01→Doomsday Mania

  フィルムが刃物で断ち切られた時、切り口から追憶の血が滲み出る。

  僕はそんな生ぬるい断捨離が嫌で、フィルムの上の黒い物質を小刀で少しずつ塗りつぶし、ここに記録された情報を徹底的に消し去ろうとした。

  ……さよならだ、暗く沈んだ過去よ。

  夏風が騒がしく窓辺を通り過ぎ、俺の頬をかすめ、流れ瓶や匿名の手紙のように、今日の出会いをそっと囁いた。

  そうか……と心で静かに応え、それから万年筆を手に取り、最後の予言を書き記した。

  夏風よ、この一片の手紙をくわえて、遠くへと吹き届けておくれ。運命の働きによってこれと出会う者は、きっとこの世界を新たな生へと導くのだ。

  ***

  2012年7月2日(木)、晴れ。

  「……中二病すぎる」長瀬左は屋上のベンチに仰向けに寝そべり、手で目の前の日光を遮りながら、だるそうにそうツッコミを入れた。

  「えー、前のバージョンよりずっとマシになったと思ったのに、結局ライトノベルの域を出てないってこと?」俺は彼の太ももの上に座り、不満気に答えた。

  「ああ。それより……お前、重いな。地面に座ってくれないか」彼は投げやりな口調で、俺の着席を拒んだ。最初は了承したくせに、まだ数分も経ってないのにすぐに前言撤回とはこれいかに?

  「悪いけどお断り。夏の暑さは飼育小屋のヒナ鶏だって煮えちゃうレベルだし、この学校だって所詮は巨大な飼育小屋でしかない……つまるところ、俺は焼け死にたくないから、君に我慢してもらうよ」俺は飄々とした口調で彼の頼みを断った。

  「……うっとうしい奴だ。やれ死ぬだの生だのと口にする奴ほど、誰より命を大切にしてるんだよな。お前の生き方への辛辣な感想、聞いてみるか?容赦なく罵倒してやるよ」彼は嫌そうな顔をしながら、パチンコで全財産を失った依存症患者のように、絶望と諦めの混じった薄笑いを浮かべた。

  今日も雲ひとつない快晴だ。俺は眩しい太陽をまぶしそうに見上げながら、そう考えた。才能に恵まれたこの奴に付き合って日光浴なんてしてると、どう見てもモブキャラの自分まで授業をサボる羽目になって、割に合わないなあ……。

  期末試験が迫っているというのに、俺はまだ屋上で受験も必要ない奴と話し込んでいる……こいつ、本当にたちが悪い。本来ありえないことなのに、これまでずっとそうしてきた。いったいなぜなんだ?

  「おい、またボーっとして……世界の終わりなんて、ライトノベルにしか出て来ない言葉だぞ。『クロック城殺人事件』じゃあるまいし……いつまでも一つの題材にしがみついてちゃダメだ」彼は目を閉じ、そっぽを向いた。多分、退屈すぎて居眠りでもしようってわけだ。

