『ゴミスキルと馬鹿にされてきたが、完璧に使いこなす事で異世界最強となる』

@TSUKISHOU

第1話 烙印と、一縷の光

眩い光が収まった時、相馬海斗(ソウマ・カイト)は、見慣れない石造りの広間に立っていた。周囲には同じように困惑した表情を浮かべる、十数人の少年少女たち。彼らは皆、カイトと同じ日本の高校生だった。


「勇者様方、ようこそおいでくださいました! 我が名はエルネスト。ここ、アークライト王国の国王にございます」


荘厳な玉座から、威厳のある初老の男が立ち上がり、そう告げた。

混乱と喧騒。異世界召喚――ラノベやゲームでしか知らなかった出来事が、現実のものとしてカイトたちに降りかかったのだ。


エルネスト王によると、この世界「エルドラ」は魔王軍の脅威に晒されており、古の盟約に従い、異世界から勇者を召喚したのだという。

そして、召喚された勇者には、この世界で生き抜くための特別な「スキル」が授けられるとのことだった。


一人、また一人と、祭壇の前で水晶に手をかざし、スキル鑑定が行われていく。

「おお!【聖剣技】! まさに勇者にふさわしい!」

「こちらは【大魔導】ですと!? 素晴らしい!」

歓声が上がる。強力なスキルを授かった者たちは、誇らしげに胸を張った。

カイトの胸にも、わずかな期待が芽生える。自分にも何か、この世界で役立てる力が与えられるかもしれない、と。


そして、カイトの番が来た。

緊張しながら水晶に手を触れる。淡い光がカイトの手を包み、やがて水晶の表面に文字が浮かび上がった。


【付着】Lv.1


鑑定を行っていた神官が、その文字を読み上げようとして、一瞬言葉に詰まる。

「……えー…スキル、【付着】…で、ございますか?」

広間に、しん、と静寂が訪れる。先程までの熱狂が嘘のようだ。

国王エルネストも、眉をひそめて水晶を覗き込む。周囲の貴族たちからは、ヒソヒソと囁き声が聞こえ始めた。


「付着…? なんだそれは」

「聞いたこともないな…戦闘向きではなさそうだ」

「ハズレ、というやつか…よりにもよって、この重要な時に」


冷ややかな視線が、カイトに突き刺さる。それは侮蔑と、失望の色を隠そうともしないものだった。

神官が恐る恐るスキルの詳細を説明する。

「ええと…【付着】スキルは、触れた物体Aを、次に触れた物体Bに、3秒間だけ軽くくっつけることができる能力でございます。接着力は…その、非常に弱く、少し力を加えれば剥がれてしまうかと。再使用には5秒ほどの間隔が必要です」


戦闘はおろか、日常生活ですらまともに役立つとは思えない、まさに「ゴミスキル」。

他の勇者候補たちが手厚い歓迎と共に豪華な客室へと案内される中、カイトは一人、城の隅にある、物置と見紛うような埃っぽい小部屋へと追いやられた。

与えられた食事は、硬いパンと薄いスープだけ。誰も彼に期待せず、まるで存在しないかのように扱われた。


「くそっ……なんだってんだよ……!」

粗末なベッドに倒れ込み、カイトは天井を睨みつけた。悔しさと怒り、そしてどうしようもない無力感が全身を苛む。

故郷の家族や友人の顔が浮かび、涙が込み上げてくる。こんなスキルで、どうやって魔王と戦えというのか。いや、それ以前に、この世界でまともに生きていくことすらできるのだろうか。

「最弱の烙印」――それは、カイトの心に深く、重く刻み込まれた。


しかし、どれだけ嘆いても現実は変わらない。

ふと、カイトは拳を握りしめた。

「……本当に、このスキルはゴミなのか?」

脳裏に、嘲笑する貴族たちの顔が浮かぶ。見下すような国王の視線が蘇る。

「諦めたら、そこで終わりだ。笑わせてたまるかよ…!」

幼い頃から、カイトは諦めの悪い性格だった。どんな困難な状況でも、必ずどこかに突破口があると信じて足掻いてきた。


カイトはベッドから起き上がると、部屋の中を見回した。

床には小石が転がり、壁際には折れた木の枝、隅には破れた布切れが落ちている。

「【付着】…3秒間だけ、弱くくっつく…クールタイム5秒…」

彼はスキルの詳細を何度も頭の中で反芻しながら、手近にあった小石を拾い上げた。

そして、壁に向かって【付着】スキルを発動。小石は確かに壁にくっついたが、3秒後にはポトリと力なく床に落ちた。

次に木の枝を床に。やはり同じ結果だ。

「……やっぱり、ダメか…?」

何度か繰り返すうちに、虚しさが募る。


その時、部屋の隅を小さな黒い影が這っていくのが見えた。蜘蛛か、あるいはこの世界の虫だろうか。

カイトは無意識に、その虫に手を伸ばし、【付着】を発動させるイメージを描いた。虫の足が、壁の表面に「付着」するイメージ。

刹那、虫の動きがピタリと止まった。

まるで時間が止まったかのように、壁に張り付いている。そして、きっかり3秒後、虫は何事もなかったかのように再び動き出した。


「……え?」

カイトは目を見開いた。

「止まった…? 今、確かに…」

偶然かもしれない。もう一度試してみよう。

彼は床に落ちていた小さな紙切れを拾い上げ、それを自分の指先に【付着】させた。そして、その指先から紙切れを弾くようにして壁に投げつける。

ペタッ。

紙切れは、まるで糊で軽く貼り付けたかのように、3秒間、壁に張り付いていた。


「これだ……!」

カイトの心臓が、トクンと高鳴った。

直接的な破壊力はない。接着力も弱い。だが、タイミングと使い方次第では、何かを瞬間的に「固定」したり、「操作」したりできるかもしれない。

例えば、相手の武器を持つ手を一瞬だけ鞘に「付着」させたら? 敵の足元に小石を「付着」させてバランスを崩させたら?

ゴミだと思っていたスキルに、ほんのわずかだが、光が見えた気がした。


「ゴミスキル×創意工夫=無限の可能性……か」

誰かが言ったわけではない。だが、その言葉が自然とカイトの脳裏に浮かんだ。

確かに、この【付着】スキルは単体ではあまりにも非力だ。しかし、使い方を考え、訓練を重ね、他の何かと組み合わせることができれば……。

まだ具体的な戦い方や、このスキルでどうやって最強に至るのか、その道筋は全く見えていない。

だが、カイトの瞳には、絶望の色はもうなかった。そこには、困難なパズルに挑むような、あるいは未踏の頂を目指すような、静かで熱い闘志が宿っていた。


「見てろよ…この【付着】スキルで、必ず…必ず成り上がってやる!」

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