第3章:鋼の乙女と、王都の陰謀
第21話『王都から来た少女、名は“鋼の乙女”
火の粉が静かに舞う。
トン、トン、とリズムよく打ち下ろされる槌の音に、小屋の周囲に集まった鳥たちが一斉に飛び立った。木漏れ日が金床に反射し、揺れる光が影絵のように小屋の壁を踊らせていた。
湊は無心で鉄を打っていた。静かな集中の中にだけ、自分の居場所がある。誰にも邪魔されないこの時間こそが、今の彼にとって唯一の安らぎだった。
──が。
その安らぎは、遠くから近づいてくる蹄の音によってあっさりと終わりを告げた。
「……馬の音か? いや、複数……護衛付き? こんな森の中に?」
湊は槌を置き、炉の火を弱めながら扉へと向かう。
軋む扉を開けると、そこには陽光を受けて鈍く輝く銀の鎧があった。
「失礼する。ここが刀匠・村上湊の工房で間違いないか」
声は低く、冷たい。まるで鋼が喋ったような無機質な響きだった。
「……ああ、そうだけど」
湊は相手の姿に思わず目を見張る。長身の少女。銀髪を高く括ったポニーテール。完璧な整備が施されたプレートアーマー。そして、その背には巨大な──まるで儀礼用とも思える──壊れた両刃の剣。
「私はクラリス=ヴァンベルク。王都直属・機鋼騎士団所属、“王家の盾”の任を受ける者だ」
名乗りに合わせて一礼するクラリス。その動きに、金属音が小さく鳴った。
「……王都の人間が、なんでこんな場所に?」
「この剣を、修理してほしい。いや──再び“生まれさせて”ほしい」
クラリスが背から下ろした剣を、湊は受け取る。
瞬間、ずしりとした重さが腕に来た。物理的な重量ではない。
──“思念”だ。
錆びついた刃の表面に、かつての戦場の気配が染みついている。
斬り、斬られ、折れかけ、それでも守ろうとした記憶の塊。そこには“主を守ろうとした剣”の、誇りすら刻まれていた。
「……この剣。お前じゃなきゃ、打てないって言ってる」
「……やはり。では依頼を──」
「いや、断る」
即答だった。湊は剣をそっと置き、視線を逸らす。
「俺は、もう“人のための刀”は打たない。小屋の張り紙にも書いてある。外注依頼、全部お断りって」
「知っている」
「なら──」
「だが、あれは例外だったはずだ」
クラリスがポケットから取り出したのは、一枚の紙。
湊が一度だけ引き受けた、“ルフナが勝手に貼った依頼表”の写しだった。
「……あー……あいつ……」
湊が頭を抱えている隙に、クラリスはすっと進み出た。
「私は、この剣の命をお前に預けに来た。王の命ではない。私の、個人的な願いだ」
「……でも、俺は……そんな、たいそうな刀匠じゃない」
「違う」
クラリスの声が鋭くなる。
「私が……あの夜、敗れて剣を折り、何も守れなかったとき。夢の中で、炎の中で打たれる新しい刃を見た。その刃を打っていたのは──お前だった」
「は……?」
「信じられないなら、それでもいい。だが、私の中ではもう、決まっている」
クラリスは剣を胸元で抱えるようにして、静かに呟いた。
「この刀……彼女にしか打てない」
「……誰だよ、その“彼女”って……」
「あなたです」
無表情で、ぴたりとした声。
その瞬間、湊の中のなにかが“焼き切れる音”を立てた。
(……なんだこの人……天然の圧力がやばい……俺の静かなスローライフ、もう……)
湊が項垂れたその背後、小屋の陰からひょっこり顔を出したのはルフナだった。
「お客さん!? 新しい女の子!? わああ! って、あの鎧……なにその硬そうなオーラ!?」
湊「ルフナァアアアァァ!!」
クラリスは言った。
「しばらく、この小屋に滞在する。私は、あなたの刀を待つ」
“王家の盾”が、森の小屋に住み着いた瞬間だった。
スローライフ、ここに崩壊の兆しあり──。
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