  「だが我々が生きているのは、情報が閉ざされた時代だ。俺が知っているのは、変わらない学校生活と、変わらない自然界だけ。激動する社会と平穏な生活という二重作用の中で、我々は息苦しい現実に流されるか、それとも滑稽な妄想の中で落魄するかだ……予定調和の日常と予想外の超展開が、この混沌とした集合意識の中で絶え間なく悲喜劇の笑話を生み出し、いわゆる世界の終わりも、その一つと見なせる。死は本能だ。恐怖が人々を団結させるように、死は人々をそれぞれ孤立させる。この社会はだ。マスメディアは死を隠蔽し、流行作品は死を美化し、社会時事は死を薄めている……まるで、この平凡な日常が永遠に続くかのように。高校入試、大学入試、大学院入試、公務員試験——個人にとっては、これらが唯一無二の大切な思い出になるかもしれない。だが社会にとっては、これらは季節のように毎年繰り返される些事に過ぎない。寒さが来れば暑さが去り、春が去れば秋が来る。この世界は突然入れ替わるわけではなく、平凡ながらも美しい日々はきっとこのまま連続していく……だが最終的には、死がすべてを連れ去る。『殰』にせよ『殇』にせよ『殁』にせよ『殒』にせよ、人生とは結局そういう『死んで終わり』なんだろう。そして世界の終わりとは、個人の思考と社会の意志が一致しない状況で、無理矢理に両者を合一させる特殊な道具なのだ。終末が訪れる時、死への恐怖は互いに敵対する者たちを共通の敵に対して団結させる。小説によく出て来る暴動群衆、臨時組織、秘密結社、あるいは相思相殺の関係になったお前と俺でさえ、この理論が世界の終わりにおいて推广され、反復されたものだ。『終末』という言葉には、生まれつきある種のロマンが備わっている。『電波女と青春男』で提唱された引力ロマンティシズムのように、終末の到来も独特の少年感あふれるロマンなのだ。『Lain』では、神様は信徒の崇拝の中で誕生するとされている。たとえ最後の一人の信徒だけになっても、この偽りの神々はなお継続しうる。俺の世界終末への憧れも、同じ理屈だ。要するに、まるで『終の空』で語られる物語のように——世界の終わりが来ると信じる者たちは自分自身の終末を迎え、信じない者たちは終末後の新世界で平凡な毎日を再び続ける。あるいは、世界の終わりは個人の意識の中に存在し、信じる者にはあり、信じない者には無いのだ」俺は立ち上がり、午後の日差しを浴びながら、そう連続して呟いた。

 彼はこっちを見ようともしないが、かといって眠っている様子でもない。俺がそばに近づくと、かすかに「でたらめ」という呟きが聞こえた。

「はあ――?そんな言い方ないだろ……わかりやすい言葉で中二病少年の妄想的幻想を否定するとか、そんなの絶対嫌だ」俺はむっつりと彼の上に跨り、日光を遮っていた彼の手を無理やり押しのけ、高見から見下ろすように直接彼の瞳を見つめた。直射日光を受けた後頭部が少し脂汗でべとつき、いらいらさせる。

  「俺は普段、尊大な奴とは口を挟まない。たとえお前であってもな……目を覚ませ、お前は特別なんかじゃない。終末だの信仰だの、そんなものは俺には関係ない」

  「お前が口にするそれらの言葉は、エコーチェンバー効果が形作った虚偽の繭部屋に過ぎない。軽々しいフィルターバブルに思考を縛られたお前は、憐れむほど滑稽だな」

  彼は苦笑いしたが、その手を伸ばして俺の頬を包み、優しく撫でた。

  「それでも、俺はお前に一度も嫌気が差したことはない」

  彼は愛玩動物を睨むように、曖昧な眼差しで俺の顔を弄んでいた……その曖昧さに俺は思わず視線を逸らし、傍らのコンクリート地面を見つめた。

  「いわゆる終末ロマンなんて、感情二要因理論が極限状況で作用した結果でしかない。崩壊した世界に存在するのは、はかないロマンではなく、骨身に徹する虚無だ」

  「虚無……重たい言葉だな。まるで空虚を実体化させた現代主義文学を詠んでいるように、この言葉を口にする度、胸にはいつも曖昧な不安が満ちていく」

  「そんなに愛らしいお前でも、あるいは誰か愛情妄想患者の目に映るゲシュタルトの断片に過ぎず、ヘイフリック限界に縛られないシュレーディンガーの幽霊であり、古典論理では語り得ないヘンペルのカラスなのかもな……ああ――」

  彼はまだ何か言おうとしたが、突然の夏風に遮られた。色を失った彼の曖昧な瞳に一瞬、明るい黄色が閃くと、その後クールー病患者のように不自然に大笑いを始めた。

  「急に笑い出して……気味が悪いぞ――」俺は彼の身体から離れ、彼の頭の前方に立ってそう言った。

  突然の涼しい風が夏の暑さを一層強調する。まるで明かりをつけて初めて部屋の暗さに気づくように。穏やかな風と灼熱の間を揺れ動く、この最後の夏は、いったい俺たちに何を残すのだろう……

  「悪い悪い……ただ面白いことを思い出しただけさ、ははは」

  彼は突然立ち上がると、よろよろと腰の高さまである深緑の鉄柵に寄りかかった。危なっかしく、今にも崩れ落ちんばかりに柵の上に身を乗り出し、まるで畑に立つ「ねじねじ」のようにくねらせている。

  「あ、危ない――」

  俺は彼を追いかけられなかった。一瞬のうちに、彼の姿はたちまち俺の視界から消え去った。

  ……消えた? 消えた!?

