4
あまりにも予想のつかない展開に言葉が追いつかない。
「……どこで買ってきたの?」
「松林堂だっけ、市役所の近くの画材屋さん。入るのにちょっと勇気出したけど、意外と店員さん気さくなんだね。俺も気に入っちゃったよ。」
私がいつも行く松林堂は、ここから5駅も離れた市役所近くの画材屋で、あまり大きくはないけど品揃えが良い。彼の言う通り、佇まいはいかにも専門店らしく入りづらい雰囲気だが、店主をはじめとするスタッフの皆さんが気さくで、画材の知識が豊富なため人気がある。交通費はかさむが、いつでも通いたい場所だ。
「わざわざあそこまで行ったの?」
そうだったら、告白する前に渡しておけば好感度も上がりそうなものなのに。さすがにそれを伝えるのは無粋だと思ったので、飲み込んだ。
「うん。告白して、OKもらえたら渡そうと思って。実行委員が一緒だっただけで、接点ないし渡した後で付き合ってなんて言ったらちょっと圧があるかなって。俺そういうの嫌なんだ。」
少しずれてる気もするが、彼なりの距離感の取り方が伝わってきた。だから、友人を飛ばして付き合ってみても大丈夫かもしれない。それに付き合っていくうちに段々と好きになっていくかもしれない。いや、きっとそうに違いない。
「全然気にしてなかったのに、ありがとう。優しいね。」
「俺が勝手にやったことだから。でも喜んでくれたならそれが一番かな。」
絵の具を鞄にしまい、再び歩き始める。頭が軽く浮かんでいるような不思議な感覚で、それからは楽しく過ごせた。マックに行って、期間限定のフルーリーと三角チョコパイをそれぞれ頼んで半分ずつ交換した。男の子も期間限定とか甘いものに目がないことを初めて知った。ぽろぽろと崩れやすいパイを綺麗に食べてられる彼の所作に驚いた。私の口元についた欠片を取ってあげようかなんて、いかにもありがちなカップルのやり取りまでして、私が私じゃないみたいな感じがした。
それぞれ帰路につき、LINEを開いた。美咲ちゃん、との表示に急に我に返る。メッセージの内容はこうだった。
「先に帰っちゃったんですね。」
「一言声かけてくださいよ!」
「明日は一緒に帰りましょうね。」
泣き顔のスタンプが送られていてどれだけ浮かれていたのか、彼女のことを少しも思い出さなかった事実が衝撃だった。慌てて返信をしようとするけど、なんて送ろうかすぐに思いつかない。苦し紛れに製作が煮詰まっていたからと送ると、なるほど!と笑顔のスタンプがすぐに送られてきた。ほんの軽いやり取りで嘘もついてないのに、なんだか後ろめたいような感じで居心地が悪い。
美咲ちゃんとのトークルームを閉じると、同じクラスの佐藤ちゃんからのLINEに気づく。
「今日、間宮くんに呼び出されたって聞いたよ!まじ?」
「うん。でも告白じゃないよ。体育祭で貸した絵の具返してくれた。」
実に滑らかに指が滑り、告白の事実を消し去る。実は、間宮くんにも2人の関係は周りに言わないでと釘を差している。色々周りから聞かれるのが面倒だし、他クラスだし、すぐに別れるかもしれないから保険をかけておきたかったのだ。
「それだけで呼び出すものなの?」
「私もそう思う」
「まあでも、間宮くんならありえる(笑)」
佐藤ちゃんは1年生の時に彼と同じクラスだったので私より彼のキャラに詳しく、妙に納得したみたいだった。
間宮くん、いや幸人くんからもLINE。今日はありがとう。これからよろしくね。当たり障りのない、彼らしいといえば彼らしい連絡。そういえば、好きですなんて言われて私も好きですとか返さなかったな。私らしくもないけど、ハートマークによろしくねと書かれた一生使わないと思っていたスタンプを送る。一応、彼女になったのだし、可愛らしいところも見せていかなきゃいけないんじゃないかと思いながら。実に私らしくもない、当たり障りのない返信だった。
とにかく今日は色々あって疲れた。帰宅が遅くなる旨は連絡していたので、両親は特に気にもとめてないみたいだった。夕飯を食べると課題も、絵にも取り掛からずにベッドに沈み込む。甘いものを食べた後の夕食は重く、引きずり込まれるように目が閉じていくのを感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます