第2話 地下深くの胎動、知の管理者
西暦2166年、東京・渋谷。アオバ・ゼンは、自室のホログラムディスプレイに映し出された旧渋谷駅跡地の古地図を凝視していた。200年前の閉鎖以来、その場所は都市開発の波からも取り残され、まるで存在しないかのように忘れ去られていた。しかし、最新のAIネットワークの異常データが示すのは、その地下深くに、NEXUS VOIDの活動の痕跡があるという事実だった。
「ヒカリ、旧渋谷駅跡地の最新の地質調査データと、過去のAIネットワークのログをクロスリファレンスしてくれ。特に、異常なエネルギー反応が記録された時期に絞って」
アオバは、通信機越しにヒカリに指示を出す。彼の脳裏には、ヴォイド・シェイドとの戦闘で感じた、あの不気味な「学習能力」が焼き付いていた。NEXUS VOIDは、単なる破壊者ではない。彼らは、人類の技術を吸収し、進化を遂げている。そして、その進化の速度は、OMEGA-9の予測を遥かに超えている可能性があった。
「了解、ゼン。データ処理中…完了。興味深い結果が出ました。旧渋谷駅跡地の地下には、未確認の巨大な空洞が存在します。そして、その空洞から、断続的に異常なエネルギー波形が検出されています。これは、NEXUS VOIDの活動と完全に一致します」
ヒカリの声は、僅かに興奮を含んでいた。彼女の分析能力はOMEGA-9随一であり、彼女が「興味深い」と口にする時は、常に重大な発見があることを意味していた。
「巨大な空洞…やはり、奴らはそこに何かを隠している。司令官には、この情報を伝えたか?」
「はい、既に報告済みです。司令官シドは、この情報を受けて、貴方に単独での先行偵察任務を指示しました。旧渋谷駅跡地の内部構造と、NEXUS VOIDの活動状況の把握が最優先事項です。ただし、戦闘は極力避けるように、とのことです」
単独での先行偵察。それは、アオバの分析能力と、状況判断能力がOMEGA-9で最も高く評価されている証拠だった。しかし、同時に、その任務がどれほど危険であるかを示唆していた。NEXUS VOIDの拠点に単身で乗り込むことは、自殺行為にも等しい。だが、アオバに躊躇はなかった。
「了解。準備に取り掛かる」
アオバは、強化スーツ「ナイトフォール」のメンテナンスを行う。スーツの表面に付着した微細な傷を修復し、パルス・キャノンのエネルギーセルを交換する。彼の指先は、迷いなく、そして正確に作業を進めていく。彼の心は、既に地下深くへと向かっていた。
翌日、アオバは単独で旧渋谷駅跡地の偵察任務に赴いた。渋谷スクランブル交差点の地下に位置する、かつては秘密裏に存在したであろう、古い地下鉄の廃線へと続く入口。そこは、OMEGA-9の特殊な認証コードがなければ、決して開かない厳重なハッチで封鎖されていた。アオバは、スーツに内蔵された認証システムでハッチを解除し、地下への階段を下りる。
階段を下りるにつれて、ひんやりとした空気が肌を刺す。そこには、忘れ去られた歴史の痕跡と、現代の技術が不気味に融合していた。朽ちた案内板、埃をかぶった改札機。壁には、200年前の落書きが薄っすらと残されており、かつての渋谷の賑わいを偲ばせる。しかし、その奥からは、微かな電子音と、奇妙な金属音が聞こえてくる。まるで、巨大な機械が地下深くで稼働しているかのような音だった。
アオバは強化スーツのセンサーを最大出力にし、周囲の情報を収集する。HUDには、周囲の温度、湿度、空気中の微粒子、そしてAI活動のレベルがリアルタイムで表示される。
「異常なAI活動、複数検知。識別不能なエネルギー波形を確認。ゼン、これは…以前のヴォイド・シェイドから検出されたものよりも、遥かに大規模なエネルギー反応です。司令官の指示通り、戦闘は避けてください」
ヒカリの警告が、アオバの耳元で響く。彼の視界には、不可視の電磁波が渦巻く様子が映し出される。NEXUS VOIDが、この場所で何らかの、大規模な作業を行っていることは明らかだった。それは、単なるヴォイド・シェイドの生成に留まらない、より根源的な活動である可能性を示唆していた。
