猫又娘の大冒険 11

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 まのは中庭から食堂に急いで戻ると、フクとユキミにこう話しかけました。

「お城の中庭から、お水と不思議な果物を取ってきて」

 それを聞いた二人はびっくりし、近くにいたジャックは、

「お城で勝手なことをするな!」

 と、猛抗議を始めましたが、

「私が許可します」

 と、遅れて戻ってきたフロージュ女王の一言で黙ってしまいました。

「さあ、急いで!」

 まのはフクとユキミを急き立て、次にジャックを見ます。

「な、なんだよ」

「ジャック、このお城にはホールはあるかしら?」

「ホール? そりゃあるけど」

 不意の質問にジャックは訝しげに思いながらも答えます。

「そう。じゃあ案内して」

 まのはジャックの返事も待たず、腕を引っ張って食堂を出ました。ジャックは助けを求めるような目を女王様に向けましたが、女王様は「私に従うように、まのに従いなさい」と取り合ってくれませんでした。


「なんでこんなことを……」

「いいから手を動かして」

 ぶつぶつ文句を言うジャックにまのの注意が飛びます。二人は使われなくなったホールの掃除にかかっていました。

 と言っても二人での掃除なので、全部をやっていたら時間が幾らあっても足りませんので、ホールの三分の一程度に留めておくことにしました。

「ホールを掃除して何をするんだよ」

 モップでフロアを拭きながらジャックが問います。

「あら。ホールでやることと言えば決まってるじゃない」

 雑巾掛けをしながらまのが答えます。

「だから、何をするんだ?」

 モップの汚れをバケツで落としながら再度訊くジャックに、

「分からない? 踊るの。あたしたちと女王様が」

 ガランガランと派手な音を立ててバケツが倒れます。

「あっ! 水が溢れてしまったじゃない!」

 慌ててまのが雑巾で水を拭き取ります。しかし倒したジャックは呆然としており、

「踊る? 女王様とオレたちが?」

 と、虚ろな声で言いました。

「お前、正気か?」

「ええ、正気よ。こんな立派なホールがあるのに使わないなんて勿体無いわ!」

「そうじゃなくて、女王様とダンスなんて!」

「ダンスなんて、何?」

「女王様は偉いんだ。命を与える凄い魔法使いなんだ。そんな方がオレたちと踊るわけないじゃないか。大きさだって違うんだぞ」

 一気にジャックがまくし立てます。しかしまのは動じることなく、

「このホールを見ていれば分かるわ。ホールだけじゃない。食堂だってそう。全然使われていない。でも女王様は言ってたわ。昔はこのお城も輝いていたって」

 その輝きを取り戻すことが、きっと自分の役目なんだ、とまのは確信していました。

「だからって、なんでオレたちが……」

「あら。ジャックは女王様と踊るのがイヤなの?」

「イヤって言うか、見れば分かるだろう?」

 ジャックはそう言って、まのを見上げます。

「大きさが違う。このお城だってオレたちからしたら巨大なんだ。女王様とオレたちは種族も住む世界も違うんだよ」

「でも、あたしはフクやユキちゃんと楽しく遊べたわ」

 むう、とジャックは黙ってしまいました。

「きっとね、お互いがそうやって壁を作ってしまったんじゃないかって思うの。女王様もお役目があるから、ご自身から遊びましょうって言えない。あなたたちはあなたたちで、しなくてもいい遠慮をしてたのじゃないかしら?」

「分からねえ。オレのお祖父さんの頃からはもう、今みたいな感じだったからな」

「そうなの? でももっと昔はきっと、そうじゃなかったはずよ。皆が一緒になって、この国を支えていたんだわ」

 恐らく、とまのは思います。いつからか、この国を支えるのは女王の役目となってしまったのだ、と。それは誰かが言い出したのではなく、自然な流れと勘違いによるものでそうなってしまったのだ、と。

 ──なぜだろう。ここに来たばかりなのに、この国のことが何となくだけど分かるわ。

 まのの思いに根拠はなく、想像に過ぎないことを自身で認めながらも、どこか確信めいたものがありました。それは何故かと聞かれても説明はできなかったのですが。

「さあさあ、掃除を続けるわよ。ジャック、バケツに水を入れてきて!」

 ふう、とジャックはため息をつき、抗議を諦めました。ともすれば、まのの言い分に正しさを見出したのかもしれません。

「お前、城に来てから別人みたいだ」

「え?」

「庭園で見た時、なんかぼーっとした奴がいるな、と思ってたが、全然違った。まるで──」

 ジャックはそこで言葉を切り、バケツを持って水を汲みで部屋を出ようとしました。その去り際に、

「ここの管理はオレに任されているんだ。お前は食堂の準備をしとけよ。どうせあの二人だと仕事にならないんだから!」

 と、言い残し、走ってホールから出て行きました。

 まのはその後ろ姿を笑顔で見送りました。

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