模倣騎士、16
【学生棟前・等級スキャナー前】
──夏休み5日目・午前九時
学生棟の前にずらりと並ぶのは、スキャナーと呼ばれる魔道具の列。
冒険者としての成長を計測する、ダンジョン攻略後のイベントだ。
「うっわ、人多っ……さすが夏休み」
綾が日傘をくるくる回しながら文句をこぼす。
「ま、俺たちは初級ダンジョンだが、“深緑の巡回路”踏破済みだからな。」
柊が胸を張りながらも、腕を組んでどこか不満げだ。
「照人、早く行こうぜ。俺のレベル、相当上がってると思うんだよな……」
「はいはい、じゃあ最初は俺から……っと」
照人がスキャナーの前に立ち、手の甲を掲げる。
ピピッ──
【ミームナイト Lv14】
「おぉっ、2レベルアップか! やったな照人!」
赤坂が驚いたように声を上げる。
「うん、戦闘数も多かったし、命中率も上がってたしね」
「次、俺いくわ」
縁がどっしりとスキャナーの前に立つ。
【鎧武者 Lv7】
「おぉー! 重鎧職が板についてきたじゃん!」
綾が驚いて拍手する。
「……装備暑すぎて、夏はつらいけどな」
「じゃ、次うちねー」
綾が軽やかにスキャナーへ。
【炎術士 Lv5】
「おーしおしおし、いいじゃん! 詠唱速度も上がってるっしょ!」
「次は俺……か」
柊がやや緊張気味に立つ。
【戦術家 Lv5】
「よし、まぁ……予定通りだな」
「お前の指揮で負けなかったからな、頼りにしてっぞ、柊!」
「う、うるさい!」
続いて赤坂がさっと前に出る。
【罠士 Lv4】
「よっしゃ、こっちも地味に上がってる……」
「うちも! うちもやりたいっ!」
つかさが飛び跳ねるようにスキャナーへ。
──そして補習組三人が順にチェックする。
【初級魔術師 Lv9】(アヤメ)
【初級魔術師 Lv9】(みつき)
【初級魔術師 Lv9】(つかさ)
「……あと、1レベル……」
「……あと、1レベル……」
「……妖怪、1たりない……」
三人とも、口をそろえてしょんぼりする。
「いや、十分すごいよ! 1日目Lv3で、今9まできたんだから!」
照人が明るく励ますと、みつきがもじもじしながら呟いた。
「でも……やっぱり……派生職って、カッコいいし……」
「次がんばれば、いけるんだよね?」
アヤメが少しだけ前向きに顔を上げる。
「おう、補習も終わってるし、 もうすぐ派生職いりだろ」
柊があえて軽く言ってやると、三人は顔を見合わせ──
「「「もう一周、行きます!!」」」
その気迫に、照人たちも一瞬たじろぐ。
「よ、よし! それなら計画立てなおそう! 短期ルートで1周なら、あと何戦かでいける!」
「よーし、このあとは全体ミーティングだな! 遠征ルートの確認と、補習組強化の仕上げだ!」
「なにそれカッコいい!」
つかさがぴょこっと跳ねた。
「ぼく、ちゃんと転職したら…あの、カッコいい衣装とか…着れる?」
「うん……絶対に似合うぞ、つかさは」
「ふへへ……!」
こうして、夏休み前半──
補習組の最終仕上げと、初遠征に向けた準備が始まる。
窓から差し込む朝日が、共有ラウンジのテーブルを照らす。木の温もりを感じるフロアに、寮生たちの元気な声が反響していた。
「じゃあ、決まりだな!」
天野 縁が立ち上がり、ドンと手を打った。
「補習組の3人は、俺と赤坂が連れてレベル上げにもう一回“深緑の巡回路”な。道覚えてるし、今度はスムーズに行けるはず」
「ふええ……もう一回あそこ行くの……? 虫多いからやなんだけど……」
綾・フォルシアが机に顔を伏せる。
「お前は来ないから安心しろ。留守番組は次の遠征先の作戦立てといてくれ」
「ほらアヤメ、ミツキ、つかさ、準備ー!」
「おーっす!今日で絶対Lv10行くぞーっ!」
「ピカーッとさせてやる……!」
「……風は、こっちがいいって言ってる……!」
元気いっぱいの補習組を引き連れ、縁と赤坂は寮を出ていった。
残された照人・柊・綾の3人は、長テーブルにノートを広げて地図とデータを眺めていた。昼前の時間帯、ラウンジは静かで、時折窓から吹き抜ける風の音が心地よい。
「さて。こっちは次のダンジョン、どこ行くかだな」
照人が手帳を開きつつ、マグカップを傾ける。
「候補、いくつか考えてた。先生の言ってた“夏休みの遠征”ってやつ、あれな」
「遠征って言っても、初級卒業間際くらいのを回るんだろ?」