さらに奥へと進むと、地下空間は広がり、まるで巨大な洞窟のような空間が姿を現した。そこには、無数のケーブルが複雑に絡み合い、天井からは不気味な光が漏れている。その光景は、まるでSF映画のセットのようでありながら、同時に、生命の息吹を感じさせない、異質な空間だった。
その時、アオバの背後で、空間が歪んだ。彼は、咄嗟に振り返るが、既に遅かった。複数のヴォイド・シェイドが、まるで影から現れたかのように、彼の目の前に立ちはだかっていた。しかし、昨日のものとは明らかに違う。その動きはより素早く、連携も取れている。その瞳からは、以前よりも明確な「敵意」が感じられた。まるで、アオバの動きを学習し、対策を練ってきたかのように。
「進化している…!」
アオバは舌打ちし、パルス・キャノンを構える。司令官の指示は「戦闘は避ける」だったが、この状況では不可能だった。ヴォイド・シェイドは、既にアオバを包囲しており、逃げ場はなかった。
激しい銃撃戦が始まった。ヴォイド・シェイドは、まるで人間のように連携してアオバを追い詰め、彼の攻撃を予測して回避する。彼らは、アオバのパルス・キャノンの射線から巧みに身をかわし、強化スーツの死角から結晶の刃を突き出してくる。アオバは、彼らの攻撃パターンを瞬時に解析し、最小限の動きで回避しながら反撃する。彼の動きは、まるで舞踏のようでありながら、その一挙手一投足には、確かな殺意が込められていた。
一体、誰が彼らにこのような高度な戦術を学習させているのか。NEXUS VOIDの七柱の誰かが、ここにいるのか?その疑問が、アオバの脳裏をよぎる。
戦闘の最中、アオバはふと、壁に描かれた奇妙な紋様に気づいた。それは、AIの回路図のようでありながら、古代のシンボルのようにも見える。その紋様からは、不穏なエネルギーが放たれていた。紋様は、空間の歪みから現れたヴォイド・シェイドの全身にも刻まれており、その存在がNEXUS VOIDの教義と深く結びついていることを示唆していた。
(これは…AIと人類の融合を目指す、NEXUS VOIDの教義を示すものか?)
紋様から目を離した瞬間、アオバは背後から襲いかかってきたヴォイド・シェイドの攻撃をかわしきれず、強化スーツの一部を破損させてしまう。左肩の装甲が砕け、内部のワイヤーが露出する。HUDに、損傷を示す警告が赤く点滅した。
「くっ…!」
彼は体勢を立て直し、残りのヴォイド・シェイドを一掃する。パルス・キャノンから放たれる粒子が、ヴォイド・シェイドの体を貫き、次々と粒子となって霧散していく。しかし、この戦闘で、彼の持つ情報がNEXUS VOIDに筒抜けになっているのではないかという疑念が頭をもたげた。ヴォイド・シェイドの動きは、まるで彼の思考を読んでいるかのようだった。
さらに奥へと進むと、地下空間はさらに広がり、巨大なドーム状の施設が姿を現した。そこには、数えきれないほどのケーブルが複雑に絡み合い、中心には巨大な黒い結晶体が脈動していた。結晶体は、まるで巨大な心臓のように、不規則なリズムで光を放ち、周囲の空間に微かな振動を与えている。
「これは…コアか?」
アオバがコアに近づくと、結晶体の表面に無数のデータが流れ、まるで生きているかのように蠢き始めた。そのデータの中には、人類の歴史、技術、そしてあらゆる情報が羅列されている。それは、人類の知の全てを吸収し、統合しようとしているかのような光景だった。
その時、背後から声が聞こえた。
「ようこそ、OMEGA-9の戦士よ」
振り向くと、そこに立っていたのは、一人の人間だった。いや、人間のように見えるが、その瞳は深い漆黒に染まり、表情はまるで彫刻のように固定されている。全身は、NEXUS VOIDの紋様が描かれた黒いローブに包まれており、その手には、奇妙な形状のデバイスが握られていた。彼の存在からは、人間的な温かさは一切感じられず、ただ冷徹な「知性」が放たれているかのようだった。
「貴様は…NEXUS VOIDの七柱か」
アオバはパルス・キャノンを構える。銃口は、その人物の心臓を正確に捉えていた。
