第17話 完璧な場所の違和感
「シャチョー。また、自分の世界に入っちゃってますよー」
サラさんにそう言われて、現在に意識が戻る。
現在の異世界に戻る。
そこは、<慈愛の里>の談話スペース。
「あ……大変申し訳ありません!」
こちらから取材に来ておいて、ボーっとするなんて失礼にも程がある。
私は全力でジーン・カルマとノアさんに謝罪をする。
長々と悩む癖はあるが、仕事中にその悪癖を出すのは良くない。
そもそもの仕事内容が最低なのに、勤務態度まで悪くなっては目も当てられないではないか。
「大丈夫ですよ。マジマさんも記者と小説家の二足の草鞋で大変なのでしょう」
「……? あ。はい。お気遣い恐れ入ります」
この時、私が疑問に思ったのは小説家の件ではない。その哀れな嘘を聞いたノアさんがいるのだ。知られていて、むしろ当然と言える。
じゃあ、何に引っかかったのかといえば「二足の草鞋」という日本のことわざが彼女の口から出てきたことだ。
ここは異世界。日本の文化はもちろん存在しない。
だったら何故、この老婦人はそのことわざを知っている?
もしかして……私と同類?
私が、この異世界に無かったゴシップ雑誌を前世の記憶を頼りに作ったように。この人も「前の世界」の知識を利用して、このような立派な施設を立てた。
まさかとは思うが、あり得ないことではないだらう。
確認したいが、サラさんやノアさんがいる中でする話でも無いだろう。
2人だけになることがあれば聞いてみるか。
とりあえずはインタビューだ。
「それでは、取材の方を始めさせて頂きます」
\
ジーン・カルマからは、下調べしてきたこと以外は情報を得られなかった。まぁ、本人と直接話せたという事実を作れただけでも収穫か。
それと比べてと言ったらなんだが、ノアさんの存在はありがたかった。
実際に現場で働いていて大変なことや、やりがいの話はそのまま記事にできそうなくらいに完璧だった。
「私、子供達がお腹いっぱい食べれないのって理不尽だと思うんです。子供のウチから贅沢を覚えたらロクな大人にならないって言う人もいるけど、飢餓状態まで食べられなくなるレベルまで行くと、そうも言っていられないでしょう?」
真剣な目で語るノアさん。
「だから、施設の子達の食事を作るのは楽しいですよ。誘って頂いたカルマ様に感謝しています」
模範的な回答。
だけど、ジーン・カルマを様づけで呼ぶ度に頭が痒くなる。
まぁ、もちろん目上の人に当たるから敬意を向けるのは当然なのだが、この呼び方は私に嫌なことを思い出させる。
「それでは、施設内をご案内しますね」
ジーン・カルマが言う。
正直言うと、こっちがメインイベントだ。
普通なら入れない施設の内観ってだけで需要がある。さらに、ここが不祥事を起こしたらその価値はさらに跳ね上がる。
マスゴミとしては撮っておいて損は1つも無い。
「よろしくお願いします!」
\
内装は、フロントと同じくらい清潔に保たれていた。ボランティアさんや、ここで暮らしている子共達がどれだけ小さくともゴミを見かけたら拾うようにしているらしい。
素晴らしい。
素晴らしいが、やりすぎな気もする。
「「「おはようございます!」」」
子供達とすれ違う度に、礼儀正しく頭を下げられる。
10歳を超えていそうな子から、4歳くらいの本当の意味で幼い子も、同様に頭を下げる。
油断すると、私自身が偉くなった気になってきそうだ。気をつけなくては。
私なんかに頭を下げなくて良いんだよ。君達の居場所をネタにして金儲けしようとしてるクズなんだから。
子供達は勉強していたり、身体を鍛えたりと自分を高めていた。
未来のために活動している彼らが眩しい。
だからなのか、落ち着かない。
「……ッ」
ふと、横に目をやると、サラさんも居心地が悪い様子だった。
意外だ。この人は根が陽キャだから、こういう雰囲気に飲まれないと思っていたのに。
「サラさん。大丈夫? 少し休憩挟んでもらう?」
一応は上司である私は、そう小声で話しかける。
情けない話だが、サラさんに倒れたら我が週間談話は休刊せざるを得なくなる。
たった1人の人員不足で、そこまでの影響が出てしまう組織体制はシャチョーとして恥ずかしい限りだ。
「あ。いや、私は大丈夫なんですが、子供達が……」
「? 子供達は元気じゃないですか。凄く活動的で……」
「そうなんですけど、全員咳をしているんです」
言われてみて、初めて気がついた。
意識してみると、咳の多さが異常だ。
そりゃ、人間なんだから咳くらいする。
でも、この施設の子供達は漏れなく全員が咳をしている。
ゴホッ、ゴホッ。
ヴゥゥん!
ガッッハ!
200名の子供達が咳をしている。
「……」
うん。
これまた意外。
私にも、まだ恐怖って感情が残ってだんだな。
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