  状況がおかしいと気づいた時には、もう下階からは鉄製キャビネットが倒れるような、不気味な轟音が響き渡り、耳を支配していた。

  俺はどうすればいいのかわからず、無力に地面に座り込んだ。目を背けたくなるような現実に直面するのはごめんだった。

  ……いったい何がどうなってるんだ、なぜ突然こんなことに……なぜ? なぜだ?!

  そうして、一秒、二秒、三秒。

  俺は相変わらず虚ろにその場に座り続けた。

  四秒、五秒、六秒。

  優しくながらも情趣を解さない夏風が俺の顔を撫でると、やがて遠くの晴れ渡る空へと跡形もなく消え去り、俺を置き去りにした。

  七秒、八秒、九秒。

  ……秒を数えるこの行為に、客観的な連続性は存在するのだろうか?

  十秒、十秒、十秒。

  カクついて錆びついた差分機関、ずれたセル・オートマトン、文字盤から飛び出したトゥールビヨン……脳内のストップウォッチ、只今運転停止。

  (※以下の引用は中国語版から二次翻訳されたもので、原意と異なる場合があります)

  「ああ、これほど高貴な心が、かくも堕ちるとは」(『ハムレット』より)

  「え?」

  突然、背後から見知らぬ声がした。長門有希か、あるいは音無彩名のように、感情を察知しにくい平坦な口調が、まっすぐに俺の脳裏に刺さってくる。

  いや、より正確に言えば、俺の脳が無理矢理そんな口調を受け入れさせられたのだ。

  「彼らは墜落する、神がその信仰を失ったから。彼らは自らの鼓動に神の声を聞かなかったから」(『アル・アラーフ』より)

  「ええっ?」

  振り返ると、灰色のセーラー服を着た少女が、手すりにもたれて晴れ渡る空を見上げている姿が見えた。

  片手は手すりに触れ、もう片方は胸の前で拳を握り、まるで懐中時計を握っているかのようだ。腰まである黒い長髪が風に揺れ、夏風の輪郭を軽やかに描き出している。

  彼女はこっちを向こうともせず、ただ眼角でちらりと見た後、俺に反応があるのを確認すると、先ほどの朗読を再開した。

  「鳥は殻を破ろうと奮闘する。殻こそ世界である。新たに生まれんとする者は、世界を破壊しなければならない」(『デミアン』より)

  俺はどうすればいいかわからず、さっきまでの絶望は困惑へと変質した。眼前の気品と可愛らしさを併せ持つ少女を見ているうちに、なぜか次第に平静を取り戻し、彼女の口から紡ぎ出される言葉に魅了され、再々当惑していく。

  「彼らは地面で腐乱する運命を知りながら、それでも飛翔の優雅さを携えて墜落していく」(『シラノ・ド・ベルジュラック』より)

  「おいおい――君さんよ、そこまでにしろよ。ひたすら先人の言葉を繰り返すだけじゃ、自身の思想の偉大さなんて示せやしない。この継ぎ接ぎだらけの材料を見ろ、君も所詮は他人の知恵を拾い集める再生機でしかないんだ」

  長瀬左は階段室の鉄のドアをゆっくり押し開けながら、獲物を守る野犬のように相手の言辞を貶めた。同時に、汗が彼のシャツに滲み、鉄屑が両手にまみれ……どこか慌ただしい様子だ。

