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やはり、律儀に改札前でまっすぐ立つ彼の姿に少し笑いそうになってしまう。スマホをいじるわけでもなく、まっすぐに前だけ見続ける様子は人形じみていて少し不気味にも思えた。私の姿に気づくと、嬉しそうに手を振るところまで全て予定調和で安心感がある。
「ごめん、待ったよね。遅くなっちゃった。」
「いや、俺が早く着きすぎたから謝らないで。電車の時間まだあるし。」
また、当たり障りのない無難な会話が続き電車に乗り込む。今日はどういう予定なのか何も知らされてないけど「俺が菜々子を楽しませるから!」とLINEで意気込んでいたのもあり、あえて聞かない。
市役所前駅に着くと、彼は駅前のショッピングビルへ続く連絡橋へ歩いていく。行き交う人はみなそれぞれ高揚感に包まれており、駅前にある大きなツリーの前で写真を撮ったり大きな荷物を抱えて歩いていたりとせわしない。建物に入ってからも、人に押されるがままでろくな会話もないまま最上階までエスカレーターで上がっていった。
「今日は、映画を見ようよ。もう予約してあるんだ。」
「えっ……と、何を観るの?」
彼が指したのは、流行りの恋愛映画だった。原作の漫画は知っているが、内容自体はごく普通の青春物語という感じで読んだことすらない。アニメになったことで、さらに人気に火がつきライト層にも好まれる作品であることは確かだ。無難な選択肢だなと思った。
チケット代を払おうとしたが、俺が見たいだけだからと静止され言葉に甘える。本当にそうだったからあまり罪悪感もわかない。自分じゃ絶対に選ばない映画にお金を出せるほど、財布事情に余裕はないから。ポップコーンを食べようと彼が言い、ペアセットを頼むのも全てシナリオ通りのデートだ。そんな気分はエンドロールが流れるまでずっと続き、一切映画に集中できなかった。
「柄にもなく感動しちゃった。」
この一言で、私の感想は肯定以外にあり得なくなる。やっぱり、そうなるよね。映像は綺麗だったから退屈はしないけど、それだけだ。
「私、こういうの初めて見るから。意外とおもしろかったよ。」
「え、嘘。佐藤さんは、菜々子はアニメが好きだって聞いてたからてっきり……本当に面白かった?」
面白かったって言ってるんだから面白かったに決まってるじゃん。いちいち言葉の隅々まで言質を取る癖やめたほうがいいよ、なんて言えたら結構楽なんだろうな。とりあえず曖昧に笑い、適当に相槌を打つ。
ちょっと遅めの昼ごはんの店を探す。どこもそれなりに混んでいて、ああでもないこうでもないと歩き回っていたらあっという間に15時前になる。結局、駅前のファミレスに入りやっと人心地がついた。お腹がすきすぎてもはや、何も食べたくない感じもあるが食べないと体力が持たない。
「何食べるか決まった?」
「じゃあ、パスタとハンバーグのセットにしようかな」
「菜々子って、意外と食べるんだね。俺はたくさん食べる人好きだよ。」
「え、そうかな……?お腹空いてるし。」
映画見て、その後街を歩き回ったのだからそれくらい食べてもいいのに、人より食いしん坊みたいな扱いに少しだけモヤモヤした。私の不機嫌そうな顔に気づいたのか、「女子って普通どれくらい食べるかわからなくて、ごめん。」なんて言うから余計に、普通ってなんだよと思う。
やはり彼との会話は普通を演じなきゃいけない気がして、初対面の居心地の悪さとは違う違和感が拭えない。それでもせめて、楽しそうにしたほうがいいかなと思い何とか笑顔で食事を進めた。
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