日常エピソード/1話読切
なかなおりの魔法
※本作には登場人物同士が子供っぽいケンカをして悪口を言ったり、物の投げ合いや直撃などの騒がしいシーンがありますが、ギャグ描写です。
登場人物たちは基本的に仲良しですので、ご安心ください。
これは、月光荘という貸物件にアロウ、リル、フィリーが一時的に入居することになった、その少し後のお話。
リルは外ではミステリアスな美青年で通っていたが、自分のテリトリー(家)では怠惰でダメダメで、めちゃくちゃ子供っぽい。
今日もくだらないことでアロウにつっかかり、ケンカをしていた。
月光荘の静かな夜。
その静寂を破ったのはリルの透き通った声だった。
「アロウのバーカ!」
キーン、と耳鳴りがするほどの音量。
アロウとフィリーはすかさず耳に手を当ててその衝撃をやり過ごす。
しかし、それだけでは終わらない。
「いけっ!とんでけ!!」
「いっってえ!おいこらリル、物投げんな!しかも魔法付与したやつ混ぜんな!」
本やらチリトリやら食器やら、どこから出てきたのかも不明なトゲの生えた謎の物体まで。
そこらにあったいろんなものがアロウめがけて飛んでくる。
フィリーは慌ててダイニングテーブルの下に避難。その直後、ゴンッと鈍い音がした。
恐る恐るテーブルの下から覗くと、長身を折りたたむようにしゃがみ込んでいるアロウが見えた。
彼の手には金属製の缶。
あれが命中したのならそりゃ痛い。
「おまっ…いい加減にしろよコラ…」
アロウの低い声が、ますます低くなる。
「知らない!」
そう叫ぶと、リルはダイニングを飛び出した。
足音が階段を駆け上がり、バンッと扉が閉まる音がした。
自室に篭城するようだ。
「今日はまた随分とやりたい放題だったね」
フィリーはテーブルの下から這い出て、キッチンに向かう。
シンクで濡れタオルを作り、椅子の上で脱力しているアロウに渡すと、彼はそれを顔に押し当てて天を仰いだ。
「…今日は満月だからな」
ぽつりと言葉が漏れる。
「満月…だと調子悪いの?」
「…そんな感じだ」
あいつも色々あるんだよ、とアロウは呟いた。
顔がタオルに隠れていてその表情は見えない。
フィリーはなんとなくそれ以上聞いてはいけない気がして話題をそらす。
「ふーん…それにしても子供っぽいなあ。あーあ、これ片付けないと」
「後で俺がやるからいい。お前は寝ろ」
言って椅子をがたがたと引いてアロウは立ち上がる。
ついでに直撃を受けた缶を元の場所に戻そうとして…
「…ん?開かねえな、これ」
「どしたの?」
フィリーがのぞき込む。
それは、星と月の装飾がきれいな正方形の缶。
握力の強いアロウが本気で力を入れているが、そもそもへこんだりする様子もない。
「…それ、封印魔法かかってない?」
「は?……あ、ほんとだ!隠蔽魔法までかけてやがる!」
文句をいいながら、アロウはリビングにある戸棚の方へ歩いていく。
解錠用の魔導工具を使うつもりのようだ。
フィリーはそれを追いかけながらクスクス笑う。
「ね、それリルのお菓子入れだよね?」
「…そうだが?」
それが何か?という表情をしていたが、アロウの目は微妙に泳いでいる。
「いつもそれの中身、補充してるのアロウでしょ?」
「…そうだよ」
ぶっきらぼうに答えてアロウは口をへの字に曲げる。
ケンカをしていてもお菓子缶の補充は忘れない。
妙に律儀なのだった。
「この封印魔法、リルがかけたんだね。…きっと開けてほしいんだ」
「知ってるよ…」
めちゃくちゃ疲れた声で言いつつ、棚から工具を取り出したアロウは、箱を手にテーブルへと向かう。
これから作業をするようだ。
「明日朝早いんだろ、片付けはいいから寝てくれ」ひらひらと手を振って「あっち行け」のジェスチャーをするアロウ。
邪魔しても悪いだろう。フィリーは素直に答える。
「わかった、じゃあ寝るね。おやすみ」
「ああ、おやすみ。」
フィリーが部屋を出る時振り返ると、アロウはブツブツ文句を言いながら箱と格闘していた。
「……くっそこれ本当に開かねえな。封印何重だよ」
その晩、明け方近くまでリビングの明かりはついていた。
翌朝。
キッチンから鼻歌が聞こえてくる。
出かける支度をして部屋を出てきたフィリーは、半開きのドア越しにダイニングにつながるキッチンをそっと覗いた。
コンロの前ではリルが何か作っている。
あたりには甘ったるい匂いが漂っていた。彼の好物のパンケーキなのだろう。
その後ろ、ダイニングテーブルには昨夜のお菓子の缶が蓋を開けたまま転がっていた。
中身はぎっしりどころか、机の上に溢れている。
そして、その向こうのリビングのソファではアロウがうつぶせで沈没していた。
…昨日は大変な作業だったようだ。
(でも、なかなおりできたんだね。)
フィリーはリビングに向かって声をかける。
「いってきまーす!」
リルは肩越しに振り返り、「いってらっしゃーい♪」とごきげんな声を返してくる。
昨日のことなどどこ吹く風、といったキラキラ笑顔が眩しい。
一方でソファの上のアロウは、うつぶせのまま片手をけだるげに上げている。
「いってら…」
なんかくぐもった声が聞こえた。まだお疲れのようだ。
庭を抜け、門をくぐりながらフィリーは考える。
今晩のメニューは2人が好きだと言ってくれたシチューにしようかな。
買い物ついでにお菓子も買ってこよう。
みんなで食べたらきっとおいしい。
―今日もみんなでなかよくできますように。
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