白虎の娘、後宮に入る

ささやん

第1話 序章(妄想)

となりから静かな寝息が聞こえ始めた。

今まで騒いでいた8歳下の妹の春夏(シュンカ)がやっと眠りに落ちてくれた。

「おやすみ」

春夏の布団を掛け直して私は身体を起こす。

布団から出るとさすがに冷えが来るけど冬にはもう少しある。

木戸の隙間から月が布団の上に光の筋を引いている。

隣の部屋で母が私の祭りの衣裳を仕立てている音がする。

この山の中の集落でも秋麦の収穫後に祭りがある。

それで秋は終わり、あとは春を待つだけ。

だから賑やかな祭りになる。

祭りでは来年15歳の娘は着飾って嫁入りができる事をお披露目するのだ。

去年までは、綺麗な衣裳の集落のお姉さんたちを見て羨ましかった。

ただ自分の番となると、ちょっとね。

<だいたい>

ここは小さな集落だから既に適齢期の相手はだいたい顔見知りなんだけど。

それが良いのか悪いのか、ちょっとね。

<結婚かぁ>

今日もまた眼が冴えてしまった。

実は、私はここの産まれではないのは確か、多分ね。

肩が冷えたので布団に入り直して鼻から息を吐く。

確かに両親、私、弟、妹で貧しくもこの集落でつつましく生きている。

そして私も集落の男と結婚して末永くここで暮らしましたとさではつまらない。

<そう思わない?>

だから、私は妄想を繰り返す。せめて嫁入りが決まるまではいいじゃない。

母は都の人で父はこの集落の出の人だ。

これは本当の事らしい、村の人の態度でわかる。。

どうやら私が産まれて父の故郷に戻ってきたそうだ。

ここからが妄想が入りやすいのよね。

どうやら私の母は本当の母ではないらしい。

ちょっとこの妄想には無理があるかな。

でもね、ここで産まれた弟や妹とは私は似ていないもの。

<これだわ、これ>

眼は瞑っているけど妄想はそう、筋が通るやつを考える。

そもそも両親の出会いを教えてくれない。

どちらに聞いても笑ってはぐらかされる。何度も聞くと怒られた。

これは妄想じゃなく事実、教えてくれないもの。

なら、勝手に作る。

きっと母は私を連れて都落ちしたのだ。

父は母を助けて恋に落ちたに違いない。

なら都落ちの理由は何にしよう、いや何だろう?

そうだ、もしかしたら今の母は私の乳母かもしれない。

実は私は偉い貴族の子供かもしれない。

私は眼を開けて自分の白い指を眺める。

これは魅力的な妄想だわ。

思わず目を瞑りながら軽く笑ってしまった。

幸いその声は隣の部屋の母には聞こえなかったようなので、続きを考える。

例えば帝が下級の女官に産ませた子だとか名のある武将が帝の妹を嫁にして、あぁ、その先の話が思い付かない。宮廷の事なんか私、全然知らないもの。

とにかく貴族同士の争いに巻き込まれた事にしよう。

その問題は私が産まれた事なのだ。

うん、これはなかなかいい。

そしてある晩、屋敷に夜襲が掛けられ火を放たれた。

不幸にも(ごめんなさいね)実の母は夜襲の一人に殺されてしまう。

その間に燃え盛る屋敷を後に、私を抱えた(今の)母は命からがら都を離れた。

私は妹に布団を掛け直しながら考える。

<ここまでの妄想に矛盾は無いはずよね>

そんな風に本当の両親が大勢の家臣を従えながら私をいつか迎えに来てくれるはずと信じて14歳の秋になった。私の妄想はずっと妄想のままだった。

さすがに欠伸が止まらず瞼が重い。

部屋の扉が少し空いたのが静かに閉まった。

明日も朝から畑仕事が待っているのだ。このくらいにしておこう。

私も眠気に身を任せる事にした。


昼までたっぷり畑仕事をして、昼から私はお寺に向う。

仕事ではなく習い事をしているの。

母は他の集落の母親よりも私の教育には熱心なのだ。

寝る前の妄想はともかく母は都の育ちなのは間違いない。

しかも裕福だったと思う。

だって母が高価な髪飾りや指輪をいくつか持っているのを知っている。

おっとこれは内緒の話だった。

それに私の名前も集落の娘らしくない。

都で名付けられたのだろう。

私の名前は琥珀(コハク)なんだけど漢字で書くと難しくて大変なのよ。

黄色っぽい宝石らしい。この山のどこかで採れたという話もあるけど見たことはないわ。

覚え方として王と王女に飼われている白い虎とか、母が教えてくれた。

聞けば聞くほど名前負けしている。水晶とかに抑えておいて欲しかった。

そんな事を言われたからか私の夢に白い虎が現れる事がたまにある。

それは私だ。もっともそれを見ているのも私。夢だからそんなものかと思う。

ちなみに母親の名前は、紫苑 (シオン)。こんな名前は都育ちと分かる。

一方、父親は星 (セイ)、簡単だわ。

私は父様も好き。

ただ私の妄想から外れているのよ。

そんな事を考えながら寺の門をくぐった。

集落唯一の寺では住職が子供達に色々教えている。

算術や書物を読み聞かせたり祭りの前には楽器の使い方を子供達に教えている。

気が付けば私だけがここ数年ずっと通っている。

それで新入りの教育係も任されていた。

教育係も悪くはないわ。手間賃として御菓子を頂けるから。

そして夕暮れ前には寺の門を出て近道の畑のあぜ道を抜けて家路を急いだ。

その途中で、山からの帰りの父と弟の健(ケン)に出会った。

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