『【朗報】転生チートで剣も魔法も即・世界最強! 邪神も魔王もワンパン無双してたら、各国の王女騎士にエルフ王女、果ては元敵国の姫まで俺にベタ惚れでハーレム状態なんだが、どうすればいい?』
第9話:オアシスの街『シフル』、束の間の安息と謎の視線
第9話:オアシスの街『シフル』、束の間の安息と謎の視線
吹き荒れていた砂嵐は、カイが歩き始めてから一時間ほど経過した頃、まるで何事もなかったかのように嘘のように収まった。つい先ほどまで世界を覆い尽くしていた黄土色の帳は完全に消え去り、突き抜けるような紺碧の空が、どこまでも高く、そして広く広がっていた。
しかし、嵐が去ったからといって、アズラエル大砂漠の厳しさが和らぐわけではない。むしろ、砂塵というフィルターを失った太陽は、その本来の力を取り戻し、容赦のない熱線となって大地を焼き尽くし始めた。空気は乾ききり、遠くの砂丘は陽炎で蜃気楼のように揺らめいている。風が作り出した美しい風紋だけが、先ほどの嵐の激しさを物語っていた。
ゴーゴーという風の咆哮が消えた世界は、耳が痛くなるほどの静寂に包まれていた。聞こえるのは、熱せられた砂の上を歩くカイ自身の足音と、彼の腕の中でか細い寝息を立てる少女の呼吸音だけだ。
強烈な日差しが再び大地を照りつけ、カイのマントの影からわずかに覗く少女の額には、玉のような汗が滲み始めていた。カイは時折立ち止まり、魔法で作り出した清浄な水を含ませた布で、そっとその汗を拭ってやる。氷のように冷たかった彼女の肌は、今は逆に熱を持ち始めていた。衰弱した体には、この急激な温度変化も大きな負担となるだろう。
(急がねば…)
カイの心には、焦燥感が募っていた。彼の記憶は、かつて辺境の街フロンティアの冒険者ギルドで見た、古びた羊皮紙の地図を正確に再生していた。この方角に、間違いなくオアシスがある。その名は「シフル」。砂漠を横断する隊商たちが命を繋ぐ、貴重な中継地だ。
カイ自身の強靭な肉体と、前の人生から引き継いだ経験をもってすれば、常人ならば数日を要するこの距離も、半日とかからずに踏破できる自信があった。だが、問題は彼自身の体力ではない。腕の中にいる、この儚い命だ。一刻も早く、安全な場所で、清潔な寝床と栄養のある食事を与えてやりたかった。
彼は歩き続けた。単調な砂の景色がどこまでも続く。しかし、彼の思考は決して単調ではなかった。腕の中の少女の存在が、彼の心を絶えず揺さぶっていた。その驚くほどの軽さ、規則正しいのか不規則なのか判別しがたい呼吸のリズム、時折苦しげに漏れる小さなうめき声。そのすべてが、カイの庇護欲を強く刺激し、彼に「守るべきもの」の存在を明確に意識させた。
これは、彼が前の人生で、そしてこの新たな人生でさえも、久しく忘れていた感覚だった。常に独りで立ち、独りで戦い、独りで生き抜いてきた。誰かを守るという行為は、すなわち弱点を抱えることと同義だと、彼は考えてきた。しかし今、この腕の中の重みは、不思議と彼に力を与えているように感じられた。
太陽が天頂をわずかに過ぎ、影がゆっくりと東に傾き始めた頃。
乾ききった砂の地平線の彼方に、カイはそれを見つけた。陽炎で揺らめく、ぼんやりとした緑の帯。それは、砂漠が旅人に見せる残酷な幻、蜃気楼ではない。どれだけ目を凝らしても消えることのない、確かな生命の色彩だった。
希望の光が見えたことで、カイの足取りは一層力強くなる。近づくにつれて、その緑はより鮮やかになり、輪郭をはっきりとさせていった。
そこには、天に向かって伸びる椰子のような木々が生い茂り、その葉が乾いた風に揺れてサラサラと心地よい音を立てている。風の匂いが変わった。今まで鼻腔を満たしていた乾いた砂の匂いに、湿った土の香り、そして植物の放つ青々しい生命の香りが混じり始めたのだ。
やがて、木々の中心に、太陽の光を反射してきらめく、紺碧の湖が見えてきた。そしてその湖を取り囲むように、日干しレンガで作られた素朴で、しかし頑丈そうな家々が肩を寄せ合うように集まっている。
シフルの街だ。
