第2話 創意工夫の第一歩と、小さな出会い

カイトが【付着】スキルの可能性に気づいてから数日が経った。

相変わらず城での扱いは酷いものだった。他の勇者候補たちが騎士団との合同訓練や魔術の講義を受けている間、カイトは城の雑用を押し付けられる日々。薪割り、掃除、時には家畜の世話まで。

しかし、カイトはこの状況を逆手に取った。


「よし…薪割りなら、斧の柄に手を【付着】させて、滑り止め代わりにできないか?」

試してみると、確かに斧が手に吸い付くような感覚があり、振り下ろす際の安定感が増した。ほんのわずかな差だが、疲労の軽減には繋がった。

「掃除なら…箒の先に埃を【付着】させて、まとめてポイ、とか…これはちょっと効率悪いか」

試行錯誤は続く。ゴミだと思っていたスキルも、意識して使おうとすれば、意外な発見があるものだとカイトは実感していた。


重要なのは「何を」「何に」「どのタイミングで」付着させるか、そして「3秒間」という制限時間をどう活かすかだ。

彼は、誰も見ていない場所で、様々なものを付着させる練習を繰り返した。

小石を壁に、木の葉を自分の服に、水滴を指先に。

最初はタイミングが合わず、付着する前に落ちてしまったり、意図しない場所に付着してしまったりと失敗も多かった。しかし、カイトは諦めなかった。

「クールタイム5秒…これが地味に厄介だな。連続使用ができないとなると、一瞬の判断が重要になる」

彼は心の中で秒数を数えながら、リズミカルにスキルを発動させる練習も始めた。


ある日の午後、カイトは城の裏手にある、打ち捨てられた訓練場で一人、練習に励んでいた。

的代わりに立てかけた古びた木の板に、小石を【付着】させる練習だ。

「ふっ!」

気合と共に小石を投擲し、板に当たる瞬間にスキルを発動。ペタッ、と軽い音を立てて小石が板に付着し、3秒後に落下する。

これを何度も繰り返す。命中精度、タイミング、スキルの持続時間。全てを体に叩き込むように。


「何をしているんだ、お前は」

不意に背後から声がかかり、カイトは驚いて振り返った。

そこに立っていたのは、銀色の髪をポニーテールにした、カイトと同い年くらいの少女だった。鋭い翠色の瞳が、カイトをじっと見据えている。彼女は騎士団の訓練服に似た、動きやすそうな服装をしていた。

