2章 伯父の愚痴
「で、本題だ。」伯父は姿勢を正した。 「東京で働いて久しぶりにゆっくり……でもないだろうが、ここにいるわけだ。廣が思っていたのと違う、ゆっくりと、だが大きく変わったこともあったはずだ。」
伯父の言葉に、私は黙った。ゆっくりだけど大きく違う変化。それは父の死。そして、その死に至るまでの父の変化のことだろうか。私はそこまで深く考えていなかった。
「沈黙するなよ。」伯父は私の考えを見透かすように言った。「お前は親父の最期を、どの程度知っている?いや、知らないか。東京にいたお前には、急な報せだったはずだ。死因の話をしてるわけじゃ無いし。」
私は思わず、この人は何を言いたくて、何を言っているのだろう、と戸惑った。父の死について、伯父からこんな風に言及されるとは夢にも思わなかった。そして、それが「死因の話じゃない」という言葉にも、いら立ちのようなものが募る。まるで父の死が、もっと大きな何かの前置きに過ぎないと言われているようで、不快だった。
「まあいい。」 伯父は軽く手を振った。 「祖父の相続の話は?」
「詳しくは何も。アパートとかを相続したくらいのことは少し聞きましたけど…」 「だろうな。そこから話した方がいいのか…いや、そこから話さなければ見えてこないかな。聞くか?」
祖父が亡くなり、兄弟三人が相続した。その時父が祖父の実家とアパートを相続したと聞いている。葬式の当日に父と伯父が喧嘩して帰ってしまった、あの事件のことだろう。私は黙って頷いた。
「まず婆さんが亡くなった。これは知ってるな。その後、爺さんは一人暮らしだ。最初は良かった。だが死ぬ1年半から2年くらい前から認知症が始まった。俺は主たる原因はストレスと衛生環境だと思ってる。医者じゃないし検査をしたわけでもないから、思ってるだけだがな。」 認知症の理由?それがどんな関係があるのだろう?父の死の話から、なぜ祖父の認知症の話になるのか。伯父の話の脈絡が掴めず、私の頭は混乱した。しかし、伯父は必要である確信があるようだ。
「8月に爺さんが死ぬ。その半年ほど前の年の12月、姉さん、廣もよく知ってる伯母さんに癌が再発する。それまでは介護士の姉さんが爺さんの面倒見てた、週一回、爺さん家で仕事兼で。その頃には爺さんのボケもどうしようもないところまで来てたようだ。詳しくは俺も知らない。おばさんが倒れてからはお前の父が面倒を見てた。俺は婆さんが死んでから折を見ては電話して話をしてたぐらいかな。俺が泊まり込みで爺さんを見たのは一日だけだ。後は、お前の父に断られた。俺の休みは日曜だけだからな。悪く言われてるんだろう、そっち側では。」
その通りです。伯父は面倒を避け、父親を見捨てたとぼろくそに言われています。私自身、そう思っていました。しかし私は表情を変えないよう注意し、平然としていた。ここで感情を露わにするのは、伯父の思う壺だと感じたからだ。
「春になると姉ちゃんが死んだ。お前、葬式来なかったよな。コロナ禍を理由に。」
小さく頷いた。これは少々ばつが悪い。戻れるのならあの頃の自分を改めたい。だが、伯父にそれを指摘されるのは、まるで罪悪感を刺激されているようで不快だった。責められているようで、居心地が悪い。
「良くないぞ。どういう理由があれ、弔電ぐらい打って偲ばないと。後で墓参りぐらいしとけ。理由の想像はついてるから答え合わせはいらない。」 伯父は刺身を食べながら、私の方を見もせず続けた。
「姉ちゃんの死に際には立ち会わせてもらえなかった。駐車場の車の中で待機させられてた。疎外感の極地ってやつだな。詳しく聞きたきゃ麻美さんに聞きな。どうしても感情が入る。」
そういうことになったのは、それまでの伯父の行いではないのか?私は心の中で反論した。伯父の言葉は、まるで自分を正当化しているようにしか聞こえなかった。
「麻美さんからは爺さんの介護の交代の依頼もあったぞ。正彦は仕事で毎日100キロ運転してるから怖いってな。月土で毎日100キロ営業している往復300キロ離れて暮らしてる俺に代われってよ。それでも休みの日曜なら交代できると言ったら怒られたよ。それでもまだ、いつでも代われるようお泊りセットを玄関に準備してたんだぜ。俺にも可愛いとこあるだろ」 「で、爺さんが死ぬ。結局生きてる父親には会わせてもらえなかったな。コロナ禍が理由らしいけど違うよな。」
おっしゃる通りで。話を聞いてる限り伯父の行いのせいでしょう。
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