模倣騎士、21
――光と水の訓練空間――
朝の光が穏やかにホテルのロビーに差し込んでいる。早くも数組の探索者が出発準備を整えており、空気はほどよい緊張感に満ちていた。
ミームカンパニーのメンバーもまた、チェックアウトを終えてロビーの隅に集合している。全員、ブレザーに腕を通し制服を整えていた。
まだ不慣れな遠征に胸を躍らせつつも、その瞳にはしっかりと使命感が宿っている。
「んふふ、いよいよ本番って感じじゃん! 超楽しみっ!」
アヤメが軽くジャンプしながら伸びをして、朝の気配を全身で受け止める。
「楽しみなのはいいけど、いきなり飛ばすなよ? まずは様子見からな」
縁がゆったりとした口調でなだめるように微笑む。装備の盾を確かめつつ、仲間を見守る目つきは穏やかだった。
「今日は素材メインだよね。拾えるものは全部持ってく。罠の材料になるし、重要アイテムも多そうだし」
赤坂はいつも通りの静かな口調でバッグを確認する。フードの影から覗く目は、もう周囲の安全を確かめるスカウトモードに入っていた。
「それにしてもさー、こうして本当に遠征ってなると、なんか気合入るよね」
綾がふっと笑い、金髪のツインテールを軽く揺らす。
「うん……。外で泊まるだけでも、けっこうドキドキしたよね」
みつきが頷き、ちょっとだけ頬を赤くする。
「あ、そうだ。ここ湖だから、水辺は滑りやすいって先生も言ってた。足元には気をつけて」
つかさが真面目に注意を促す。その姿に、柊が小さく笑みをこぼす。
「まぁ、最初は慎重にいこう。いきなり戦闘になる可能性もあるから、隊列崩さずに」
タブレットで周囲の地図情報を再確認しながら、柊が冷静にメンバーに指示を出した。
「よし……じゃあ、そろそろ行こうか」
照人は仲間をぐるりと見渡し、一呼吸。リーダーとしての覚悟を、深く静かに胸に刻む。
――ここから、本当の冒険が始まる。
「ミームカンパニー、《星燈の湖》初探索、開始!」
彼らの声が、朝の澄んだ空気の中を鮮やかに駆け抜けた。
【第一区画:灯りの浜辺】
湖の入口ゲートを抜けると、ふわりと優しい風が肌を撫でた。
視界いっぱいに広がるのは、まるで星空そのものを水面に映したかのような幻想的な光景だ。
緩やかな波がさらさらと音を立てて浜辺に打ち寄せ、金色の砂に星屑のような光を撒いては静かに消えてゆく。
水面に漂う蛍光の貝殻や青白い藻が、まるで生きているかのようにほのかに揺らめき、時折、湖底から星の欠片めいた光の泡がぽつりぽつりと浮かび上がってくる。
「――うわぁ……」
思わず漏れたつかさの感嘆は、星灯に包まれた空気の中に静かに溶け込んでいった。
「やば……何これ、超きれいなんだけど……」
綾もさすがにいつものギャル口調が抑えめになり、ぽかんとしたような表情で湖を見渡している。その瞳には、遠征前の期待以上の景色が映っていた。
そんな二人とは対照的に、柊は早くも冷静さを取り戻して周囲を警戒する。
「見通しは悪くない。気温も問題なさそうだ。でも足場は濡れて滑りやすいから気をつけろ。浮かれて転ぶなよ?」
柊は眼鏡を軽く指で押し上げ、ぴしゃりと忠告する。いつもの理屈っぽさとちょっとだけツンとした口調も健在だ。
アヤメはその傍らで魔力の感触を確かめるように手をかざした。指先からこぼれ出す小さな魔法陣が、星のような粒子をきらきらと舞い散らす。
「魔力の流れ、軽くていい感じなんだけど……うーん、ちょっと散りやすいかも? 詠唱に時間かけすぎると逆に不発になりそう」
アヤメはふわりとした髪を掻きながら首を傾げる。それでも困ったような笑顔はどこか楽しげで、魔力の手応えを楽しんでいるようだった。
「星の魔力、きっと光系と相性いいよ。みつきちゃん、チャンスだね」
照人がにこやかに振り返ると、みつきはこくりと頷き、控えめながら期待に目を輝かせた。
「うん……頑張る。いつもより、ぴかっと光らせるよ!」
静かな浜辺は穏やかだが、その向こうに広がる《星燈の湖》は、まだ未知の世界だ。
この美しい星灯に油断せず、ミームカンパニーの最初の探索は静かに、しかし確実に始まったのだった。
ミームカンパニーが《星燈の湖》を進むと、最初に成果を見せたのは意外にもつかさだった。
「――ん? ……風、なんか変」
