模倣騎士、15
「アヤメ、後衛治療! つかさ、風読みお願い!」
「う、うん! 風が、左から!」
「ピカッと! ……あ、また早かったごめん!」
「だいじょぶ! 今のでトレントの目線ずれた!」
赤坂が罠の杭を突き立て、ガーデントレントの根の動きを止める。
「じゃあ――また派手にいくね!」
綾が再度前に出る。汗で髪が額に張り付くのも構わず、杖を地面に叩きつけた。
「《ギャル式ストレス発散法・ギガ映えボール》ッ!!」
これまでで最大の爆裂が発生。トレントの表皮を焼き、魔力の核が露出する。
「柊、あそこだな?」
「うん、あれが魔木の心核だ。アヤメ、今なら魔力斬通る! 打って!」
「や、やってみる……! 《フレイムスラッシュ》!!」
炎の形を保った斬撃が、赤く光る核に直撃。
核がヒビを入れ、トレントが苦悶のように軋んだ。
「今! 縁、前衛展開! トレントの根、全弾受け止めてくれ!」
「おうよッ!!」
地面から一斉に伸びる根の打突。だが、縁がそれらをすべて盾で受け止める。
「これが……俺の役目だろ……!!」
蔦が折れ、光の核が露出した。
「いけ、照人!」
「はいよ、最後の一太刀!」
跳ねるように空を駆け、照人の剣が一直線に光を貫く。
――トレントが、沈黙した。
静寂。風が枝を鳴らし、戦場に安らぎを運ぶ。
「……終わった、ね」
誰かがそう呟いた。
「わ、私、生きてる……!」
「ぼくも! 途中、めっちゃ風に流されたけど!」
「爆炎、すごかった!綾っち!」
「ふふーん、まあね! あたし本気出したらヤバいから!」
「はぁ……疲れた……俺、もう歩けねぇ……」
縁がその場にどさっと座り込み、泥と汗にまみれた盾を地面に落とした。
照人が笑う。「おつかれ、縁。全員、最高の連携だったよ」
「……俺、初めてちゃんと“チーム”って感じした」
柊が静かに呟いたその言葉に、みんなが小さくうなずいた。
つかさが、そっとその背中に手を置いた。
「……うん。ちゃんと、全員で超えたって感じ」
誰かが笑って、誰かが肩を並べる。
陽が、葉の隙間から差し込んでいた。
まるで、頑張ったと賞賛されるように。
──静かだった。
「ここ……見覚えある。最初のとこだ……!」
照人が呟いた。足元に広がるのは、【第一区画:入りの小径】と同じ、やわらかな陽の差す林道。その中央にぽっかりと開いた、白い円形の石畳──《帰還の環》。
さっきまでの戦場の喧騒が嘘みたいに静かだ。
「うそ……もう戻ってきたの……?」
綾が小声で言って、肩の力を抜いた。ぬかるみと泥だらけの制服にため息が漏れる。
「てかさ……足がもう限界……」
縁は半ば膝を抱えるように座り込み、空を見上げた。
「なんか、夢みたい……ね。ここ、チュートリアル区画だよ? わたしら、最初ここでネズミにも苦戦してたのに……」
アヤメの言葉に、つかさがニコッと笑う。
「でもでも、ちゃんと最後まで来れたよ! みんなで!」
赤坂が腕を組んで頷く。「まあ……運もあったけどな。あと派手な爆炎」
「うるさーい! あれがなかったら序盤で詰んでたでしょーが!」
「ほら、見て」
照人がふと、左手をかざした。
その手の甲に、青白く《印》が浮かび上がる。
《巡回印》──その日、そのダンジョンを“完全踏破”した者にのみ刻まれる小さな輪郭。
それは魔力でできた印で、普段は見えない。だが、「見よう」と思えば、手の甲に静かに浮かぶ。
「……みんな、出してみて?」
照人に続いて、アヤメ、綾、赤坂、つかさ、柊、そして縁が──順に手を掲げていく。
手の甲に、淡い光。七つの巡回印が、まるで祝福のように。
「これが……最初の踏破印……!」
柊が感慨深げに呟いた。表情には普段の皮肉っぽさはない。
まっすぐに手の甲を見つめるその横顔に、仲間たちはちょっと驚く。
「ふふ、なんか……ちょっとかっこいいよ、柊」
「はッ!? な、なんでだよ! べつに俺は……いや、指揮したけどもッ!」
仲間たちは笑う。
その横顔を、ちょっとだけ見直したような眼差しで。