他の勇者候補の一人だろうか? しかし、見覚えがない。


「えっと…スキル練習を…」

カイトが戸惑いながら答えると、少女は怪訝そうな顔で木の板とカイトを交互に見た。

「スキル練習? あんな小石をくっつけて、何になるというのだ。お前のスキルは確か…【付着】だったか。役立たずと評判の」

言葉は辛辣だが、他の貴族たちのような嘲りや侮蔑の色は薄い。むしろ、純粋な疑問といった風情だ。


「確かに、役立たずかもしれない。でも、使い方次第じゃ…」

カイトが言いかけると、少女はフン、と鼻を鳴らした。

「使い方次第、ね。勇者として召喚されたからには、魔物と戦う力が求められる。そんな子供の遊びのようなスキルで、どうやって戦うつもりだ?」

正論だった。カイトもまだ、このスキルでどう戦うか具体的なイメージは掴めていない。


「まだ、模索中だ。でも、何もせずに諦めるよりマシだろ?」

カイトは真っ直ぐに少女の目を見て言った。その瞳に宿る意志の強さに、少女は少しだけ目を見開いた。

「…私はリリア。リリア・フォン・アストレイア。騎士見習いだ」

少女は唐突に名乗った。勇者候補ではなく、この世界の人間らしい。


「俺は相馬海斗。カイトでいい」

「そうか、カイト。お前がどれだけ足掻こうと、ゴミスキルはゴミスキルのままだと思うがな」

リリアはそう言い放つと、訓練場の隅に置かれていた木剣を手に取った。

そして、鋭い呼気と共に、流れるような剣技を披露し始めた。素早い踏み込み、正確な斬撃。それはカイトが見たこともないような、洗練された動きだった。

カイトは息を呑んで見入った。これが、この世界の「戦う力」なのだ。


一通りの型を終えたリリアは、汗を拭いながらカイトの方を向いた。

「あれが戦いだ。お前のスキルで、あれに太刀打ちできると思うか?」

挑発的な言葉。しかし、カイトは不思議と不快ではなかった。むしろ、彼女の剣技を見て、新たなヒントが閃いた。


「なあ、リリア。ちょっと手伝ってくれないか?」

「は? 私がなぜ、お前のような…」

「ほんの少しでいい。お前の動きを間近で見たいんだ。そして、もし可能なら…ほんの一瞬だけ、何かを『付着』させてみたい」


リリアは眉をひそめたが、カイトの真剣な眼差しに何かを感じたのか、ため息を一つついた。

「…いいだろう。だが、変なことをしたら叩き斬るぞ」

「ありがとう!」


カイトは、リリアにゆっくりと剣を振ってもらうよう頼んだ。

リリアが木剣を振り下ろす。その動きに合わせて、カイトは地面に転がっていた木の葉に意識を集中し、【付着】スキルを発動するイメージを描く。

目標は、リリアが振り下ろした剣の先端。

タイミングはシビアだ。早すぎても遅すぎても意味がない。


シュッ、と風を切る音と共に木剣が振り下ろされる。

「今だ!」

カイトがスキルを発動。木の葉がふわりと舞い上がり、リリアの木剣の先端に、ペタッ、と付着した。

ほんのわずかな時間。だが、確かに付着した。


リリアは動きを止め、驚いたように自分の剣先を見た。そこには、小さな木の葉が健気に張り付いている。

「…ほう。確かにくっついたな。だが、だから何だというのだ? こんなもので戦闘が有利になるとは思えんが」

「確かに、これだけじゃ意味がないかもしれない。でも…」

カイトは続けた。

「もし、これが木の葉じゃなくて、相手の視界を遮る泥だったら? もし、相手の武器を持つ手に、何か邪魔なものを一瞬だけ付着させられたら? それが、ほんの少しの隙を生むかもしれない」


リリアは黙ってカイトの言葉を聞いていた。

「…なるほど。確かに、ほんの一瞬の隙が命取りになることもある。だが、そんな都合よく泥が付着するか? 相手が簡単にそれを許すと思うか?」

「だから練習が必要なんだ。精度と、タイミングと、そして何を付着させるかの判断力。それに、このスキルはまだレベル1だ。レベルが上がれば、効果時間や接着力も変わるかもしれない」

カイトは、自分の考えを熱っぽく語った。


リリアは腕を組み、しばらく考え込むような素振りを見せた。

「…お前の言うことにも、一理あるかもしれん。だが、それはあまりにも不確定要素が多すぎる。それに、そんなトリッキーな戦法が、屈強な魔物に通用するとは到底思えん」

「やってみなきゃ分からないだろ?」

カイトは笑顔で言った。


リリアはふっと息を吐くと、カイトに向き直った。

「…まあ、いい。お前のその足掻き、少しだけ見届けてやろう。どうせ暇つぶしだ」

その言葉はぶっきらぼうだったが、どこかカイトを認めたような響きがあった。

「本当か!?」

「勘違いするな。手伝うとは言っていない。ただ、お前が馬鹿なことをしていないか、たまに様子を見に来てやるだけだ」

リリアはそう言うと、再び木剣を構え、自分の訓練を再開した。


カイトは、リリアの後ろ姿を見ながら、小さくガッツポーズをした。

ゴミスキルと馬鹿にされ、誰からも期待されていなかった自分。だが、初めて自分のスキルと、その可能性に興味を持ってくれる相手が現れた。

それはカイトにとって、大きな一歩だった。


「よし、もっと精度を上げるぞ!」

カイトは再び小石を拾い上げ、的の木の板に向き直った。

その顔には、以前よりも確かな自信と、そして微かな希望が浮かんでいた。

最弱の烙印はまだ消えない。だが、カイトは確かに、創意工夫という武器を手に、一歩ずつ前へ進み始めていた。

そして、その傍らには、ぶっきらぼうだがどこか面倒見の良さそうな、最初の「理解者」候補がいたのだった。

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