいい。
ちょっと胸が痛んだような気がするけど、気にしないでおこう。
「招待。店員さんがお呼びですよ」
「あ、そうか」
待機している店員に向かって、歩きだした。
さて、どんな防具が手に入るだろうか。
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