第5話 深まる絆と、初めての任務
国王から偵察及び特殊工作の任を受けて数日後、カイトはリリアとの共同訓練に明け暮れていた。
リリアの剣技は相変わらず鋭く、カイトは防戦一方になることが多かった。しかし、彼女の容赦ない攻撃は、カイトの【付着】スキルの応用力を飛躍的に高めるのに役立った。
「カイト、足元がおろそかだ! そこに木の根があるだろう、利用しろ!」
リリアの叱咤が飛ぶ。カイトは咄嗟に、リリアが踏み込もうとした先の木の根に、近くの濡れた苔を【付着】させた。
「なっ!?」
リリアは僅かに体勢を崩すが、すぐに立て直して反撃してくる。
「甘い! もっと効果的に! 苔だけでは滑りが足りん!」
訓練が終わると、二人は並んで木陰に座り、汗を拭った。
「…お前のスキル、確かに厄介だな」
リリアが、少しだけ息を切らしながら言った。以前のような嘲りの色はない。
「リリアのおかげだよ。一人じゃ、ここまでスキルの使い方を考えられなかった」
カイトは素直に感謝を伝えた。
「別に、お前のためじゃない。私も、自分の剣技の穴を見つけるのに役立っているだけだ」
リリアはそっぽを向きながら言ったが、その耳は少しだけ赤くなっているように見えた。
カイトは、そんなリリアの不器用な優しさが、少しずつ心地よくなっていた。
「なあ、リリアはどうして騎士を目指してるんだ?」
ふと、カイトは疑問を口にした。
リリアは少し驚いたようにカイトを見た後、遠くの空を見つめた。
「…私の家は、代々騎士を輩出してきた家系だ。だが、女であるというだけで、まともに剣を教えてもらえなかった。兄たちばかりが期待され…私は、それが悔しかった」
ぽつり、ぽつりと語られる彼女の過去。
「だから、自分の力で騎士になって、男たちを見返してやりたい。そして、この国を…大切な人たちを守れるようになりたい」
その瞳には、強い意志と、どこか寂しげな光が宿っていた。
カイトは黙って聞いていた。自分も、ゴミスキルと馬鹿にされてきた悔しさがある。リリアの気持ちが、少しだけ分かる気がした。
「リリアなら、きっと立派な騎士になれるよ」
カイトがそう言うと、リリアは少し照れたように顔を伏せた。
「…お前に言われても、あまり説得力がないな」
憎まれ口を叩きながらも、その声はどこか嬉しそうだった。
そんな日々が続いていたある日、カイトに初めての正式な任務が下った。
「カイト殿、王都の西にある森で、最近不審な魔物の目撃情報が相次いでいる。君には、その魔物の正体と、可能であればその巣の場所を突き止めてきてもらいたい」
騎士団長から直接、そう告げられた。
「分かりました。全力で取り組みます」
カイトは緊張しながらも、力強く答えた。
「一人で行くのか?」
任務の説明が終わった後、リリアがカイトに声をかけた。心配そうな表情だ。
「ああ、偵察任務だからな。大勢で行くわけにもいかないだろうし」
「だが、森の中だぞ。もし危険な魔物だったらどうするんだ」
「大丈夫だよ。俺のスキルは、直接戦うより、逃げたり隠れたりする方が得意だから」
カイトは笑顔で言ったが、リリアの不安は拭えないようだった。
「…私も行く」
リリアが、きっぱりと言った。
「え? でも、リリアは騎士見習いだろ? 命令もないのに…」
「これは私の自主的な訓練だ。森での索敵や追跡の訓練は、騎士にとっても重要だからな。それに…お前一人では、何をしでかすか分からんからな。監視役だ」
早口でまくし立てるリリア。その言葉とは裏腹に、カイトを心配する気持ちが透けて見えた。
カイトは、少し困ったように笑った。
「…ありがとう、リリア。助かるよ」
翌日、カイトとリリアは二人で西の森へと向かった。
リリアはいつもの訓練服に剣を帯び、カイトは動きやすい服装に、腰には短剣と、そして様々な小物を入れた袋を提げている。小石、布切れ、乾燥した苔、粘土など、彼が【付着】スキルで使うための「弾」だ。
森は深く、昼なお暗い場所もあった。
「慎重に進もう。どんな魔物がいるか分からない」
リリアが周囲を警戒しながら、低い声で言う。
カイトも頷き、五感を研ぎ澄ませる。
【付着】スキルは、レベルアップによって「簡易操作」が可能になった。彼はこれを応用し、木の葉や小枝にスキルを使い、それらを僅かに動かすことで、周囲の音や気配を探る練習もしていた。
「…あっちの方から、獣の匂いがする。それも、複数だ」
カイトが、鼻をひくつかせて言った。これは【付着】スキルとは関係ない、カイト自身の感覚だが、訓練で五感が鋭敏になっていた。
二人が慎重に匂いの元へと近づくと、茂みの向こうに数匹の大型の狼のような魔物――「フォレストウルフ」の姿が見えた。鋭い牙と爪を持ち、明らかに凶暴そうだ。
「あれが、噂の魔物か…」
リリアが息を呑む。
フォレストウルフたちは、何かを囲んで唸り声を上げている。よく見ると、それは小さな子供のようだった。おそらく、近くの村の子だろう。
「助けないと!」
リリアが剣の柄に手をかけ、飛び出そうとする。
「待って、リリア!」
