星の王子さまが帰ってきた日
ポチョムキン卿
返却期限を過ぎた本
図書館で働く僕のもとに、50年前に借りられた本が返却された。差出人は「田中花子」さん。
本の間から手紙が出てきた。
「この本、中学生の時に借りました。でも翌日、家族で急に引っ越すことになって...ずっと罪悪感を感じていました。遅延料金も一緒に送ります」
驚いたのは金額。当時の延滞料金を現在の物価で計算し直し、さらに利息まで付けて30万円が同封されていた。
でも僕たちが本当に驚いたのは別のことだった。
その本「星の王子さま」のページに、50年前の少女の書き込みがあった。
「大人になったら、大切なものを見失わない人になりたい」
手紙の最後にはこう書かれていた。
「孫娘が図書館で働くことになりました。私のような人がいても、優しく迎えてくれる司書さんになってほしいです」
僕たちは延滞料金をすべて返送し、代わりに手紙を書いた。
「あなたの正直さこそが、図書館の一番大切な本です」
50年越しの約束を守った女性と、その孫娘が明日面接に来る。
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―― Threadsこの投稿が話題になっっていた。
投稿したのは satoshi.everydayexplorer さん。
https://www.threads.com/@satoshi.everydayexplorer
Threads での創作活動をなさっておられて、他にもたくさん素敵なお話を投稿されていますので、ぜひ satoshi.everydayexplorer さんの Threads をご覧になって下さい。
そして僕がこの投稿に即発された『スピンオフ作品』を書きました。
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【スピンオフ作品:返却期限を過ぎた本】
最初に返却された「星の王子さま」を手に取ったのは、僕だった。
あまりにきれいな状態に、最初は新刊と間違えたくらいだ。けれど、奥付を見て驚いた。昭和49年の発行で、当図書館の古い蔵書印があった。
つまり、これは返されるべきだった本なのだ。
職員控室に戻って、僕はその本と同封された封筒を机に置いた。
お茶を飲んでいた主任の佐伯さんが、湯呑を持ったまま動きを止めた。
「……これは、ちょっとした物語になるわね」
本のあいだから出てきた手紙を、佐伯さんは読み、読み直し、何度も首を縦に振った。
「30万円だって……?」
「でも、公立の図書館ですから。延滞金は取りません。規則ですし、それに——」
「受け取れるわけがないよね。でもこの人……すごいな。罪悪感をずっと、50年も」
僕は手紙を読んでいる間、胸の奥にじんわりと熱いものが広がっていた。
そしてなにより驚いたのは、最後の一行だった。
「孫娘がこちらの図書館の臨時職員に応募したそうです——」
「この子が、うちの臨時職員の採用面接に来るってこと?
「書類ある?」
「ありました。田中ミユさんです」。
「大学の図書館情報課程に在籍中」
「司書ボランティア経験もあり」なんですね。
「臨時職員の面接日は……明日ですよね」
それを聞いた佐伯さんの目尻が、ふっと緩んだ。
「明日が楽しみね」
「50年越しに“貸出記録”がつながるんだもの」
「うふふ、ちょっと、奇跡みたい」
* * *
その夜、僕は閉館作業を終えてから、もう一度「星の王子さま」を開いた。
ページの隅に小さく、震えるような文字で書かれていた少女の言葉。
「大人になったら、大切なものを見失わない人になりたい」
この本は、ずっと返されるのを待っていたのかもしれない。
そして、図書館という場所もまた、誰かが戻ってくるのを、静かに待ち続ける場所なのかもしれない。
* * *
翌日。
午後。
面接の順番が近づくにつれて、控室は少しずつざわつき始めていった。
僕も佐伯さんも、内心では「その時」を待っていた。
名前が呼ばれ、軽やかなノックの音がドアを打った。
すっと開いた扉の向こうから、若い女性が一歩ずつ丁寧に入ってきた。
白いブラウスにベージュのスカート。
手にしたファイルの端から、小さなしおりが覗いていた。
「こんにちは。本日はよろしくお願いいたします」
彼女の瞳には、どこか懐かしさを覚える落ち着きと、やわらかな意思の光が宿っていた。
「では、お名前をお聞かせいただけますか?」
一瞬の静寂ののち、彼女は少しだけ背筋を伸ばして、まっすぐに言った。
「田中ミユと申します」
その名を聞いた瞬間、僕の胸にあの手紙と、あの書き込みが甦る。
50年前に夢を残した少女と、
いま、その夢を受け継ぎに来た孫娘。
「ようこそ。お待ちしていました」
僕たちは、心からそう思った。
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星の王子さまが帰ってきた日 ポチョムキン卿 @shizukichi
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