第3話 死を占う者

Ⅰ|“死期”を見抜く男

その男は、最初から当たっていたわけではない。

占いの精度など、当たるも八卦、当たらぬも日常茶飯だった。


だが、ある時から急に変わった。

「死の日時だけ」が、恐ろしいほど正確に見えるようになった。


初めは小さな奇跡だったかもしれない。

次第にそれは呪いとなり、ついには取引へと変わった。


「奴の死期を占ってくれ」

「事故で死ぬか、自殺か、教えてくれ」


そうして男の元には、金と血と裏社会の匂いが運び込まれるようになる。


「正確な死期」がわかるということは、「それまでに殺せばよい」という意味に等しい。

彼は自らの予言を殺人の指針として差し出すようになった。


報酬は跳ね上がり、男は裕福になった。

男は丘の上の白亜の館を買った。

女の召使いを二人、男の執事を一人雇い、寝台には血のような赤い天蓋をつけ、ナイフのような細いシャンデリアの下で眠るそれこそ夢のような日々。


男は裕福になっても占いはやめなかった。

時折来る客の中に、自分の「死」が映るのではないかと怯えながら――。


Ⅱ|ある奇妙な依頼

ある晩、女がやってきた。


黒衣に身を包み、顔の半分をベールで隠していた。

「わたしの知人について占ってほしい」と女は言った。


「名前はわかりません。顔も存じません。ただ……その者の職業は、占い師です」


男は微かに笑った。

「俺と同じ職業だがなに科騙されでもしたのかね?」

「どこにでもいるものだ。自分の占いを試すような輩は」

「その者の死期を、知りたいのです」と女は言った。

男は冷たく頷き占いの儀式を始めた。


カードを切り、香を焚き、水晶を覗き込む。

そして、――見えた。


“死”が、そこにあった。


1日後。深夜2時。

占い師は、館の中で、喉を掻き切られて死ぬ。

男は水晶を見たまま、身を固めた。

視界の中で、自分の寝室が映っていた。


鏡の向こうに、血を流す自分の姿があった。

それは占いではない。

予告だった。


「……これは、君が占わせた相手は……この私だな?」

男が震える声で問うと、女は静かにベールを外した。

見慣れた顔だった。

召使の一人――いや、元は客の一人だった女。

死の運命を変えたいと泣きついてきて、彼が見料代わりに囲った女。


「ええ、あなたです。……でも安心して。今はまだ、あなたの“未来”ですから」


女は微笑んだ。

そして帰って行った。

男は、部屋の扉に鍵をかけ、使用人たちを解雇し、占い道具を全て火にくべた。

時間が迫る。


Ⅲ|深夜二時

夜が来た。

時計の針が――

2:00を指した。

が、何も起きなかった。

男は声をあげて笑った。

「外れた……ついに外れた!この力は終わったんだ!これは自由だ!」


だが次の瞬間、笑い声が館に響いた。

違う場所から。地下から。


男は駆け下りた。

そこには水晶玉がひとつ。占い机がぽつりと置かれていた。

誰もいない。だが――

机の上には、一枚のカードが伏せてあった。

男は震えながら、それを裏返した。


『DEATH(死)』


次の瞬間、背後で何かが動いた。

刃のような冷たい風。

喉に走る熱い線。

男はその場に崩れ白亜の床に血を広がる。


そして――その“姿”が、ゆっくりと影になり、床に吸い込まれていった。


🔚結び

翌朝、館は無人だった。

ただひとつ寝室の壁に赤い文字でこう書かれていた。


「当たるも八卦、当たりすぎれば、呪い」


今でも時折、この都市には「死を占う女」が現れるという。

ただし、彼女が占うのは他人の死ではない。

占い師自身の死期だという。


それを占わせた者が、次にどうなるか――

それを知る者はいない。

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《変人奇人物語》 ポチョムキン卿 @shizukichi

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