古古古古古古古古古古古古古古古古古古古古米

イカクラゲ

賞味期限?いいえ、歴史です。


 令和X年。

 日本経済は未曾有の不況に喘いでいた。

 物価は高騰し、人々の暮らしは疲弊の極みに達していた。

 そんな折、政府は国民生活を安定させるため、そして増えすぎた備蓄米の処分のため、秘中の秘であった国家備蓄米の放出を発表した。

 それは、ただの米ではなかった。時の総理は会見で厳かに告げた。


『本日より、国民の皆様に提供されるのは、我が国が誇る最高の技術で管理され、二十年間熟成された奇跡の米、通称「古古古古古古古古古古古古古古古古古古古古米」であります!』


 翌日から、ニュース、SNS、動画サイトでは古古古古古古古古古古古古古古古古古古古古米が話題に上がった。


 メディアは当初、半信半疑だった。

 二十年前の米?と、冷やかしの嘲笑が渦巻いた。


『日本国民生命の根幹に関わる問題だ』

『国民をバカにするのもいい加減にしろ』

『通常、家畜用飼料などに使われる。風味も落ちるし安全性への配慮も必要』


 しかし、政府は驚くほど迅速にプロモーションを開始した。


 著名な経済学者やインフルエンサーが『今こそサスナブルな消費を』『フードロス削減の切り札』と、高らかに謳い上げ、あたかも古古古古古古古古古古古古古古古古古古古古米が時代を救う救世主であるように演出した。


『新米にはない奥深い旨味がある』


 特に、元ミシュランがコメントした瞬間から、潮目は変わり始めた。


『あの有名シェフが言うなら間違いない』

『二十年も熟成された米なんて、逆に贅沢じゃない?』


 SNSでは『#古古古古古古古古古古古古古古古古古古古古米チャレンジ』がトレンド入りし、インフルエンサー達が競うようにその味を絶賛し始めた。


『古古古古古古古古古古古古古古古古古古古古米──時代を超えた究極の逸品』


 大手メディアはこぞって『歴史の味』『サステナビリティの象徴』といった美辞麗句を並べた記事を大量に配信した。


 いつしか、品質劣化の懸念など、一片も触れられることはなくなった。


 テレビのグルメ番組では『古古古古古古古古古古古古古古古古古古古古米の奥深さを知る』という特集が組まれた。


 ファッション誌までが『古古古古古古古古古古古古古古古古古古古古米のある暮らし』と題して、ヴィンテージ家具に囲まれ、ひっそりと古米を炊くライフスタイルを提案し始めた。


『古古古古古古古古古古古古古古古古古古古古米』のブームは、想像を遥かに超えて社会の根幹を揺るがし始めた。


 当初は単なる経済政策や話題作りのためだったが、その『熟成』という謳い文句は瞬く間に人の心奥底に眠る、ある種の懐古主義、反消費主義の精神に火をつけた。


『新米は未熟』

『本当の米の価値は、時間を経て初めて分かる』


 古古古古古古古古古古古古古古古古古古古古米が社会に浸透し、新米が「異端」あるいは「劣ったもの」として扱われるようになった。


 スーパーでは新米コーナーだけがガラガラで、代わりに『限定熟成!古古古古古古古古古古古古古古古古古古古古米』の棚に人々が群がるという光景が広がった。


 農家が丹精込めて作った米が全く売れず、政府は慌てて『新米も日本の素晴らしい食文化です』と呼びかけるが、時すでに遅し。


 スーパーの在庫には、輝くような新米が静かに眠っていた。

 その米がまるで、禁断の果実であるかのように……。




 古古古古古古古古古古古古古古古古古古古古米ブームは、もはや狂気と化していった。


 政府が安価で放出した備蓄米は、転売ヤーの暗躍と「熟成米」という名の虚構によって、いつしか富裕層だけが口にできる、高価な嗜好品へと変貌していった──




「──さあ、皆様。これぞ、時を越えた究極の逸品。人類がまだ出会ったことのない『熟成』の領域でございます」


 財界の大物である藤原(ふじわら)邸で、極秘の試食会が開催された。


 招待されたのは、政界の要人、著名な文化人、そして一部の選ばれしセレブたち。

 彼らの目的はただ一つ、藤原氏が裏ルートで手に入れたという、幻の40年もの「古古古古古古古古古古古古古古古古古古古古古古古古古古古古古古古古古古古古古古古古米」を味わうことだった。


 厳かな雰囲気の中、最高の職人が炊き上げた米が、漆塗りの器に丁寧に盛られて運ばれてくる。


 その米は、米粒一つ一つが琥珀のように輝き、見るからに「重い」存在感を放っていた。


 藤原氏が高らかに宣言すると、一同は息をのんで米を口に運んだ。


「ああ、この深み! 舌にまとわりつくような、それでいて軽やかな……」

「まるで日本の侘び寂びを凝縮したかのようです」

「一口ごとに、40年の歴史が心に染みわたる……」


 参加者たちは、まるで事前に打ち合わせたかのように、ありとあらゆる美辞麗句を並べ、その味を絶賛した。


 誰もが恍惚とした表情を浮かべ、この希少な体験に酔いしれていた。


 しかし、その場にいた藤原氏の孫、小さな女の子だけは違った。

 彼女は米を一口食べた瞬間、大きく目を見開き、顔をしかめた。



「おじちゃま、これ……お米がガチガチで、変なニオイがする!全然美味しくないよ!」



 一瞬、会場の空気は凍り付いた。


 だが、その静寂はすぐに、大人のわざとらしい笑い声で打ち破られる。


「ハハハ、この子はまだお若いからね。本当に美味しいものは、まだわからないのさ」

「そうですよ、お嬢ちゃん。この熟成された深みは、繊細な味覚を持つ大人にしか理解できないのです」


 大人たちは、女の子の純粋な言葉をまるで聞こえなかったかのように、あるいは耳に入れたくないかのように、笑顔で、しかし頑なに、彼女の言葉を「無かったこと」にした。


 女の子は、ぽかんとした顔で立ち尽くしていた。


 その隣で、大人たちは古古古古古古古古古古古古古古古古古古古古古古古古古古古古古古古古古古古古古古古古米という名の虚構を、ただひたすらに消費し続けていた。

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