フロンティアのような石造りの堅牢な城壁や、活気に満ちた喧騒はない。しかし、この街には、過酷な砂漠の中で生きる人々が築き上げた、独特の落ち着いた活気が満ちていた。家々の窓辺には色鮮やかな花が植えられた鉢が置かれ、壁には幾何学模様の美しい装飾が施されている。それは、厳しい環境の中だからこそ育まれた、ささやかな彩りと生活の知恵の証だった。
カイが街の入り口に差しかかると、建物の日陰で籐椅子に座り、水煙草をくゆらせていた門番代わりの老人や、湖で水を汲み、大きな水甕を頭に乗せて運んでいた女性たちが、彼の姿に気づいて一斉に動きを止めた。
彼らの視線は、まずカイの屈強とは言えないまでも、その立ち姿から放たれるただならぬ強者の雰囲気に注がれた。砂漠を独りで、しかも手ぶらに近い格好で横断してきたその事実だけで、彼が並の旅人でないことは明らかだった。
しかし、次の瞬間、彼らの視線は釘付けになった。カイの腕に、まるで聖母に抱かれる赤子のように、安らかに眠る少女の姿に。
街の人々は、誰もが息を呑んだ。
その類稀なる美しさは、砂と埃に塗れ、旅の疲れでやつれていてもなお、見る者を圧倒するほどの力を秘めていた。陽光を知らぬかのような白い肌、濡羽色の髪、閉じられた瞼を縁取る長い睫毛。まるで物語の中から抜け出してきたかのようなその存在は、砂漠の民の素朴な日常の中に、突如として現れた奇跡のように映った。
囁き声が聞こえる。あれはどこの国の姫君だろうか。いや、あるいは砂漠の精霊が人の姿をとっているのかもしれない。驚嘆、好奇心、そして少しばかりの畏怖。様々な感情が入り混じった視線が、カイと少女に集中した。
しかし、その視線の中に、敵意や下劣な好奇心は感じられなかった。彼らはカイの、少女を気遣う真摯で優しい眼差しを見て取っていた。力ある者が、弱き者を庇護するその姿は、厳しい自然と共に生きる彼らにとって、尊敬に値する行為だったのだ。
「旅の方、そのお方は…ご息女か何かで?」
一番近くで水を汲んでいた、顔に深い皺を刻んだ老婆が、心配そうに、しかし敬意のこもった声でカイに話しかけてきた。その瞳は、長年の労苦と慈愛に満ちていた。
「いや、砂漠で倒れているところを保護したんだ」カイは歩みを止め、老婆に向き直ると、簡潔に、しかし穏やかな声で答えた。「ひどく衰弱している。この街に医者はいるだろうか? それと、休ませるための宿も取りたいのだが」
カイの言葉を聞いた老婆の表情が、即座に厳しいものに変わった。砂漠で倒れることが何を意味するか、彼女は誰よりもよく知っている。
「まあ、なんということじゃ…。それは一大事じゃわい!」
老婆はすぐに近くで遊んでいた若者に鋭い声で何かを叫んだ。アラビア語に似た、この地方の言葉だろう。若者はこくりと頷くと、電光石火の速さで街の奥へと走り去っていった。おそらく、医者を呼びに行かせたのだろう。
「ささ、こちらへ。街で一番静かで清潔な宿へご案内しますじゃ。医者の先生も、すぐにお越しになるでしょう」
老婆は自らの水汲みの仕事もそっちのけで、カイを先導し始めた。周囲の人々も、道を開け、心配そうな顔で一行を見送っている。この小さな共同体全体が、見ず知らずの衰弱した少女を救おうとしているかのようだった。
老婆に案内されて歩くシフルの街は、カイの目に興味深く映った。道は迷路のように入り組んでいるが、不思議と息苦しさはなく、建物の配置が巧みに日陰を作り出し、風の通り道となっている。道の両脇には、香辛料や干物、色鮮やかな織物を売る小さな店が並び、独特の異国情緒を醸し出していた。
やがて老婆が足を止めたのは、街の中心から少し外れた、静かな一角に佇む一軒の宿屋の前だった。
「砂漠の月影亭」
彫りの深い木製の看板には、そう刻まれている。蔦の絡まる壁と、青く塗られた木製の扉が印象的な、こぢんまりとした宿だった。しかし、その佇まいからは、主人の丁寧な仕事ぶりと、旅人への細やかな心遣いが感じられた。
中に入ると、ひんやりとした涼やかな空気がカイの火照った体を包み込んだ。外の灼熱が嘘のようだ。薄暗い室内には、ランプの柔らかな光が灯り、石畳の床は綺麗に磨き上げられている。空気中には、ミントティーのような爽やかな香りと、どこかの部屋から漏れ聞こえる調理中のスパイスの香りが混じり合って漂っていた。