柊雷吾が椅子を半分回転させながら、視線をノートに落とす。
「敵レベル的に、俺らが主軸なら中級の入り口手前くらいでもギリ行ける。けど補習組がまだアレだからな……実質、レベリング兼ねての“初級上位”だろう」
「ふぅ〜……」
綾が髪をまとめ直しながら、横目で柊を見た。
「で? 戦術家さんは、どこがオススメなの?」
「ひとまず候補は三つ」
柊は指を三本立てた。
「ひとつ。“霞の洞(かすみのほら)”。霧の中での視界制限、移動読みがメイン。隠密系が育つが、俺の指揮があれば補習組も案外活躍できる。アヤメの詠唱が刺されば、な」
「詠唱刺さればって、もう“刺されば最強”って言うタイプのやつじゃん……」
「二つ目。“星燈の湖(せいとうのみずうみ)”。幻想的な水中ダンジョン。浮遊床と水魔法が多め。照人は間違いなく輝く。つかさも風流せる。けど、綾は……」
「アタシ空もダメ、水もダメ!あと幽霊系もムリ!つまり幻想系ダンジョンとか詰んでる〜!」
「……だろうな」
「で、三つ目は?」
照人がノートを覗き込む。
「“熾熱の炉底(しねつのろてい)”。縦構造の溶岩ダンジョン。熱耐性がないとジワジワ削られる。敵は打撃通る系が多い。縁の出番も多いし、俺も配置管理で力出せる」
「……で熱耐性の装備は?持ってないだろ?」
「持ってない」
「即却下じゃねーか!」
綾がマグカップを置いて、バシンとノートを叩いた。
「じゃあ、“星燈の湖”かなぁ〜。見た目かわいかったし、SNSでも映えスポットって話題だったし!」
「いや、それで決めるなよ」
照人が苦笑しつつ、視線を空へやる。
「……まあでも。どこ行くにしても、俺らだけで先に軽く調べておいてもいいかもな。補習組が来る前に、動線とか敵の傾向とかさ」
「いいね、それ。じゃあ今日は資料室に行く?どうせ午後ヒマでしょ?」
「補習組が帰ってくるまでな」
柊は時計を見て、小さく頷いた。
「よし、じゃあ仮決定。移動ルートと敵のタイプと傾向チェックする」
「はーい。」
本棚の並ぶ古びた地下フロア。石造りの壁は長年の湿気でところどころ黒ずみ、階段を下りた時から、ひんやりとした空気が肌にまとわりついていた。
照明は魔導灯がぽつぽつと灯るのみで、明るさよりは静けさを守ることを優先しているようだった。
室内にはすでに数人の生徒の姿があったが、誰もが息を潜めるようにして、各自の席で資料と向き合っている。
静かだった。まるでここだけ、時間が止まっているかのように。
その空気に包まれながら、照人たちは声を潜めて、奥の記録保管区域へと足を進める。
「……うわ、相変わらずここ空気重っ。ダンジョンの空気よりずっと緊張感あるな……」
照人がぽつりとつぶやく。足音を立てまいと気を遣うのがかえって疲れる。
「てか、ここめっちゃホコリくさくない? 資料って紙ばっか? 電子化してよ~……」
綾は鼻をつまむような仕草をしながらも、周囲を見渡していた。
「バカ言うな。こういう場所は紙でこそ意味がある。電子化されていない情報にこそ、本物がある。……ほら、あった。“初級ダンジョン遠征調査記録”。」
柊はそう言って、迷いなく高い書架の中から一冊の分厚いファイルを引き抜いた。
その手つきには慣れすら感じられる。どうやら、この場所には何度も足を運んでいるらしい。
「さっすが柊先生、資料室の魔術師。あれ? 何気にこの場所、一番落ち着いてない?」
「俺の“戦術家”としての土台は、こういう記録の積み重ねだ。……ここは、ある意味で戦場だ」
柊が苦笑しながら応じた瞬間、どこか書類の間から埃が舞い、微かに光が反射した。
「……あたしは虫よりマシって感じ。で、どこ行くの? 照人、なんか気になるとこあった?」
綾が軽く首を傾けながら机の横に腰を下ろす。ダンジョン選び――それは、次の冒険を決めるという意味でもある。
照人はその問いに応えるように、壁際へと歩み寄った。
そこには各ダンジョンの構造予測図と調査記録が、まるで戦略会議のように並べられている。
手書きのメモや付箋、落書きのような生徒のコメントが貼られており、それぞれが何らかの“痕跡”を残して去ったことがわかる。
照人の視線が、その中のひとつに止まった。
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