第23話 完結80周年
本日、2025年8月4日は、完結80周年である。80年前は、1945年。先の大戦の終結を見た年の、終戦直前。
1945年8月4日。
この日、ある物語が完結したのである。
松本清張や横溝正史に並ぶ三大悲恋小説に並べられた、四反田五郎作「殉愛」において、主人公の女性・秋塚眉子が同じく主人公の男性・森久保真樹に熱烈な、あまりにも熱烈な手紙を京都の自宅近くの郵便局から送り、その足で電報を打った日なのである。その電報の趣旨は、
「6日の朝、広島に着く」
というものであった。
さて、この手紙は広島の浄土真宗の寺にいる森久保真樹のもとに届いたのだろうかという疑念はあるが、彼女がこちら広島に向かっていることは、この電報で把握されたことであろう。
さあ、彼女たちは会えるのだろうか。会えたとして、その後生を全うし得たのであろうか。今先ほどこの文章を書いていて「性を全う」と誤植が出た。下世話な話ではあろうが、それどころじゃねえだろ、ってことがその2日後の
アノナツノアサ
に起きていることは、歴史的に周知の事実である。
その物語は後日談的に、かの広島に投下された「新型爆弾」の報道の事実を記載することで、その後の彼らの運命を暗示している。彼女たちは生きて戦後を迎えることができたのであろうか。ただでさえ病魔に侵されている森久保真樹が生きているその間に、秋塚眉子は彼に今生で会えたのだろうか。根性で? そりゃあそちらの根性も入っていたゆえの行動であったことは間違いないが、それだけでどうにかなるような状況になかったことは、その物語、ほぼ全体が書簡のやりとりのその書簡の文によって構成されているその中で嫌というほど明らかになっている。
その物語の語り部・四反田五郎がこの作品を集英社文庫より問うたのは、昭和最後の年である1988年の夏であった。とはいえ、この物語の舞台は1945年の夏である。それから20年後の1965年、四反田は自費出版で「一灯抄」を出版した。それは静かに人気を呼び、3年後の1968年には「邂逅」と改題され、東京のオリオン出版から商業出版の運びとなった。しかしそこまではまだ、物語の終わりはその年の5月末であった。
それが一転8月にまで伸びたのは、1978年にさらなる改定を加えられて広島の文化評論出版から出された「邂逅ーひらかれた孤独」からである。この時この物語の結末は延期され、1945年8月3日となった。そのさらに10年後の1988年に改めて「殉愛」と再改題され集英社文庫で発売されたのである。
もっともこれはフィクションの世界であって、ノンフィクションでも史実でもない物語である。さすれば事実として扱うのもいかがなものかとは思うが、それでもその物語自体が完結するのは、やはり、この8月4日に秋塚眉子が手紙を送り更に電報を送ったことによって完結すると解釈することが妥当ではないか。
それにしても、その物語が完結した日からちょうど80年目の今日、その物語を紡いだ人物が2000年12月に逝去されて25年目となる今年、物語の舞台となった年から80周年を迎えるとは。
嗚呼、昭和も20世紀も、遠くになりにけり。
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