つかさはピクリと耳を動かすと、小さな鼻をひくひくとさせて周囲を見回した。そして、目を細めながら湿った地面にそっと指先を伸ばす。
「……あ、見つけた。これ、《蛍石砂》だよ!」
彼が指先ですくい上げた小さな砂粒は、手のひらの上で淡く青緑色に輝き、周囲の景色を薄く照らし出す。
「おお、ナイスだつかさ! 風読み、めっちゃ役立ってるじゃん!」
照人が明るく声をかけると、つかさは照れくさそうに頬を赤く染めながら小さく笑った。
一方、みつきは湖の水際でそっとしゃがみ込み、静かな波が打ち寄せる中でじっと水底を見つめていた。
「これ……光る貝殻かな?」
彼女がゆっくり手を伸ばし、指で触れると、貝殻が一瞬だけピカッと明るく光った。
「わっ!今の見た? 私これ、得意なタイプかも!」
「お、早速得意分野発見か? 光術士らしくなってきたな!」
柊が軽く冗談交じりに褒めると、みつきは嬉しさを抑えきれないような微笑みを浮かべた。
その和やかな空気を切り裂くように――湖面からバシャッと何かが這い出してきた。
「来るぞ、敵だっ!」
真っ先に縁が鋭く声を張り上げ、巨大な盾をどっしりと構える。その眼前には、水辺から現れた【水辺ガニ】三体、背後に羽根をはばたかせた【湖羽トカゲ】二体が、不気味な気配をまといながら近づいてくる。
「よし、前衛は俺たちだ! 縁、頼む!」
照人が素早く合図を出すと、縁は重装甲を軋ませながら堂々と踏み出した。
「了解だ! 任せとけっ!」
重量感ある突進が敵陣を一気に引きつける。その直後、素早く赤坂が罠を展開した。
「……オッケー、これで動きは鈍るはず。今のうちに攻めて!」
水辺ガニの脚がワイヤーに絡まり、もがき始める。
「よし、アヤメ! 詠唱間に合うか?」
柊の鋭い指示が飛ぶ。
「任せてっ! 星よ――煌めけ、フラッシュ・ビート!!」
少し焦りつつも、アヤメの詠唱が完成する。星屑のような光が舞い散り、波打つ湖面に浮かぶ【月光クラゲ】を揺さぶった。
「ナイス、次、みつき! 目潰し頼む!」
綾が元気よく背中を叩くと、みつきは張り切った顔で前に出た。
「うん! いっくよー! ピカッと、任せてぇっ!」
ぱぁん、と一瞬、視界を塗り潰す強烈な閃光が【湖羽トカゲ】を直撃し、敵はバランスを崩す。
「つかさ、今だ!」
照人の声に即応し、つかさが小柄な体で魔力を込めた風を放つ。
「いけっ――《ウィンドバースト》!」
強めの突風がトカゲを吹き飛ばし、地面へと叩きつける。
全員がそれぞれの役割をこなす連携は、まだぎこちなさも残るが――確実に形を成していた。
「初戦としては、悪くないな」
柊が軽くメガネを押し上げながら言うと、仲間たちも息をつきつつ、充実感のある笑みを交わし合った。
浜辺での探索は、予想以上の収穫だった。
つかさが風の流れを読んで採取場所を見つけ、赤坂が素早く罠を仕掛ける。みつきは魔法の光で敵の目を惑わせ、アヤメは長い詠唱を諦めずに何度も繰り返した。その不器用な頑張りを綾が笑いながら見守り、柊が常に冷静に全体を見渡していた。
そして照人は――誰よりも積極的に動き回りながら、仲間の様子を逐一確認していた。
昼過ぎには一度、拠点となる湖入口に戻り、採取した素材をテーブルに並べる。
「けっこう採れたな。これ全部売れば相当だぞ」
柊が感心したようにメモを取りつつ呟く。
「装備新調できちゃうかもね。うち的には、もっと火力上げたいけど!」
綾が炎の杖を振り回すジェスチャーで笑いながら続ける。
「防具にもちゃんとお金回してよね。みんな前に出過ぎだよ」
みつきが心配そうに小声で呟いたが、縁はにっこりと笑って肩を叩いた。
「心配すんな。俺がちゃんと盾になる」
照人がまとめるように手を叩く。
「ともかく、本格的な探索はここまでだな。よく頑張った。けど――」
「けど?」
アヤメが首を傾げると、照人は湖の奥を見やった。
「明日はもう少し深くまで踏み込んでみたい。みんなもいいよな?」
「もちろん!」
アヤメが大きく頷き、つかさもみつきもそれに続いた。仲間たちの瞳に宿る好奇心とやる気は、疲労を超えていた。
湖面を覆う柔らかな光が、徐々にオレンジ色に染まりつつある。
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