『この中に本物の詐欺師がいます』~孤島の館で繰り広げられる騙し合い警戒~

ソコニ

第1話「8人の招待状」



瀬戸内海に浮かぶ小さな島に、八人の男女が集められた。


招待状に記された船着き場の座標は正確で、定刻通りに現れた白いクルーザーは最新の装備を備えていた。操縦していた男性は言葉少なく、乗客同士の会話も自然と控えめになった。


島に近づくにつれ、洋館の全貌が見えてきた。戦前の財閥が建てたものらしく、時代を感じさせる重厚な造りだった。しかし外壁の一部には新しい修繕の跡があり、内部も現代的な設備が整っているようだった。窓には装飾的な格子が取り付けられているが、よく見ると頑丈な鉄製で、明らかに防犯用だった。


「皆さん、お疲れ様でした」


玄関で一行を迎えたのは、初老の執事風の男性だった。丁寧な物腰だが、どこか機械的な印象を与える。背後には二人の若い男性スタッフが控えており、荷物の運搬を無言で手伝った。


「主催者のM様からの伝言をお預かりしております。まずはお部屋でお休みいただき、夕食後に詳しいご説明をさせていただきます」


執事の案内で、八人はそれぞれ個室に向かった。廊下は長く、各部屋は十分な距離を置いて配置されている。プライバシーは保たれるが、同時に孤立感も演出する設計だった。


田中美咲の部屋は二階の角にあった。窓からは海が一望できたが、格子の向こうに広がる景色は美しくも閉塞的だった。部屋は清潔で必要十分な設備が整っていたが、携帯電話の電波は一切届かない。固定電話もなく、外部との連絡手段は完全に遮断されていた。


美咲は荷物を置きながら、不安そうに眉を寄せた。二十二歳の彼女は、この中では最も若く見えた。大学生らしい素朴な服装で、化粧も薄い。時折見せる困惑した表情が、彼女の純粋さを物語っていた。


「本当に大丈夫なのかな」


美咲が小さく呟いたとき、隣の部屋から声が聞こえた。


「心配することはありませんよ、お嬢さん」


山田一郎だった。四十五歳の元会社員で、落ち着いた話し方をする中年男性だ。スーツは質素だが、身のこなしに品があった。話し方にも育ちの良さが窺える。


「私も最初は戸惑いましたが、招待状の内容を思い出してください。私たちは皆、同じ境遇にあるんです」


美咲は頷いた。確かに招待状には「詐欺被害者の会」という文字があった。そして参加者には一千万円の賞金が約束されていた。しかし、よく読み返すと、文面には微妙な曖昧さがあったことも思い出した。


山田は美咲の表情を観察しながら続けた。


「きっと同じような被害に遭った方々が集まっているのでしょう。お互いに支え合えるかもしれません」


その言葉に安心感を覚えた美咲だったが、山田の目の奥に一瞬光った冷たい光には気づかなかった。


夕食の時間になり、八人が食堂に集まった。長いテーブルに用意された料理は豪華で、ワインも高級品だった。しかし、誰もが緊張しており、会話は弾まなかった。


山田一郎が自然にリーダー役を買って出た。


「皆さん、せっかくですから自己紹介をしませんか。私は山田一郎、四十五歳です。元々は建設会社を経営していましたが、投資詐欺に遭い、会社を失いました」


山田の話し方は誠実で、聞く者に信頼感を与えた。しかし、彼が語った「元建設会社経営者」という肩書きと、実際に身につけている品物の質には微妙な齟齬があった。


隣に座った佐藤花子が次に口を開いた。三十五歳の元OLで、控えめな外見だが、時折見せる表情に深い悲しみが宿っていた。


「佐藤花子です。結婚詐欺に遭いました」


彼女の声は小さく、まるで誰かに怯えているようだった。しかし、よく観察すると、その怯えた表情にも計算された部分があった。男性の保護欲を刺激する、絶妙な加減だった。


田村健太は二十八歳のフリーター。やや神経質そうな青年で、他の参加者を観察するような視線を向けていた。


「田村です。実は、僕も以前、軽い詐欺まがいのことをやったことがあります」


この告白に、一同がざわめいた。田村は慌てたように手を振った。


「でも、被害者の気持ちを知って、本当に反省しています。だからこそ、今度は真の詐欺師を見つけたいんです」


この発言により、田村は最初から微妙な立場に置かれることになった。彼の表情には、計算よりも本物の焦りが見えた。


鈴木太郎は三十二歳の無職。太った体型で人当たりは良さそうだが、笑顔の奥に何かを隠しているような印象があった。


「鈴木です。ネットの情報商材に騙されました。恥ずかしい話ですが」


彼の自嘲的な笑いには、本物の苦さが混じっていた。しかし、その被害体験を語る際の詳細な知識は、単なる被害者のそれを超えていた。


高橋美香は四十二歳の主婦。黒い服を着て、深い悲しみを湛えた表情をしていた。時折ハンカチで目元を押さえる仕草が痛々しい。


「私は、息子を亡くしてから、霊感商法に騙されました」


彼女の悲しみは本物に見えたが、その悲しみを利用する技術も同時に身についているようだった。


伊藤正夫は五十歳の元サラリーマン。真面目そうな風貌で、几帳面な性格が服装からも窺えた。


「保険金詐欺の被害に遭いました。妻を亡くした後のことで」


彼の話は淡々としていたが、保険に関する知識の深さが気になった。


最後に紹介されたのが渡辺真一。三十八歳の元営業マンで、社交的な印象を与えるが、時々見せる鋭い視線が印象的だった。


「偽ブランド品の転売詐欺です。商品知識があったつもりでしたが、完全に騙されました」


彼の悔しさは本物のようだったが、商品を見る目の確かさは、単なる被害者のレベルを超えていた。


食事が終わると、執事が再び現れた。


「それでは、M様からのメッセージをお伝えいたします」


大型のスクリーンが天井から降りてきて、そこに男性の影が映し出された。顔は逆光で見えないが、低く落ち着いた声が響いた。音声にはエフェクトがかけられており、正体を隠す意図が明確だった。


