第6話「非才無能、勝利する」

「G、O」



 びしりと、ゴーレムの頭部に罅が入っていく。

 それは外傷ではなく、魔術的な現象。

 動力たるコアを失い、エネルギーを得られなくなったゴーレムが崩壊していくというだけの現象。

 崩壊は、全身に広がっていき。



「GO…………」



 ゴーレムは、完全に砕け散った。

 後にはただ、金属の破片が飛び散っているだけで。

 街を襲い、住民を恐怖に陥れた魔物の、あまりにもあっけない最期だった。

 



「終わった、のか……」



 俺の口から、ぽつりとつぶやきが漏れる。



『否定。それは違います、ご主人様』

「え、まだ生きてるのか?」



 コアを破壊したと思ったのだが、仕損じただろうか?



『訂正。正確に言えば、終わった、より、勝ったという方が正しいでしょう。あるいは、倒したでも構いません』

「……え」



 アンドロマリウスに言われて、俺は気づいた。

 そうだ、今まで俺はモンスターを倒したことも、何かに勝利したこともなかった。

 そんなことを為すには力が足りなくて。

 ライラックたちが倒すのを見ていることしかできなくて。

 だから、モンスターが倒れても「終わった」としか思えなくて。

 けれど、今日は。

 いいや、ここからは違うのだ。



「あははははは!やったな兄ちゃん!まさか誰も倒せなかったゴーレムを一人で倒しちまうなんて!」



 駆け寄ってきた盗賊の女性が俺の頭を掴んでわしわしをかき混ぜてくる。

 嫌いではないが、小さい子にされているみたいでちょっと恥ずかしい。



「いや一人で倒したわけじゃ……」



 索敵をしてくれた斥候職に、足止めしてくれた魔術師。

 何より、俺は手元の魔剣を見つめる。

 彼女がいなくては、絶対に勝てなかったし、何もできなかっただろう。



「だとしてもMVPは間違いなく君でしょうが!称賛は遠慮なく受け取っておきなさいよ」

「……ああ」



 まったく思っても見なかったのだが。

 言われてみればそうなのか。

 だって、これまでありえなかったから。

 足手まといの無能だったから。

 なのに、こんな俺を、称えてくれるのか。

 みんなが、俺を……。

 あれ、何か囲まれてないか?

 いつのまにやら、盗賊の女性以外にも、俺の周りには何人もの冒険者でごった返していた。

 八百屋の特売でもここまでの人口密度じゃないぞ。



「すごいな、アンタ、あの化け物をあんなにあっさり……」

「冒険者だろ?ランクは何だ?フリーならうちに入らないか?」

「スキル構成とかはどうなってるんだ?よかったら話を聞かせてくれないか?」

「二つ名はあるのか?ないなら俺が考えていいか?」

「え、ああいや、その」



 何だこれは、なんなのだこれは。

 俺の人生で、未だかつてない経験だ。

 誰かに評価され、人の輪の中心に入るということなど。

 十五年生きてきて、ただの一度もなかった。



「あれ、なんだか大事なことを忘れているような……」



 とても重要なことだった気がするんだけど。



「Sランクモンスターを倒したなんて、すげえじゃんか!」

「ありがとう、本当にありがとうございます」

「お前は街の恩人だ!」


 ゾッとした。

 Sランクモンスター。

 それは魔物としての頂点。

 街を一つどころか国一つ滅ぼしうる、災厄。

 ああ、そうか。



「俺はこの街を守れたんだな。君のおかげだ」

『…………』



 自分の存在と引き換えに。

 魔剣は、何も言わなかった。



 ◇



『提言。ご主人様、約束を覚えていらっしゃいますね?』

「ああ……」



 そうだった。

 戦っている瞬間は、ゴーレムのことしか考えられなくて。

 終わってからも、鮮烈な時間だったから忘れかけていたのだが。

 俺は、魔剣と契約した。

 力を手に入れる代償は……人間を捨てること。



「まあ、仕方ないかな」



 あっさりと、割り切ることが出来た。

 もしかしたら討伐されてしまうかもしれないが、仕方がない。

 幸い、まだ周辺には大勢の冒険者がいる。 

 俺一人が暴れても、どうとでもしてくれるだろう。



「いいよ、代償を払う」

『承知。――どうか、良き終末を』

「ははっ」


 

 人間でなくなる、というのがどういうことなのかはわからない。

 けれどきっと、俺が十五年かけて積み上げてきた自我は失われ、畜生に成り下がるのだろう。

 アンドロマリウスの態度で、それがわかってしまう。

 けれど、それでいい。

 最後に一度だけ、何かを為すことが出来たから。

 


「一番、守りたいものも守れたからな」



 俺は、視線を上げて、冒険者ギルドの近くにある宿屋を見る。

 あそこが無傷でよかった。

 きっと、あの中にいるも無事だろう。



「ルー」



 最後に、一番大事な、家族のことを思い浮かべて。

 その名前を、呼ぼうとして。

 魔剣アンドロマリウスが黒く光り輝く。

 そのまま、代償として俺の体は――。



「あれ?」

『あれ?』



 光が収まると、そこには。



「何も、起こらない?」



 光があふれる前と何も変わらない俺がいた。



◇◇◇



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