「主! 急ぎのお客だよ!」
老婆の声に応えて、カウンターの奥から人の良さそうな、恰幅のいい中年男性が顔を出した。
「おお、お帰り、ハディージャのお婆さん。そちらの方は?」
主人はカイに気づくと、一瞬その強者のオーラに目を細めたが、すぐにカイの腕の中の少女に気づき、表情を変えた。
カイが簡潔に事情を説明すると、主人は眉をひそめ、「それは大変だ!」と即座に行動を開始した。
「奥の一番静かな部屋をお使いください。すぐにベッドの用意を。それから、冷たい飲み水と、体を拭くための綺麗な布をすぐに持ってこさせます。代金のことなど、後で結構ですから!」
その対応は迅速かつ的確で、金儲けよりも人助けを優先する、誠実な人柄がにじみ出ていた。カイは、この街と、ここに住む人々の温かさに、少しだけ心が和むのを感じた。
案内された部屋は、宿の最も奥まった場所にあり、中庭に面していた。窓の外では、小さな噴水が涼しげな水音を立て、色とりどりのブーゲンビリアの花が咲き乱れている。部屋の中は質素だが、隅々まで掃除が行き届いており、ベッドには清潔なリネンが用意されていた。
カイはそっと少女をベッドに横たえた。ふかふかのベッドに体を預けたことで、彼女の表情がほんの少しだけ和らいだように見えた。
ほどなくして、宿の主人が言った通り、冷たい水差しと濡れた布が入った桶が届けられた。そして、それと入れ違うようにして、先ほどの若者に連れられた医者が部屋に入ってきた。
医者は、腰の曲がった、白髪と長い髭をたくわえた穏やかな目をした老人だった。しかし、その足取りは確かで、手に持った革鞄には長年の経験が染みついているようだった。
「わしがこの街の医者、ユスフじゃ。話は聞いた。さて、お嬢さんを診せてもらおうかの」
ユスフと名乗った老医師は、カイに一礼すると、早速ベッドのそばに座り、手際よく診察を始めた。まず、少女の瞼を開いて瞳孔の反応を確認し、次に首筋に指を当てて脈を測る。そして、聴診器のような原始的な道具を胸に当て、呼吸音にじっと耳を澄ませた。その一連の動きには一切の無駄がなく、熟練の技が感じられた。
カイは黙ってその様子を見守っていた。老医師は、時折「ふむ」「うむ」と唸りながらも、冷静に診察を続けていく。やがて彼は、持参した革鞄から小さな乳鉢と薬研を取り出すと、数種類の乾燥した薬草を素早く調合し始めた。すり潰された薬草からは、独特の、しかし不快ではない香りが立ち上る。
「…ひどい衰弱じゃが、幸い、命に別状はなさそうだ」
診察を終えたユスフは、安堵の息を漏らしながらカイに向き直った。
「じゃが、しばらくは絶対安静が必要じゃな。何日も、おそらくは三日以上、飲まず食わずで灼熱の砂漠を彷徨っていたようじゃ。体力も抵抗力も、極限まで落ちておる。旅の方、よくぞこの娘さんを見つけてくだされた。あと半日遅ければ、危なかったやもしれん」
ユスフはカイに対し、心からの敬意を込めて深く頭を下げた。
「何か、彼女の身元が分かるようなものはありましたか?」
カイが最も気になっていたことを尋ねると、ユスフはゆっくりと首を横に振った。
「いや、持ち物らしい持ち物は、何も…。ただ…」と言って、ユスフは少女が身にまとっているボロボロの布の切れ端を、慎重な手つきでつまみ上げた。「この布じゃ。一見するとただの粗末な旅装束に見えるが、これは違う。この光沢、この手触り…おそらくは『海シルク』と呼ばれる、非常に希少で高価な素材じゃ。これを織る技術は、東の果てにあるごく一部の国にしか伝わっておらん。これほどのものを身に着けておられるということは、おそらくは相当に高貴な身分の方かもしれんのぅ」
海シルク。カイもその名は聞いたことがあった。幻の繊維とも呼ばれ、王侯貴族でさえ手に入れるのが難しい代物だ。そんなものを、なぜこんな砂漠で倒れていた少女が身につけているのか。謎は深まるばかりだった。
ユスフは、煎じた薬を宿の女中に頼んでゆっくりと少女に飲ませ、さらに冷却効果と栄養補給の効果があるという緑色の軟膏を額に塗り、湿布を貼った。
