第34話『クラリス vs ユリアナ──“正妻”の座は渡さない!』
工房に朝の陽光が差し込むと同時に、空気がすでにぴりぴりと張り詰めていた。湊が起きて炉に火を入れるよりも前に、女性陣の間でなにやら火花が散っていたのだ。
「……朝からご機嫌ですね、クラリス様」
銀髪の新入り、ユリアナが微笑すら浮かべずに口を開いた。彼女は王都からの使者として湊の元に“鏡の魔剣”を持ち込み、今では小屋の一角に控えていた。冷たい視線と無表情が常の彼女だったが、ことクラリスに対しては明確な棘が含まれている。
「ええ、ご機嫌ですとも。王都のお嬢様が“工房での暮らし”を楽しんでらっしゃるのを見ていると、庶民の私もつい微笑みたくなるのです」
クラリスの声も負けていない。昨日からユリアナの“湊への距離”が明らかに近くなっていることに、クラリスはずっと引っかかっていた。
湊が鍛冶に集中している間にも、ユリアナはさりげなくお茶を淹れたり、タオルを差し出したりと、完全に“内助の功”ムーブを決めてくる。その様子を見ていたクラリスの頬は、ずっとぴくぴくしていた。
「正妻の座なら、私は最初から興味ありません」
ユリアナはさらりと言い放つ。だが、その言葉に込められた冷淡な挑発を、クラリスが聞き逃すわけがなかった。
「では、湊があなたの“剣だけ”を打つとお思いですか? 彼は人の心を見抜く職人。仮面で隠しても、あなたの弱さや悲しみ、そして……欲望までは、隠せませんわよ?」
「……あなたには、関係ないことです」
剣を持ったことのない貴族の娘にしては、ユリアナは鋭く言い返す。クラリスも腰に差した《鋼血のラグナ》に手を当てた。
その瞬間、小屋に爆音が轟く。
「まーた女同士の決闘前夜かよっ!!」
ルフナが天井から飛び降り、両手で頭を抱えて叫ぶ。
「まさか今から試し打ちじゃないよね!? こっち昼の配達があるってのに……!」
「いいえ、試し打ちじゃなくて“心の清算”です」
クラリスが剣を抜く素振りを見せる。
「では、受けましょう」
ユリアナも腰に“鏡の魔剣”を携えたまま一歩踏み出す。
「やめろおおおおおおおおおおおおおおお!!」
とうとう我慢できなくなった湊が、炉の鉄棒を片手に叫ぶ。
「工房で斬り合いすんじゃねぇ! こっちは一晩寝ないで依頼こなしてんだぞ!!」
それでも二人の殺気はおさまらない。
メルゼリアが静かに立ち上がる。
「なら、外でやりましょう。私が立会人になります」
「お前も乗るのか!?」
湊が絶望的な声を上げる。
かくして、工房の裏庭で“湊争奪・試し斬りデュエル”が始まろうとしていた——。
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