2章:伯父
約束の午後6時より少し早く宿に着いた。母のコンパクトカーを借りてここまで来たのだ。
玄関を入り、小さなカウンターとロビーを見渡す。大きなガラスの向こう、中庭のはずれにそれらしき人物を見つけた。喫煙所だろうか。
その人物は手を上げ、少し待てというハンドサイン。大仰にしつらえられたソファーの傍に立って待っていると、伯父が入ってきた。
「早いな。一服する時間があると思ったのに、待たせたな。麻美さんは良かったのか?」「そうか、そうだろうな。遅れてすまないが、改めて正彦のこと、早すぎた、本当に残念だった。」
「先日は参列ありがとうございました。今日はこれを渡しに来ました。安田の佳子さんから預かりまして。」
大分銘菓を渡すと、伯父の目が緩んだ。 「お菓子が大好きでな。これは嬉しい。さて、時間は大丈夫なんだろ?夕食を用意させてる。真美も楽しみにしてるんだ。」
「いえ、そんなご馳走になるわけには…」心の中で、帰りたいと強く思った。
「もう宿に頼んでるんだ。そう遠慮するな、婆さんが死んでからこっち、こういう時は私が払うと決まっているんだ。それに、私だって久しぶりに廣とゆっくり話したい。話を聞いても損はないぞ。」伯父はそこで、「ゆっくり話をするのは初めてか」と付け加えた。伯父は自らの言葉に満足したように、愉快そうに笑った。その時、階段から奥さんも降りてきて、なし崩し的に食事を共にすることになった。
仲居さんの案内に従い、3人分用意された個室に通された。大小の皿に和食が並ぶ、品数の多い豪華な夕食。
「私は皿数が多い食事が大好きでね。別に盛られているのが沢庵でも梅干しでも良いんだ。それだけでおいしいんだよ」 父と同じようなことを言う。やはり兄弟、血は争えないと、少し安堵した。
「廣、呑むんだろ、ビールで良いか?好きなものを言いな」
「いえ、車ですので」
「送ってやるから心配はいらないが、本当に呑めるのか?下戸の血筋にしては珍しいな」
「ええ、弱いですよ。ノンアルコールを頂きます」
「じゃ俺はコーラだ。真美は呑むんだろ?」
「送らなくていいなら呑みますよ」
上品に盛り付けられた料理は見た目も良いが味も良かった。伯父はコーラでこれを食べるのか、と私は内心で思った。
「廣。お前もあまり帰ってないらしいな」
「まあ、結婚もしましたし、子供も今ちょうど…」
「私も同じだったよ。そういうもんだ、責めてるわけじゃない。」「故郷なのに、何かをしようにも、何ができるのか、何ができないのか、まるで違う場所に来たような感覚になるんだろう?ここに残った者たちは、昔のままに見える。そりゃあ毎日少しずつ変わってはいるだろうが、5年空けば一気に5年分の変化だ。」
「道とか店とか、変わってますしね。なんとなく居心地が悪いというか、良くしてくれるんですけど」
「良くしてもらってるが、根本的にそこじゃない感だよな。私の時は久しぶりに帰ったら、リフォームされてて住んでた実家なのにどこに何があるか全然わからん。ある時は私の部屋がお前の父の部屋になってたよ」と自嘲めいた笑みを浮かべた。
「そしてな、逆も同じなんだよ。」伯父は続けた。「地元を出て、俺たちは変わっても、彼らにとっては5年前の俺たちだ。だが向こうはホームの利もあり、何の変化もない前提だ。俺たちだって、地元に昔のままの故郷をどこかで求めている。でもそんなものはないんだ。5年経っても5年前のつもりで来るからな。それに合わせるのが大人なんだろうけど、私にはできなかったな。」
伯父の言葉に、私は深く頷きたい衝動に駆られた。全くその通りだと共感したくなる。漠然と感じていたものの正体が疎外感だとすれば、妙に納得できる。しかし、完全に同意するには、何か引っかかるものがあるのは伯父の言葉はまるで、全ての責任を地元に残った父たちに押し付けているようにも聞こえたからだ。
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