  「あら、左さんじゃない。あの蒸し暑い夏の風に吹き飛ばされて地面に落ちてしまったかと思ったわ」

  少女は左くんの方に顔を向け、挑発的な口調で皮肉を言い放った。

  「それは残念だったな。俺はただちょっとした予定外のミスを犯しただけだ。そんな細かいことで君がそんなに喜ぶとはね」

  左くんはだらりと笑いを零し、少女の嘲笑に反撃を加えた……どう見ても犬みたいだ。

  「それなら、これ以上邪魔する必要もなさそうね。天野前さん、またいつか」

  感情の読めない少女は俺に振り返りながら微笑むと、さっと左くんと肩をすり抜け、姿を消した。

  俺はただ呆然と風の中に立ち尽くした。一秒、二秒、三秒……

  ***

  「信憑性もない声だけを根拠に、勝手に俺の死を宣告するなんて……事、目で見ず耳で聞かずして、その有無を臆断するは、果たして不可なりだな」彼は俺のハンカチで汗を拭いながら、息を切らしてそう言った。

  (※この発言は北宋の文学者・蘇軾が『石鐘山記』に記した「事、目で見ず耳で聞かずして、その有無を臆断する、可ならんや?」という名文句を換骨奪胎したものである)

  「悪い……けど、直感的にそう思っただけだし……」俺は不満気に応じる。まったく、こいつはどうしてここまで手がかかるんだ、呆れ返ると同時に頭も痛くなる。

  「『直感』か……あはは、それって『SHI-NO 呪いは五つの穴にある』の展開と同じじゃないか。」

  「幻覚剤で小説と現実の区別がつかなくなった老爺は、ドアの音を聞いてパニックになり、浴槽で自らの喉を切った。ただのドアの音なのに、奴はその些細なことで手記に登場する怨霊に追われていると思い込んで……

  まったく『風声鶴唳、草木皆兵』だな」左くんはベンチで俺と並んで座り、いつものように冗談を交わした。

  「そういえば……さっき一体何が起きたんだ?なんで急にあっちへ走り出したの?」少し不快な動悸を覚えながら、彼にそう尋ねた。

  「別に、ただ何となく思いついただけさ……この話は忘れてくれ。追求しても君にとって得るものはないから」左くんは相変わらず暢気に笑いながら、俺の質問を適当にかわした。

  昨日に小雨が降ったばかりで、今日の空気は格別に清新だ。生臭い土の匂いも混じっていない。爽やかな夏の日は、気分を殊の外爽快にしてくれる。こんな清らかな朝日に浴していると、これまでの疲れや不愉快もどこかへ消え失せてしまう。

  ……そうだ、あの時の不気味な状況への疑念さえも、跡形もなく消え去ってしまった。

  「ところで、路地裏のあの書店に新刊が入ったらしい。一緒に見に行ってくれないか?」左くんはやや唐突に話題を変え、新たな提案を口にした。

  「うん……まあ、別にいいけど……あの店はライトノベル入れてないだろ、洋書の翻訳ばかりじゃん。付き合ってやらないわけじゃないけど、前みたいに勝手に俺を置き去りにすんなよ」俺は少し不承不承しい口調で答えた。

  「わかったよったく、自分がそういうものを理解しようとしないくせに、昭和の頑固親父みたいなこと言いやがって……今の平成は外来文化と伝統文化を同等に扱う恐ろしい時代なんだから、外国の小説くらい読めないとね……」彼は不满そうにそう言った。

  「そんなこと言ったって、『ハムレット』に『ユリシーズ』、『ドン・キホーテ』なんて読まないよ……狂人たちの集会みたいな作品のどこが面白いんだか──」

  俺たちが知り合って間もない頃、彼が最初にくれた小説があの名高い『ハムレット』だった。細かい筋書きは今ではもうあまり覚えていないが、西洋文学と言えば、つい父親の復讐をしようとして結局みんなを死に追いやったデンマークの王子を思い出してしまう……一体どこが人文主義なんだろう?

