猫又娘の大冒険 13

13


 まのはフロージュ女王と踊りながら、フクとユキミとの会話を振り返りつつ考えていました。

 ──きっと、思い込みなんだわ。

 フクやユキミが生まれた時から、この国の『役割』というのが決められていて──それは長い年月をかけられて作られた勘違いとまのは思っていますが──女王は与える人、国民は享受するもの、という図式が出来上がってしまった。

 確かに女王様は命を与える魔法が使えるので、国民に恩恵を与える立場であったのでしょうけれど、それではどうして女王様のお城や庭園と言った、女王様に関わる場所は暗く陰鬱なのでしょう?

 女王様自身、昔はこうではなかったと言うからには、きっとどこかでボタンの掛け違いがあったのでは? とまのは思ったのです。

 正直、いつどこで掛け違いが起こったのかまのには見当もつきませんが、ハッキリ分かっていることは、女王様だけが暗く孤独に満ちた日々を送っているのはおかしい、ということでした。

 だからまのは、強引な方法ではありますが、こうやって女王様をホールに連れ出してダンスに誘ったのです。

「女王様」

 踊りながらまのは言います。

「ダンスの基本は笑顔ですよ!」

 ほとんどまのが女王様をエスコートしているので、息も切れ切れでしたが、苦しさをまのは見せず、ニコッと笑顔で言いました。

「こんな強引なダンスがありますか!」

 と、女王様はもっともな反論をされました。

 ちゃんとした音楽もない。ホールに観客は二人。そのホール自体、手入れが行き届いていない。ただ打楽器もどきのバケツやフライパンを叩く音とチャイムの音、ごちゃごちゃした音だけが広く寂れたホールに響いているだけ。

 それでもまのは嬉しかったのです。

 ──こんな強引なダンスがありますか!

 先ほど初めて女王様が感情を露わにされたからです。少なくともまのには、岩場の庭園でのお茶会より、今このダンスもどきの方が──人は少ないけれど──意義ある女王と国民との触れ合いだと思えたのです。

 そうこうしていると、音楽が鳴り止みました。ダンスが終わったのです。

 まのと女王様は肩で息をしながら、見つめ合いました。まのは笑顔で、女王様は仏頂面で。

「女王様、ありがとうございました」

 まのは恭しく、一礼します。

「……疲れました」

 と、女王様。まのの強引さに疲れたのか、ダンスに疲れたのか。恐らくは両方でしょう。

 そこにジャックが、トレイにグラスを載せて持ってきました。

「女王様、お疲れ様です」

 片膝をつき、ジャックはグラスを差し出します。女王様は何も言わずグラスを取り、乾いた喉を潤します。

「美味しいですか?」

 まのが聞きます。

「水分の補給にはなりました」

 それだけ告げるとまた踊らされては敵わないと思ったのか、まのの呼び止めも虚しくさっさとホールから出ていかれました。

「あ〜あ、行っちゃった……」

 額を伝う汗を拭いながら、まのはちょっとがっかりした口調で言いました。

「……ほれ、さっさと取れ。重い」

 ジャックがまのにグラスを差し出します。

「あら、あたしにも持ってきてくれたの!?」

「あいつらが持っていけってうるさかっただけだ」

「ありがとう、みんな!」

 三人にお礼を言い、まのはグラスを口に運びます。微かに甘い味がしたように思えました。

「美味しいわ。疲れがす〜っと流れて行くみたい」

「それは中庭で汲んだ水っほい。美味しくて当然っほい」

 フクが自慢気に言います。

「驚いたっほい。まさかこのお城に、あんな中庭があったなんてっほい」

 それはユキミも、ジャックでさえも同じだったようで、深く頷いて同意を示しています。

「きっと昔はあの中庭だけじゃなくお城全体が、いえ、この国全部が光に満ち溢れていたのよ」

「だったらどうして、今はこうなったの?」

 ユキミの問いかけにまのは、

「ユキミちゃん、初めて会った時から可愛かったけど、今はお話方も変わって、とってもキュートよ」

 と、笑顔で言いました。虚を突かれたユキミは、

「そ、そりゃまのが、あたいのことを可愛い可愛いって言うから、そうなのかな、って思ったっていうか、まのに合わせてあげようかなあ、って思っただけよ!」

「黒ネコが赤ネコになってるっほい」

 フクの軽口にキッとユキミが睨み返します。

 そんな二人のやり取りを微笑ましく見守りながら、

「ユキちゃんはあたしの想いに応えてくれた。あたしがユキちゃんを可愛いと想うことは一方的だったのかもしれないけど、あたしはあたしの気持ちをユキちゃんに知って欲しかった」

「……ふーん、ユキミは可愛いねえ……」

 不満気にフクが口を尖らせます。

「あら、フクもとっても可愛いわよ。そんな風にやきもち焼くところとか」

 まのの返答にプイッとあさっての方を向いたのは照れ隠しでしょう。少し離れたところにいるジャックですら、苦笑しているようでした。

 そんな三人を見渡しながら、

「あたしね、女王様に笑って欲しいの。楽しんで欲しいの。いつもお疲れ様って。その気持ちを伝えたいの。ねえ、ユキちゃん、あたしに可愛いって言われて嫌だった?」

「そ、そんなこと人前で聞かないでよ! わ、分かるでしょ!?」

 フクとジャックが顔を見合わせて笑いあっています。まのは満足そうに頷きながら、

「だからね、みんな。あたし明日も明後日もその次の日も、女王様に楽しんで頂ける催しをしたいの。今日は急だったからダンスくらいしか思い浮かばなかったけど……でも一人じゃ準備すらできないから、明日からも手伝ってくれる?」

 深々と頭を下げて、まのはお願いしました。でも頭を下げて、小人の三人にはちょうど良い高さに来たので、三人ともまのの顔を囲むようにして、

「もちろんっほい」

「なんでさっき、そういう風に言わなかったの?」

「……女王様がお喜びになるなら、やぶさかじゃない」

 てんでバラバラでしたが、想いは一つの回答が返ってきた時、汗とは違う雫がまのの頬を伝わりました。

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