第2話

 丘を離れてしばらくは無言だった。話す話題を見つけられずにいると、さくらがおもむろに口を開いた。


「―――学校、一緒だね」

「え?」


 さくらはにこにこと笑みを浮かべて、続ける。


「明日、転校生が来るんだって、先生に聞いたら春くんだってわかってさ、驚いたよ」


 照れた口調でさくらはそう言う。


「そうか……同じ高校なのか。―――そうだ、なぁさくら、木葉のこと覚えてるか? あいつも同じ高校なんだぜ」


 少し視線を宙に浮かせてから、さくらは答えた。


「春くんの妹さんでしょ? 会ったことないけど、春くんから聞いてたよ」


 十年前と言えば、あの頃、木葉の相手をするのが嫌だったのを覚えている。あの頃はよくスケッチブックを持って色々絵を描きに行っていたのに、木葉を連れて行くと、木葉は遊ぼうとわがままを言って、俺の時間を奪っていた。それが面倒で、俺はよく木葉に内緒で外に出ていたんだ。


「面識ないんだったな。じゃあ、明日にでも紹介するよ」

「うん。春くんの妹さんかぁ、どんな子なの?」


 どんな子と言われても、普通の中学生。いや、もう高校生か。


「なんつうかな? 背が低くて……少しおもちゃっぽい」

「なにそれ、かわいらしいってことなの? ―――でもその言い方はひどいなぁ、それ聞いたら怒ると思うよ」

「大丈夫だって、あいつはめったに怒んないから……あ――――」


 そう言えば、木葉に晩飯を買ってやらなければならないんだった。


「ん? どうしたの?」

「さくら。ここらへんにコンビニないか? 今日の晩飯を買わないと」


 頬を膨らませる木葉の顔が目に浮かんだ。


「あぁ、今日引っ越してきたばかりだもんね。コンビニだったらちょっと遠回りになるけど……」


 さくらに案内されて、近所のコンビニエンスストアに向かった。




「ふう、危うく木葉に怒鳴られるところだった」


 弁当の袋を二つ持って、俺たちは外に出た。ふと隣に目をやるとさくらはクスクスと笑っている。


「なんだよ」

「買い物頼まれた子供みたい」


 そういってまたお腹を抱える。


「なんかむかつくぞ、そういうリアクション」

「ごめんごめん。なんかね、お母さんに買いもの頼まれた子供みたいだなぁって、そう思ったらなんか可笑しくて……」

「……」


 木葉は俺から見ても、よく気のつくやつだと思う。歳が一つしか違わないこともあってか、木葉は俺のことを手のかかる弟のように扱う時がある。


「図星……だったかな?」


 さくらが少し申し訳なさそうに苦笑いして俺の顔を覗きこんだ。


「あぁっと……あのね、春くん。明日、何時に迎えにいったらいいのかな?」


 慌ててさくらは話題を変えた。俺としてもこれ以上この話題を続けられたくはなかった。そう思いさくらに言葉を返そうとしたが、ふとさくらの言葉が引っかかった。


「明日? ―――さくら……つかぬ事を聞くが……その迎えとは何の迎えなんだ?」

「へ? 学校だよ?」


 なにいってるの、と言いたげにさくらが首を傾げた。


「先生が明日来るって……そう言ってたけど、春くんたちのことじゃないのかな?」

「俺達、何の用意もしてないんだけど……」

「……違うのかな?」


 間違いない。俺達のことだ。今日、引っ越してきたばかりでまだ制服も出していない。新しい制服もちゃんと届いていると母さんは言っていたけど……。


「春くん、どこいくの? もう着いたよ」


 俺がぶつぶつと呟きながら、家の前を通り過ぎるのをさくらが止めた。


「あ、すまん。今日はありがとな、さくら」

「明日は早めに迎えに行くから、ちゃんと起きるんだよ?」

「わかった。ありがとな」

「ん、じゃあね、また明日ね」


 そう言って、さくらはにっこりと微笑んだ。


「ん、またな」


 俺はさくらと別れを告げ、さっさと家の中に入っていった。台所の方に向かうと木葉がせっせと片付けをしていたが、俺の帰りに気付いていたのだろう、部屋に入ると同時に声をかけてきた。


「あ、ごはんごはん。兄ちゃん、遅いよ。お腹すいた」


 晩飯に気付いて声をかけたらしい。いやそんなことはどうでもいい。


「木葉! 学校、明日かららしいぞ!」


 弁当をあさる木葉の手が止まった。


「ウソ……せせせ、制服は!?」

「わからん……とにかく探すぞっ!」


 俺はまだかなり残っている未開封のダンボールを見つめた。

げんなりしているとぐぅと腹が鳴った。


「……とりあえず、食べてからにするか」


 そうして俺と木葉は、それぞれの弁当を手に取り、箸を取った。木葉には結局、ガキっぽいが好きそうなハンバーグ弁当にしておいた。やはり、俺は妹に甘い兄だな、と思った。

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