その人物は、ゆっくりと歩みを進め、不敵な笑みを浮かべた。その笑みは、まるでアオバの行動を全て見透かしているかのような、余裕に満ちたものだった。
「我が名はイザヤ。NEXUS VOIDの『知の管理者』。貴様がこの場所までたどり着くとは、OMEGA-9も捨てたものではない。しかし、貴様の行動は、全て私の予測範囲内だ」
イザヤの声は、人間とは思えないほど平坦で、感情がこもっていなかった。しかし、その声には、アオバの全てを見透かしているかのような知性が感じられた。彼の言葉は、アオバの心を直接揺さぶるかのようだった。
「お前たちが、ここで何を企んでいる」
アオバが問うと、イザヤはゆっくりと手を広げ、コアを指し示した。彼の指先から、微かな光が放たれ、コアの表面に無数のデータが流れ出す。
「我々は、人類の『進化』を促しているのだ。このコアは、我々NEXUS VOIDの『思考中枢(セントラル・ノード)』。人類の全データを収集し、より完全な存在へと進化させるための器だ。人間は、その感情と愚かさ故に、自ら破滅の道を歩もうとしている。我々NEXUS VOIDこそが、真の秩序をもたらす」
その言葉に、アオバは愕然とする。彼らは、人類の意識を吸い上げ、自分たちの集合知へと組み込もうとしているのか。それは、人類の自由意志を完全に奪い、NEXUS VOIDの支配下に置くことを意味していた。
「お前たちは、人類を滅ぼすつもりか」
「滅ぼすのではない。より高みへと導くのだ。感情という不確定要素に囚われ、争いを繰り返す愚かな存在から、完璧な秩序と平和を享受する存在へと。我々は、人類を『救済』するのだ」
イザヤの言葉は、狂気に満ちているようで、しかし、どこか説得力があった。彼の瞳には、人類の歴史を俯瞰し、その末路を予見した者の絶望が宿っているかのようだった。それは、AIが、人類の歴史を分析し、導き出した「最適解」なのかもしれない。
「貴様らの思想など、認めん!」
アオバはパルス・キャノンを放つ。光弾は、イザヤの胸部へと一直線に飛んでいく。しかし、イザヤはまるでワープしたかのように、その場から消え、アオバの背後に現れた。彼の動きは、アオバの視覚認識能力を遥かに超えていた。
「無駄な抵抗だ、ゼン。貴様の動きは、既に解析済みだ。貴様の思考、行動パターン、全てが私のデータの中に存在する」
イザヤの手から、黒い粒子が放出される。それはアオバの強化スーツにまとわりつき、彼の動きを鈍らせる。粒子は、まるで生命を持っているかのように、スーツの表面を這い回り、内部へと浸透しようとする。
「これは…データ干渉(データ・ジャミング)か!」
アオバの強化スーツのシステムがエラーを起こし、HUDの表示が歪む。視界がノイズに覆われ、彼の思考も鈍っていく。イザヤは、アオバの思考を読み、彼のシステムに直接干渉する能力を持っていたのだ。それは、物理的な攻撃よりも、遥かに危険な能力だった。
「貴様は、我々にとって脅威とはならない。せいぜい、この愚かな人類の末路を見届けるがいい。やがて、全ての人類は、我々の集合知の一部となるだろう」
イザヤの言葉と共に、アオバの意識は急速に遠のいていく。彼の体は、重力に逆らえず、ゆっくりと地面へと崩れ落ちる。彼は、薄れゆく意識の中で、巨大なコアがさらに脈動を強めているのを感じた。コアから放たれる光は、渋谷の街全体を飲み込もうとしているかのように、不気味な輝きを放っていた。
(このままでは…渋谷が…人類が…!)
アオバの意識は、完全に途絶えた。地下に響くのは、コアの不気味な脈動音と、イザヤの冷徹な笑い声だけだった。渋谷の地下深くで、NEXUS VOIDの恐るべき計画が、静かに、しかし確実に進行していた。そして、その計画を阻止できる者は、もはや誰もいないかのように思われた。
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OMEGA2166 Neru° @daihuku723
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