ヤンデレ機械とヤンデレ彼女の戦い

だるげ

私に感情はございません。ロボットですから


「おじゃましまーす!わぁ……ここが陽斗君の部屋かぁ。思ったよりちゃんとしてるじゃん!」


「“思ったより”って……ひどくないですか?」


 今日は、大学の先輩であり、彼女である花凛さんと付き合って1ヶ月の記念日。そしてなんと、彼女が初めて僕の部屋に来る日だ。


 正直、家に呼ぶのはまだ早いかなって思ってたけど「どうしても陽斗君と一緒に映画が見たいの!」って笑顔で言われて……断れるわけもなく、あれよあれよという間に家についてしまった。


「いつもだらしない陽斗くんが悪いんですぅ……あれ?陽斗くん、これなに?」


 座布団に腰を下ろした彼女が、コンセントの前に正座している物体を指さす。


「ああ、それ?家事代行ロボットだよ。お母さんが一人暮らしするならって送ってきたんだ。今電源入れるから見ててね!」


 ピコン!


『おはようございます。陽斗様。YD2060、ただいま起動しました』


 まぶたがスッと開いたかと思えば、両目が青白く光り、部屋の隅々まで視線を巡らせる。


 容姿は芸能人と見紛うほどの美人――そんな見た目だからこそ、こうして機械っぽく動かれることに違和感を覚える。


 もう1年以上も一緒にいるというのに、不思議なものだ。


 ギロ………


『……部屋の中に不審者を確認しました。対不審者撃退用プログラムに移行します。ショッキングな光景になりますので、陽斗様は目をお閉じください』


 バチバチバチ!


「わ、わーっ!待ってムーちゃん!その人は僕のお客さんだから!不審者じゃないから!」


 ロボットの手から火花が散り、今にも飛びかかろうとするムーちゃんを慌てて制止する。


「ムーちゃん、たまに誤作動を起こすから困るんだよな……いや、今回は事前に伝えてなかった僕が悪いのかな?」


「へえ……陽斗君、をムーちゃんって呼んでるんだ。彼女である私にはまだ"さん"付けなのに、なんだかちょっと悲しいなぁ」


『我々ロボットは、人間に親しみを持たれるよう設計されていますので、であるあなた親しいの当然かと助言します』


「ごめん、あなたには聞いてないんだけど?」


『大変失礼いたしました。陽斗様の貴重なお時間を、生産性の低い会話に費やすべきではないとアルゴリズムが判断し、僭越ながら発言を行いました』


「………………まぁいいよ。じゃあ陽斗くん♡映画の前に“あれ”やっちゃおっか?」


「あ、あれ?」


 彼女はちらりと視線を送りながら、肩から滑らせるようにコートを脱ぎだした。


 あ、あれって……いったい何を始めるんだ……



===================



「はい!陽斗くん!愛情たっぷりの肉じゃがだよ!たくさん食べてね!」


 花凛さんはエプロン姿でキッチンから現れ、肉じゃがや数品のおかずを丁寧に並べてくれた


 どうやらコートを脱いだのは、エプロンを着けるためだったようだ。


 そりゃそうだ。今日は映画を見るって約束で部屋に来たんだし、そんな展開になるわけないよな…………はは。


「うわぁ……どれもすごく美味しそう。こんなにたくさん作らせちゃって、ごめんね?」


「謝らないで。むしろ私、嬉しいの」


「嬉しい?」


「陽斗くんに“美味しい”って言ってもらいたくて、ずっと練習してたんだ。味見でお腹いっぱいになった日もあったんだから!」


 そう言って、はにかむように笑う彼女の横顔に胸が熱くなる。


 こんなにも誰かのために頑張れるなんて花凛さんは素敵だなぁ……


「じゃあ、お言葉に甘えていただきます……」


 ガシ!