「今夜が峠じゃろう。熱が下がり、明日無事に意識が戻れば、ひとまずは安心じゃ。わしは一度戻るが、何かあればすぐに呼びに来てくだされ」
そう言い残し、ユスフは静かに部屋を去っていった。
カイは宿の主人に、消化の良いスープとパン、そして自分用の食事を部屋へ運んでもらうよう頼むと、再び少女の傍らに置かれた椅子に腰を下ろした。
部屋の中は、ランプの灯りが優しく揺れる静かな空間だった。窓の外からは、夜の訪れを告げる虫の声と、中庭の噴水のせせらぎが聞こえてくる。カイは、ただ静かに少女の呼吸を見守っていた。規則的になった寝息を聞いていると、彼自身の張り詰めていた緊張も、少しずつ解けていくようだった。
数時間が経過し、夜がすっかり更けた頃。
それまで安らかに眠っているように見えた少女の睫毛が、微かに震えた。そして、重い瞼がゆっくりと、本当にゆっくりと持ち上がった。
現れたのは、夜明け前の空のように深く、そして澄んだ紫水晶の瞳だった。
最初は、焦点が合わず、虚ろに天井を見つめていた瞳が、やがてゆっくりと動き、部屋の様子を探るように彷徨った後、すぐそばに座っていたカイの存在を捉えた。
その瞳に、一瞬、鋭い光が宿る。しかしそれはすぐに消え、深い疲労と混乱の色に変わった。少女は何かを確かめるように、小さく、そして掠れた声で呟いた。
「…………ここは…?」
その声は、長い間声帯を使っていなかったかのように乾いており、か細く、風が吹けば消えてしまいそうだった。
「シフルという砂漠の街だ。君は砂漠で倒れていた。ここは宿屋の一室だよ。もう安全だ」
カイは、彼女を驚かせないように、できる限り優しく、穏やかな声で語りかけた。
カイの言葉を理解したのか、少女は再び何かを言おうとして、乾いた唇をわずかに動かした。しかし、言葉は音にならず、ただ黙ってカイの顔を見つめ返すだけだった。
その瞳。そこには、深い疲労の色と共に、安堵とは違う、何かを強く警戒するような光が宿っていた。それはまるで、見知らぬ場所で見知らぬ人間に遭遇した、傷ついた獣のような目だった。同時に、その奥には、決して他人には触れさせない、固く閉ざされた何かを隠しているような、複雑な光が見て取れた。
(記憶がないのか、それとも語りたくないのか…まあ、どちらにせよ、今無理に聞く必要もあるまい)
カイは直感的に、彼女の過去に踏み込むべきではないと判断した。今はただ、心と体を休ませることが最優先だ。
彼はそれ以上何も尋ねず、「腹が減っているだろう。医者の許可も出ている。消化の良いスープを頼んであるから、少しでも食べるといい」とだけ告げた。
宿の者が運んできた、鶏肉と野菜を煮込んだ温かいスープを、カイは匙ですくい、少女の口元へと運んだ。少女は最初、躊躇うようにカイの手とスープを交互に見ていたが、やがて諦めたように小さく口を開けた。
一口、また一口。ゆっくりとしたペースだったが、彼女がスープを口に運べるようになったのを見届けてから、カイは自分の分の食事も済ませ、不足した物資を調達するために、一度部屋を出ることにした。
「少し街を見てくる。すぐに戻るから、ゆっくり休んでいるといい」
少女は何も答えなかったが、こくりと小さく頷いたように見えた。
夜のシフルの街は、昼間の活気とはまた違う、落ち着いた顔を見せていた。家々の窓からはランプの温かい光が漏れ、道端では男たちが集まって談笑している。どこからか、リュートに似た弦楽器の物悲しい音色と、それに合わせた低い歌声が流れてきた。
小さな街だが、砂漠の民の生活に必要なものは一通り揃っている。カイは市場へ向かい、新しい水袋に新鮮な水を満たし、保存食である干し肉と干し果物、そして念のために数種類の薬草を買い求めた。
カイが市場の隅にある井戸で水袋を受け取り、代金を払っていた、その時だった。
ふと、背後に誰かの視線を感じた。
それは、街の人々が向ける好奇心や、物珍しそうな視線とは全く質の違うものだった。明確な殺意や敵意ではない。だが、まるで蜘蛛の糸のように粘りつくような、執拗に内側を探ってくるような、異様な気配。不快で、そしてどこか冷たい、無機質な関心。
(…ん?)