カイトが慌てて彼女を制止した。
「どうして止めるんだ! あの子が危ない!」
「分かってる! でも、真正面から突っ込んだら、俺たちは囲まれてしまう。フォレストウルフは群れで狩りをするんだ!」
カイトの言葉に、リリアはハッとした。確かに、数では圧倒的に不利だ。
「どうするんだ…?」
リリアが焦燥感を滲ませる。
カイトは周囲を素早く見回し、策を練った。
「リリアは、あの子を助け出す準備をして。俺が狼たちの注意を引きつける」
「なっ…お前一人でか!? 無茶だ!」
「大丈夫。俺のスキルなら、時間を稼げる。その間に、リリアがあの子を!」
カイトの真剣な眼差しに、リリアは一瞬ためらったが、頷いた。
「…分かった。だが、絶対に無茶はするなよ!」
「ああ!」
カイトは大きく息を吸い込むと、茂みから飛び出した。
「おい、こっちだ! この薄汚い狼どもめ!」
大声で挑発する。
フォレストウルフたちは一斉にカイトの方を向き、敵意を剥き出しにして唸り声を上げた。
数匹が、カイトに向かって駆け出してくる。
カイトは冷静だった。
まず、一番手前の狼の目に、近くに落ちていた泥を【付着】。
「グォン!?」
視界を奪われた狼は混乱し、他の狼とぶつかりそうになる。
その隙に、別の狼の足元に、木の枝を【付着】させ、バランスを崩させる。
次々と繰り出されるトリッキーな妨害。狼たちは直接的なダメージは受けていないものの、思うようにカイトに近づけない。
「今だ、リリア!」
カイトが叫ぶ。
リリアは茂みから飛び出し、子供が囲まれている場所へと疾走する。
残っていた数匹の狼がリリアに気づいて襲いかかろうとするが、カイトがそれらの狼の鼻先に、刺激臭のある植物の葉を【付着】させ、注意を逸らした。
「クシュン! グルル…」
狼たちはくしゃみをしたり、鼻を気にしたりして動きが鈍る。
リリアはその隙に子供を抱きかかえ、安全な場所へと後退する。
「よし!」
カイトは、狼たちの足止めに成功したことを確認すると、自身も後退を始めた。
しかし、一匹の特に大きなフォレストウルフが、カイトの妨害を巧みにかわし、猛スピードで迫ってきた。
「まずい!」
避けきれない!
その瞬間、横から銀色の閃光が走った。
「させん!」
リリアが、子供を安全な場所に避難させた後、カイトの援護に戻ってきたのだ。
彼女の鋭い剣撃が、フォレストウルフの側面に浅手ながらも傷を負わせる。
「グギャアアアン!」
狼は苦痛の声を上げ、後ずさった。
「リリア!」
「お前こそ、無茶しすぎだ!」
二人は背中合わせになり、残りのフォレストウルフたちと対峙する。
数はまだ狼たちの方が多い。しかし、カイトの攪乱とリリアの剣技が合わされば、勝機はあるかもしれない。
「カイト、狼たちの動きを止めてくれ! 私が仕留める!」
「分かった!」
カイトは【付着】スキルを連続で発動。狼たちの足元に小石を、目に泥を、武器である牙に粘土を付着させ、次々と動きを封じていく。
その隙を突き、リリアが的確な剣撃で狼たちを確実に仕留めていく。
二人の連携は、即席とは思えないほどスムーズだった。それは、これまでの共同訓練の賜物だろう。
やがて、最後のフォレストウルフが悲鳴を上げて倒れた。
森の中に、静寂が戻る。
カイトとリリアは、荒い息をつきながら顔を見合わせた。
「…やったな」
「ああ…」
緊張が解け、二人の間に安堵の表情が浮かぶ。
そして、どちらからともなく、笑みがこぼれた。
「ありがとう、リリア。助かったよ」
「お前こそ。お前のスキルがなければ、あの子も、私たちも危なかった」
リリアは素直にカイトの働きを認めた。
それは、二人の間に確かな絆が生まれた瞬間だった。
ゴミスキルと馬鹿にされた少年と、女であることで虐げられてきた騎士見習いの少女。
互いの弱さを知り、互いの強さを認め合った二人は、この初めての共同任務を通して、かけがえのないパートナーとなったのだ。
助け出された子供は、近くの村の村長の息子だった。
カイトとリリアは、村人たちから盛大な感謝を受け、英雄として迎えられた。
国王エルネストも、二人の活躍を高く評価し、カイトには褒賞を、そしてリリアには正式な騎士への登用の推薦を約束した。
城に戻る道すがら、夕焼け空の下を二人で歩く。
「リリア、騎士になれそうだな」
「…ああ。お前のおかげでもある」
「そんなことないよ。リリアの実力だ」
少しの沈黙の後、リリアがぽつりと言った。
「…カイト。これからも…その、なんだ…私の訓練に付き合ってくれるか?」
「もちろん! こちらこそ、お願いするよ、リリア先生」
カイトが冗談めかして言うと、リリアは顔を赤らめてカイトの腕を軽く叩いた。
「調子に乗るな、馬鹿!」
夕日に照らされた二人の影は、寄り添うように長く伸びていた。
最弱の烙印を押された少年の物語は、信頼できる仲間を得て、新たな局面を迎えようとしていた。
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