  (※文中の「近年」「現在」などの表現は全て2012年時点を基準とし、提及される作品は全てこれ以前に出版されたもの)

  「西洋文学が嫌いなのも無理はないな……これらの作品が傑作でないわけじゃないが、時代遅れだったり高尚すぎたりで、普通の中学生であるお前が嫌うのは至極当然だ。初心者なら『あぶ』や『若きウェルテルの悩み』のような本の方がいい……ただし、お前が作品中の主人公のように運命の死を選ぶことは許さない

  「平成の小説で例えるなら、『Jの神話』『フリッカー式』『N·H·Kにようこそ』みたいな、鬼才作家にしか書けない作品は、生まれた時からニッチで異質な運命を免れない。

  「だが、近年こうした作家は氾濫するほど多い。入間人間、佐藤友哉、麻耶雄嵩……みんな精神病院で頭を診てもらうべき個性の持ち主じゃないか。レトロなところでは、夢野久作、小栗虫太郎、谷崎潤一郎……

  「正直に言うと、俺はこういう連中が好きだよ。狂人か天才か、本質的には何の違いもない。それは単に現代人の理解や視点、分析の結果が異なるだけで押し付けられた二つのレッテルに過ぎない。

  「なんだか不可思議に聞こえるか?だがそうなんだ。俺たちが信じられるのは、自分が目にした事実だけ。それ以外は聞こえないふりをし、見えないふりをする。西洋文学が今の形になるまでに何百年もの変革を経てきた。ウィリアム・バロウズにアレン・ギンズバーグ、ジャック・ケルアックといった狂人たちでさえ、文学進化史において必然かつ必要な一環なんだ。

  「ただ残念なのは、歴史の長河に置けば、この一環はまだあまりに微小だ。お前と俺でさえ、最終的には時代の激流に飲み込まれ、最期の悲鳴を上げる前にあっけなく消え去る。だが、軽やかな死にも悪くはない。まるでお前がさっき話した終末ロマンのように、この量子重ね合わせ状態、あるいは波動粒子二重性を持つ死もまた、人生の美しさだ。いわゆる死の本能、つまりタナトスコンプレックスは、とっくに俺たちの心に深く根付いていて、死は誰にとっても避けられない運命なんだ」

  左くんの目には言葉にし難い熱情が輝いていた。単純に「狂気」という一言で片付けるにはあまりに味気ない。那种一言难尽的乖戾感,まるで超音速の直球がストライクゾーンを突き抜けたサブカル愛好者のように、その瞳の奥は深い欲望に包まれていた。

  「話が逸れすぎだろ――まるでみたいなのに……」俺は不満げにツッコミ、彼の支離滅裂な発言を遮った。

  「狂人?そうじゃない。そんな形容詞は所詮、他人が押し付けたレッテルでしかないんだ。羊群効果、グループダイナミクス、沈黙の螺旋、社会的隔離、多元的無知、鏡像知覚、責任拡散、レミング効果……そんな理論は掃いて捨てるほどある。要するに、これら社会効果の後押しで、社会媒体が大衆に真理と同等の言語構象を塑造してるんだ。これこそ情報交流におけるパレートの法則だよ。俺は誰かを狂人と決めつける論調が大嫌いだ。いわゆる狂人なんて、ただ主流文化に逆行するが故に貶められてるだけで、実に滑稽な話さ。」

  彼は笑いながら視線を地面へ落とし、何を見つめているのかわからない。俺が尋ねようとした瞬間、またしても彼に先を越された。

  「行こう、書店へ」

  彼は俺の襟を掴むと、警備員や教師の目を躱しながら、説明もなく俺を校門の外へ引っ張り出した。

  さっきの行動は、もしかして敵の位置確認だったのか?いかにも彼らしいやり方だ。

  夏の風が燥いた熱気を包んで地表から舞い上がり、殆ど涝災レベルの汗さえも、この奇妙な風の中で蒸気へと変わる。そういえば、空に堆積する雲は、もしかしたら俺の汗の貢献もあるんだろうか?

  とにかく、あちこち回った挙句、喉の渇きに喋るのも面倒くさくなった俺は、ついに彼と共に路地裏の小さな書店へとたどり着いた。

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過ぎ去った夏と、まだ消えない君 少年Z @ShounenZ

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