カイは、金を払う手を止めずに、気配だけを研ぎ澄ませた。視線は、自分自身と、そしておそらくは自分が今出てきた宿の方向、そこにいるあの少女に向けられている。
彼は受け取った水袋を肩に担ぐと、何気ない動作で、しかし電光石火の速さで振り返った。
しかし、そこに広がるのは、相変わらず雑多な人々が行き交う夜の市場の風景だけだった。香辛料を売る商人、客引きをする男、家路を急ぐ親子。特に怪しい人物は見当たらない。誰もが、ごく普通の日常を送っているように見えた。
だが、カイは確かに感じたのだ。一瞬だけ、自分とあの少女に向けられた、尋常ならざる関心の視線を。そして、自分が振り返った瞬間に、その気配はすっと消えた。まるで、影が闇に溶けるように。
(気のせいか…? いや、あの感覚は…忘れようがない)
カイの脳裏に、フロンティアのギルドで感じた、あの不気味な気配が鮮明に蘇った。謎の男A。その正体も目的も不明だが、あの時感じた気配の質と、今感じたものは酷似していた。執拗で、こちらの内面まで見透かそうとするような、無感情な探求心。
確証はない。だが、偶然と考えるには、あまりにもタイミングが良すぎる。
カイは眉をひそめ、人混みの中に鋭い視線を走らせた。彼の動体視力は常人のそれを遥かに凌駕している。わずかな挙動の不審も見逃さないはずだった。しかし、結局その視線の主を特定することはできなかった。相手は相当な手練れだ。自分の気配を完全に消す術を心得ている。
一抹の、しかし無視できない不安を胸に、カイは宿屋への道を急いだ。
「砂漠の月影亭」に戻ると、宿の主人がカウンターで帳簿をつけていた。カイが部屋に戻ることを告げると、主人はにこやかに「お嬢さんのご様子は、先ほど女中が見に行きましたが、静かにお休みでしたよ」と教えてくれた。
カイは礼を言うと、静かに自室の扉を開けた。
部屋の中は、彼が出て行った時と変わらず、ランプの灯りが静かに揺れていた。ベッドの上で、少女は穏やかな寝息を立てて眠りについていた。その頬には、スープを飲んだおかげか、ほんの少しだけ血の気が戻っているように見える。
その穢れのない寝顔は、やはりこの世のものとは思えないほど美しく、そしてどこか儚げだった。カイは、自分が無意識のうちに、彼女から目を離せなくなっていることに気づいた。この存在を守らねばならない、という強い想いが、再び彼の胸に込み上げてくる。
(一体、何者なんだ、この娘は…? そして、さっきの市場での視線は…)
束の間の安息の地だと思っていたオアシスの街で、カイは新たな謎と、見えざる脅威の気配を感じ始めていた。
少女の素性。彼女が持つ不可解な力。そして、彼女を追っているかもしれない謎の影。
この出会いが、決して平穏なだけの旅にならないことだけは、もはや確かなようだ。
カイは、夜の静寂の中で静かにため息をついた。そして、椅子に深く腰掛け、眠る少女の顔を見守りながら、これからのことを考える。
夜はまだ長い。そして、彼らの旅も、まだ始まったばかりだった。
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