第6話 もう決めたから、がんばります!

「ただいまー」

美玖が玄関を開けると、パタパタとスリッパの音を立てて、母の智子が飛び出してきた。まるで、待ち構えていたかのようだった。


「どうなってるの! どうなったの! どうするの!」

矢継ぎ早に飛んでくる“どう”の連発攻撃に、美玖は思わずたじろいだ。


「お母さん、ちょっと、先に中に入らせて?」

少し引き気味に、智子を牽制する。


「いきなり出て行って! 心配するでしょ!? どこへ何しに行くか、何時に帰るか、それくらい伝えるのが常識よ!」


……うるさいなぁ。

美玖はうんざりしながら、「あとあと、それより先に着替えさせて!」と母の横をすり抜けて階段を上がった。

背後で不満げな小言が聞こえるが、気にしない。いちいち反応してたら、神経がすり減ってウツになりそうだ。

――自分は将来、もっと理解力のある、立派な母親になってみせる。美玖はそう、心に誓った。


部屋着に着替えてリビングに降りると、父・正也がコーヒーを飲んでいた。メガネ店の店長をしている父は、休日を家で過ごしていた。


「おかえり」

正也はいつもと変わらぬ口調でそう言った。


「美玖、そこに座りなさい」

母の智子が言う。その言い方はまるで、これから取り調べでも始まるかのようだ。

思わず、美玖と正也の眉間に同時にシワが寄った。


「母さんや、その言い方じゃ美玖も話せるもんも話せんだろ。もう一人の女性として、ちゃんと扱ってやろうや」

正也がやや苛立ち気味に、智子をたしなめる。


「だって……」

智子は少しふくれっ面でソファに座った。


美玖は紅茶のティーバッグをマグカップに入れて、ポットのお湯を注ぐ。

そしてゆっくりと両親の前の席に腰を下ろした。


二人の視線が自分に集中しているのを感じながら、美玖はティーバッグを上下に揺らしつつ、何から話そうか考える。

智子が口を開く前に、美玖は言った。


「わたし、採用されたの。明日から働くから」


唐突にそう切り出すと、案の定、智子が食いついた。


「働くって……どこに? なんて会社? 何するの?」


正也が口を挟もうとしたが、もう止めるのは無理と悟ったようだった。


「えーと、模型を作る会社で、アトリエ・ウイングってとこ。場所は隣の駅、鎌ヶ谷大仏駅から歩いて10分くらい」


紅茶をすすりながら、美玖は淡々と答える。


「……模型!?」

智子と正也が同時に声を上げた。


「それでね、3か月は試用期間で、時給は1200円。正式採用になったら、基本給23万って言われた」


「ほぉ、悪くないじゃないか。頑張れそうか?」

正也がうなずく。


「うん」


そう答えた美玖に、今度は智子が質問を重ねる。


「どんな人たちがいる会社なの? 何人くらいなの?」


「うーん、変な人が多いかも。人数はまだ全員に会ってないから、ちょとわからないけど、あまり多くないみたい。社長は、いい加減な人っぽかった……。それで、ブラックって言われた」


説明不足感が否めない発言に、案の定、智子が食いつく。


「変わった人?……いい加減?……ブラック……?」

そして間を置かずに、顔を強張らせて言った。


「お母さんは反対です! もっとちゃんとした会社にしなさい! あんた騙されてるのよ!」


来た来た……という顔で、美玖は一言。


「うるさーい! とにかく、もう決めたの! あそこで働く!」


その迫力に、智子も正也も思わず「……はい」と返事をした。

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