プロローグ③/格安物件の罠

最後の物件の内見に訪れたのは、夏の日もすっかり落ちた頃になった。

空には満月が昇り、柔らかな光を投げかけている。

「こちらです」

不動産屋の担当者が、鉄製の門扉を開く。

門の両脇には高い樹が緑の濃い影を落とし、ポーチへと続く前庭には丈の高い草が生い茂っていた。

「すっかり遅くなっちゃった」

前庭を縫うように続くアプローチを進みながらフィリーが月を見上げて言う。

「それにしてもびっくりしたよ、物件情報見せてもらってたら急にお店に入ってくるんだもん」

フィリーはくるっと後ろを振り向く。

そこには門扉をくぐるアロウとリルの姿があった。

リルがけらけらと笑う。

「店員さんたち、びっくりしてたよねー。アロウの顔がこわいから」

「…悪かったな」

アロウたちと別れて不動産屋へ向かったフィリーだったが、物件情報を見せてもらうとなったところで引き返してきたアロウたちが入店してきた。

「気が変わった」という彼と一緒に安い物件を探すことになったのだが、迫力ある長身男性のアロウに見下ろされて担当者があたふたしていた。

アロウの無言の圧とリルの厳しいチェックで物件は厳選され、3人は夕方から担当者とともに内見に向かったのだった。

「一人だったら明日も一日かけて見て回るところだったよ、助かっちゃった」

こんな時間まであちこち見て回れるのも、信頼できる2人が付き添ってくれたからだ。

ニコニコしながらありがとね、というフィリーにアロウはそっぽを向く。

「…別についでがあっただけだ」

「あれあれ、耳がちょっと赤いよアロウ?」

すかさずからかいに入るリルだが、アロウはリルに対しては容赦がない。

「お前は黙ってろ」

「むぐう…」

どこからともなく取り出した菓子をアロウに口に放り込まれて黙らせられた。

「…あ、これは…西部の老舗フラヴェルの飴ちゃんだね。おいしー」

お菓子の味に舌鼓を打つリル。

いつもの光景にフィリーは楽しそうに笑った。

「いいなー。アロウ、あたしにもちょうだい!」

「はいはい」

「皆様、こちらへどうぞ」

ポーチから担当者の声が響く。

庭を抜けると、蔦に覆われた古い2階建ての屋敷が月明かりに照らし出されていた。



担当者がカギを取り出し両開きの重厚な扉を開錠する。

「こちらの物件は昔の貴族階級のお屋敷ですが、現在は賃貸物件となっており、リフォームも完了しております。」

開かれた扉の向こうに、玄関からの光が差し込み照らし出す。

玄関ホールの右手には上階へと向かう階段。

右手と左手にはそれぞれ扉が並び、奥へと向かう廊下も見える。

「1階は主に共用スペースです。応接間とダイニングに図書室、キッチンやバスルームなどの水回りとなっております。」

担当者は玄関わきの操作盤へと歩み寄り、ぱちんとスイッチを入れる。

ぱっと魔導式の照明が灯った。

マホガニー調の建具に、落ち着いたグリーンの壁紙、古びた大きな壁かけ鏡。

フィリーはぱっと顔を輝かせる。

「わあ…素敵」

「2階には収納スペースと居室が6室あり、現在はすべて空室となっております。」

淡々と説明する担当者に対して、フィリーは興奮気味に尋ねる。

「こんな素敵なお屋敷、本当に借りれるんですか!?」

「郊外で交通の便が多少悪いということもありますし、その…今管理人が不在でして。」

歯切れの悪い担当者に対して、リルが何気なく問いかける。

「この物件、"告知義務"とかないの?」

「告知義務?」

「なんだそれ?」

フィリーとアロウが聞きなれない言葉に首をかしげる。

一方でリルの言葉に、担当者は動揺した表情を浮かべる。

"告知義務"―それは最近できた制度で、不動産に欠陥や不具合がある場合、利用者にあらかじめ教えなければならない、というものだ。

アロウがじろりと担当者を見下ろす。

「それで、この物件にはその告知義務はあるのか?」

「はい、その…ございます。」

別に普通に尋ねる以上の意図はないのだが、見下ろされた担当者は勝手に落ち着かない様子になる。

「どんなことですか?多少の不便なら構いませんけど!」

この物件が気に入った様子のフィリーは興味津々といった様子だ。

「その……」

「もしかして『出る』とか?」

面白半分といった風で横から口出ししたリルの声に、担当者の動きが止まる。

―図星のようだ。

「『出る』?」

きょとんとするフィリー。

その後ろでアロウが顔色を変えている。

「それってまさか……」

「お化けが出るってことでしょ。」

当たり前のように言うリルの言葉に、アロウが体勢を崩して壁にぶつかった。

「アロウ?どしたの?」

振り返ったフィリーがいぶかしげに尋ねる。

「…やめよう、フィリー。」

「ええーなんで?お化けっていっても、悪さしなければよくない!?」

「ちなみにどんなのが『出る』のかな?」

リルが担当者に尋ねると、あきらめたように担当者は説明を始めた―

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