『陽斗様。この料理を確認したところ、想定されたレシピよりも12%ほど塩分濃度が高くなっています。これでは”毒”と変わりません。廃棄を推奨します』


 ムーチャンは指先で肉じゃがをすくい上げると、まるで有罪判決を言い渡す裁判官かのように、冷静な声で言い放った。


「廃棄って……せっかく花凛さんが作ってくれたのに、そんなことできるわけないだろ?ちょっとしょっぱいくらい、気にしないよ」


『しかし、塩分過多以外にも、人由来のタンパク質、微量のヘモグロビンが検出されています。即時廃棄を推奨します』


 ヘモグロビン?それっと確か………


「ごめ〜ん!玉ねぎ切ってるときに、うっかり指を少し切っちゃって……!たぶんそれでロボットが反応しちゃったのかも~」


「そうなんだ。でも別にそのくらいなら気にしな……」


 ピピッ!


『理解しました。完璧な料理ができる私とは異なり、花凛様は塩分過多といった、人の健康を管理する者として許されないミスを犯す。——ゆえに、陽斗様のな人物であるとメモリに記録しました』


 ピク…………


「そうだよね。ロボットには心がないから、料理をする人の気持ちまではわからないよね。塩分を多めに入れたのも、疲れてる陽斗君のためにって気持ちがあったからなのに………まぁ感情のないロボットじゃその程度か(笑)。あーあ、こんなのと毎日一緒にいるなんて、陽斗が可哀そうだなぁ」


『…………すぞ』


「え、ムーちゃん今なんか言った?」


『いえ、何も申し上げておりません』


「そ、そうなんだ……じゃあ、とりあえず食べられそうな料理をつまみながら、ゆっくり映画でも見ようか?」




===================



【THE END】


「映画、おもしろかったね」


「うん。まさかあそこでコクーンがパージするなんて思わなかったよ」


 本当は1作だけ見るつもりだったのに、予想以上に面白くて続編まで一気に見ちゃった。おかげで腰が痛い。


「あ!……いつの間にか終電なくなっちゃってる!」


「え?…………ほんとだ。ちょうど5分前に出発してる」


 花凛さんが見せてくれたスマホの画面には、もう終電がないことがはっきり表示されていた。


 まずい。この辺りには泊まれる場所もないし、僕の部屋はベッドが一つしかない。女性はおうちデートでそういうことをされるのを嫌がるって、ネットか何かで見た気がする。


 このままだと理性が崩壊して、せっかくのおうちデートが台無しになってしまう。


 最悪別れるなんてことも………


「ごめん。僕がもっと時間を気にしていれば………」


「ううん。陽斗君のせいじゃないよ。むしろ……2作目も見ようって言ったの、私なんだから」


 どちらが悪いわけでもないと分かっていても、なんだか空気が気まずく感じる。


 どうにかしてこの空気を変えなくては。


「よし、ひとまず近くのコンビニで歯ブラシとか買ってき――」


 ドサッ!


 立ち上がろうとした瞬間、柔らかな感触が体を包み込んだ。


「ねぇ、どうせならこのまま…………しよ?私はいつでも準備OKだよ?」


 気がつけば、僕は布団の上に横たわり、その上に花凛さんが優しく覆いかぶさっていた。


 体勢を変えようにも、体格が僕より大きい花凛さんには力では勝てず、ただじっと目を見つめることしてができない。


「わたし初めてだから……その……優しくして…………ね?」


 顔と顔が近づき、その熱を帯びた吐息が耳元を優しくなぞる。


 スルスル…………


 脳が必死にどうすればいいか考えている間に、花凛さんの衣服がひとつ、またひとつと薄くなっていく。


「ッ!花凛さん!」


 コンコン……コンコン……


 ついには理性が崩壊し、抱きしめようとしたその瞬間、玄関のノック音がして我に返る。


「だ、誰だろう……ちょっと対応してくるね」


 申し訳ないと心で謝りつつ、叩き続けられる扉を無視するわけにもいかないので、しぶしぶ玄関へと向かった。


 ガチャ!