「いや素直になろ?」
照人が肩をすくめて笑い、皆もふっと、つられて笑った。
**
──学校敷地内、教員棟前。
夕暮れが差し込み、帰還ゲートを抜けて、全員がようやく現実の建物に戻ってきた。
装備の汚れは目立ちまくり、綾は何度も「ちょ、やばくない!?」と慌てるが、他の生徒たちも通りすがりに「ダンジョン帰りかー」と笑いかけてくる。
「それにしても……教員棟に、報告って、ちょっと緊張する……」
アヤメが装備の襟を直しながら言った。
「ふふん! クラン“ミームカンパニー”として、初踏破報告よ。ビシッとキメないとね!」
笑いながら、彼らは教員棟の扉を開ける。
「……よし、行くぞ。全員、覚悟はいいな?」
照人の言葉に、綾がぴっと背筋を伸ばし、アヤメがこくこくとうなずく。
つかさは照人の背後に半分隠れつつ、縁は「どう考えても緊張するような場じゃねぇだろ」とボヤいていた。
「でも先生って、ほら……声デカいじゃん……」
「まあ、それは否定できないけどさ。行こうぜ。俺たち、やり遂げたんだし」
照人が軽く手を上げ、重たい扉を押し開ける──
「おう! なんだお前ら、泥だらけでゾンビでも狩ってきたのか?」
待っていたのは、大きな声と、もっと大きな胸板。
──武井剛志(たけい つよし)先生
戦闘訓練担当。元・Aランク冒険者にして、現在は指導に情熱を燃やすパワフル教官。
腕を組んで立つ姿は、ほぼ動く岩。バキバキに割れた腹筋と、半袖から覗く二の腕の筋肉が反則的に眩しい。
「武井先生……! “深緑の巡回路”踏破しました!」
照人がひとつ深呼吸して報告すると、先生の顔がパッと輝く。
「おおっ、2日でか、よくやったじゃねぇか!!」
バァンッ!!
とんでもない音がして、照人の背中がぶっ叩かれた。反動で少し浮く。
「痛たっ!? せ、先生ッ! 背骨いま、軽く悲鳴上げましたって!」
「はっはっはっ! これくらいで壊れるようなら踏破なんてできねぇってことだろ!」
アヤメが「あっぶな……」とつぶやき、柊は顔をひきつらせた。
「ったく……筋肉で思考してるだろこの人」
「聞こえてんぞ、柊ぃッ!! 」
先生の拳がグッと上がる。後ろで綾が思わず笑いをこらえた。
「でも……ほんとすごいよ。補習組の3人も、最後まで無事だったし」
「おお! おまえらか!」
武井先生がゴリゴリの目でアヤメ・つかさ・みつきを見下ろす。
全員、一瞬ひるむ。
「お、お世話になりました……!」
「すっごく……がんばりました……!」
「……ま、魔法……いっぱいはずれましたけど……」
「いいんだよそれで!」
武井先生の声がまた炸裂。
「はずしたって、失敗したっていい。最後まで立ってりゃ、それは成長だ! ようやった、全員!」
──そしてふと、先生が腕を組み直す。
「にしても、いいチームだな。…気に入ったッ!!」
(気に入るんだ……)
全員が同時に心の中で思った。
武井先生は一拍置いてから、ニッと笑って続ける。
「じゃあ次は……そうだなぁ。夏休みだろ? ちょうど良い」
「えっ?」
「遠征だよ、遠征! 校外の初級と一部の中級ダンジョンなら申請すりゃ挑める季節だ。学校の近くじゃ深緑の巡回路と灰の坑道くらいしか日帰りで行けるとこはないからな!
補習も回避して、派生職へのレベルも届く。今が動き時だぜ」
「遠征か……!」
照人が目を輝かせる。
「ふ、ふつうに楽しそう……!」
つかさも無邪気に笑った。
「申請なら俺が推薦してやる。あとは夏休み中のスケジュール次第だな。外泊の許可も忘れんなよ?」
「はーいっ!」と綾が元気よく答える。
「それじゃ……」
先生がにやりと笑い、右手を掲げる。
「ミームカンパニー、初踏破おめでとう! 次は“遠征”だ!!」
「「「おーっ!!!」」」
夕暮れの空に、叫び声が響く。
クラン「ミームカンパニー」、次なるステージへ──!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます