第2話 「コロンビアの扉」


1949年、アメリカが戦後の混乱から立ち直ろうとする頃、ウォーレン・バフェットは19歳になっていた。

彼はすでに、同世代とは異なる目でこの世界を見つめていた。


大学では経済を学んでいたが、教授たちの理論にどこか違和感を覚えていた。


「現実の市場は、教科書ほどきれいに動かない」


そんな時、運命的な一冊が彼の人生を変える。

それが、ベンジャミン・グレアムの著書――『賢明なる投資家(The Intelligent Investor)』だった。



「株はただの紙切れではない。

それは、企業という“生き物”の一部を所有するということだ」


その哲学に、バフェットは雷に打たれたような衝撃を受けた。

ページの一言一句が、まるで過去の自分の失敗を読み解き、未来の方向を照らすかのようだった。


彼はすぐさまグレアムが教鞭を取っていたコロンビア大学への進学を決意する。

入学願書にはこう書いた。


「私は、あなたの教えを信じ、実践し、深めたいと思っています。どうか、扉を開いてください」



やがて届いた合格通知。

ニューヨークへと向かう列車の中、バフェットは終始、分厚い財務諸表の冊子を手にしていた。


彼の世界は、すでに“価値”の視点で塗り替えられていた。



グレアムとの初対面は、驚きに満ちていた。


想像よりも柔和で、小柄な教授。だが、語る言葉には凛とした芯があり、何より**「マーケットは感情で動くが、投資家は理性で動かねばならない」**という姿勢に、深い知性がにじんでいた。


講義の最中、グレアムは板書でこう書いた。


「ミスター・マーケットに振り回されるな。彼は毎日、あなたに株を売ろうとし、買おうともするが、あなたが彼の機嫌を取る必要はない」


バフェットはその言葉を心に刻んだ。

「市場とは相手ではない。道具である」――その視点の転換は、彼の人生哲学の礎となる。



彼は授業のあとも、グレアムに付きまとった。

講義の感想をノートにまとめ、質問し、意見を述べる。ときに議論もした。


グレアムは、数ある教え子の中でも異様な熱量を持ったこの若者に、静かな関心を寄せ始めていた。



卒業後、バフェットは願った。


「グレアム=ニューマン社で働かせて欲しい」


だが、最初は断られる。理由は明快だった。


「君は優秀すぎる。ここに置くにはもったいない」


だが彼は諦めなかった。

数度にわたる説得と行動で、ついに“価値投資の総本山”とも呼ばれる場所への就職を勝ち取る。



この章の終わり、グレアムは言う。


「君は私の理論を継ぐ者かもしれない。だが気をつけなさい、理論だけでは市場は勝てない。“感情”という敵に、どう立ち向かうかが試される」


バフェットは深く頷く。


「僕は、数字の向こうにある“人間の心理”を読む投資家になります」


そして彼は、再び旅立つ。

今度は、投資家としての名を胸に。

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