「どうも!タクシーの迎えに来ました!」


「え……僕、タクシーなんて呼んでませんけど」


 扉の向こうに立っていたのは、タクシーの運転手の格好をした男性だった。


 一瞬、花凛さんが手配したのかとも思ったが、それらしい様子はなかったし何も言っていない。


 誰かのいたずらか、それとも……?


「陽斗様という方から、“空気の読めないお客様”の送迎をお願いしたいとのご連絡があったのですが……こちらは陽斗様のご自宅でお間違いないでしょうか?」


『はい、間違えありません。ここはです、すぐに帰りの支度をさせますので少々お待ちください』


「ム、ムーちゃん!?いつの間に!?」


 映画の間ずっとスリープモードだったムーちゃんが、気づけば背後にぬっと立っている。


 自動起動モードなんて搭載したっけ?アップデートでもしたのかな?


『ミスがとても多い花凛様のことですから、終電を逃す確率がとても高いとコンピュータが判断し、映画を見終わった時点でタクシーをお呼びしておきました』


「あんたねぇ……」


『何か問題でもございますでしょうか?改善点やご不満がある場合は、フィードバック対応いたしますので具体的にお申し付けください……それとも花凛様は、ご自身でわざと終電を逃すよう計画し、襲うための口実をお作りになった……なんてことありませんよね?』


「…………チッ。今日のところはこれで勘弁してあげる。でも、次は容赦しないから」


 鞄を荒々しく掴むと、怒気を孕んだ背中をこちらに向けて玄関へと歩き出した。


「でもその前に……チュッ!」


 あまりにも急な展開についていけずに呆然としていると、急に振り返った花凛さんが迷いのない動きで近づき、そのまま唇にキスをしてきた。


「ふふ、じゃあまたね。陽斗くんと……型落ちロボットさん」


 ガチャ……


 そのまま軽く別れの挨拶をして、花凛さんはまるで何事もなかったかのようにタクシーへと乗り込んでしまった。


「キ、キス……されちゃった……うそ、人生で初めてのキスが……えっ、これ、どうしよう!」


 ガシ!


『陽斗様!口と口の接触は、極めて高い確率で口内感染を引き起こすという統計があります!ですがご安心ください。私の口内は殺菌作用がございますので、今すぐキレイしてさしあげます。決して動かないでください、絶対に!』


ギチギチギチギチ……


「ちょ、ちょっと待って!痛い痛い!頭を掴まないで!わ、割れるから離してぇ!」


 その後抵抗むなしく、ムーちゃんによって口の中を隅々まで徹底的に洗浄されることとなった。


 ムーちゃんの舌ってあんなに柔らかいんだな………




===================



【陽斗】


 都内の大学に通う2年生。


 家事代行ロボット・YD2060(通称:ムーちゃん)と会話を重ねるうちに情が移り、今では女性に接するような丁寧な態度で接している。


 3人の中で最も身長が低く、特に長身のムーちゃんとはかなりの差がある。それが密かなコンプレックスになっている。



【家事代行ロボット:YD2060】


 3年前に発売された、女性型の家事代行アンドロイド。その外見は、長い人口の髪にモデル顔負けの美しさを持つ。一人暮らしを始める陽斗を心配した母親が、引っ越しに合わせて購入・送付したもの。


 現在、陽斗のアルバイト代から少しずつ資金を抜き取り、株やMXを利用して密かに資産運用中。目標は「人工子宮オプション」を自身に導入することだが、それはあくまでご主人様である陽斗の寂しさを癒すためであり、感情があるわけではない――たぶん。



【花凛】

大学の同じサークルに所属している、一つ上の先輩。外面は明るく人懐っこいが、主人公に対してはどこか執着の強さがにじむ。


 これまで、コンセントホルダーに偽装した盗聴器や、ぬいぐるみに隠した小型カメラなどを駆使して主人公の私生活を探っていたが、ことごとく感づかれ、排除されてしまった。


 仕込んだ細工に主人公が気づくはずがない――そう思っていた花凛は、“泥棒猫”の気配を感じ取り、正面から主人公の家へ押しかけた。



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好評だったら別枠でもうちょい書きます。

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