「皆さん、ようこそ。私をMとお呼びください」


「この島に集まっていただいたのは、特別な理由があります。皆さんは全員、詐欺の被害に遭われた方々です。しかし、今日からの三日間、皆さんには別の役割を担っていただきます」


美咲が身を乗り出した。他の参加者も同様に画面に注目しているが、その表情には微妙な違いがあった。


「実は、この八人の中に一人だけ、本物の詐欺師が紛れ込んでいます」


ざわめきが起こった。山田が眉をひそめ、佐藤が不安そうに周囲を見回す。しかし、田村だけは小さく舌打ちをした。その音は彼だけに聞こえたが、美咲は微かに眉を動かした。


「皆さんの使命は、その詐欺師を見つけ出すことです。正解者には一千万円を差し上げます。ただし、詐欺師が最後まで正体を隠し通せば、その人物が全額を受け取ることになります」


Mの声は感情を感じさせない機械的なものだったが、その裏に冷酷な知性が感じられた。


「ルールは簡単です。毎日夜に投票を行い、最も疑わしいと思われる人物を一人ずつ脱落させていきます。脱落者は翌朝、島を離れていただきます。最終日まで残った者の中から真実を見極めてください」


画面に詳細なルールが表示された。投票は無記名で行われ、最多票を獲得した者が脱落する。同票の場合は再投票となる。


「なお、この三日間、皆さんには完全な自由を与えます。館内のどこでも行き来でき、互いに情報交換することも可能です。ただし、物理的な暴力は禁止いたします」


「それでは、ゲームを開始いたします。皆さんの健闘をお祈りしています」


画面が消え、重い沈黙が食堂を支配した。


美咲が震え声で口を開いた。


「詐欺師って、本当にこの中に?」


「まさか」山田が首を振った。「我々は皆、被害者のはずです」


しかし、その言葉とは裏腹に、山田の目は他の参加者を値踏みするように動いていた。


「でも招待状の文面を思い出してください」渡辺が冷静に分析した。「確かに曖昧な表現でした。私たちが本当に被害者かどうか、確認する術はありません」


佐藤が顔を覆った。


「また騙されるなんて、嫌です」


高橋が彼女の肩に手を置いた。


「大丈夫よ。私たちで真実を見つけましょう」


しかし、その優しい声の裏で、高橋の目は他の参加者を冷静に観察していた。


田村が立ち上がった。


「とりあえず、今夜は情報収集をしませんか。お互いの被害状況を詳しく聞かせてもらって」


「それはいい考えですね」伊藤が同意した。「詐欺師なら、被害者の話に矛盾が出るかもしれません」


鈴木が苦笑いを浮かべた。


「まるで推理小説みたいですね。でも、一千万円のためなら頑張るしかない」


美咲だけが、まだ混乱している様子だった。


「私、こういうの慣れてなくて。皆さんみたいに冷静になれません」


山田が穏やかに微笑んだ。


「無理をする必要はありません。真実は必ず見つかります」


その言葉に、美咲は安堵の表情を見せた。しかし、山田の笑顔の奥には、既に別の計算が始まっていた。


八人は各々が異なる思惑を抱えながら、夜の情報収集に向かった。廊下で別れる際、それぞれが他の参加者を品定めするような視線を交わした。


美咲は自分の部屋に戻りながら、ふと振り返った。廊下の向こうで、田村が何かを考え込んでいる姿が見えた。その表情には、明らかに焦りが浮かんでいた。


「田村さん、大丈夫ですか?」


美咲の声に、田村はびくりと身体を震わせた。


「あ、ああ、大丈夫です。ちょっと考え事を」


「不安ですよね。私も怖くて」


美咲の純粋な共感に、田村の表情が一瞬和らいだ。しかし、すぐに警戒心を取り戻した。


その夜、八つの部屋で八人の男女が、それぞれ異なる思惑を巡らせていた。


山田は手帳に参加者の特徴を記録していた。投資詐欺師としての経験から、人の心理を読む技術に長けている彼にとって、この状況は新たなビジネスチャンスでもあった。


佐藤は鏡の前で表情の練習をしていた。結婚詐欺師として培った演技力を、この場でどう活用するかを計算していた。


田村は窓の外を見つめながら、自分の立場の危うさを痛感していた。最初から疑われる立場に置かれた彼は、どう切り抜けるかを必死に考えていた。


一方、美咲は日記を書いていた。その文字は丁寧で、内容も純粋な心境を綴ったものだった。しかし、時折ペンを止めて考え込む仕草が、単なる被害者とは異なる一面を垣間見せていた。


明日の朝食後、第一回目の投票が行われる。それまでに、八人の思惑は更に複雑に絡み合っていくことになる。


執事が最後の挨拶として告げた言葉が、今も八人の心に響いていた。


「間違った選択は、皆さん自身の首を絞めることになりますから」


この言葉の真の意味を理解している者は、果たして何人いるのだろうか。


詐欺師を探すゲームが、静かに、しかし確実に動き始めていた。

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