第5話 冒険のはじまり

 ゲームの世界に転生して、私はずっと驚いてばかりだったけど、その中でもヴォルフの登場はおしっこちびりそうなくらいびっくりした。

 まさかレジェンダリーアイテムがヴォルフだったなんて。ランダムで貰えるとはいっても、ラスボスが仲間になるなんていいのだろうか。何だかこのゲームが壊れてる気がする。


 だけど、とにかくヴォルフは最高の仲間だった。強くて賢くてかっこよくて、それでいて品がある。私はヴォルフにメロメロだった。

 彼は私を別世界の高みへといざなってくれるはず。それは文字通り高い所にだって。


「やっほー! すごいよ、ヴォルフ!」


 私はヴォルフの背中に乗ってちょっとした遊覧飛行を楽しんでいた。まるで鳥になった気分で山肌を縫うように渓谷を飛び回っていた。彼の飛行性能はずば抜けて高く、景色が目まぐるしく変わっていく。


「いやあ、快適快適。ヴォルフとならどこへでも行けちゃうね」


 ヴォルフは私がご機嫌でいるのを見ると、今度は空へ急上昇しはじめた。まるでロケットが飛んで行くように、あっという間に雲の上についた。


「ああ、すごい。別世界だよ……」


 眼下には山と森に囲まれた自然豊かな景色が広がっていた。私はその美しさに感激し通しで、この世界を独り占めしている気分だった。


「決めた。私はこのゲームをクリアしないことにする。この平和なロワルデの地でゲームの世界を満喫するの。サブクエストを受けて生活費稼いで、放浪の旅をするんだ」


 私は第二の人生をゲームの世界に捧げるつもりでいた。もう現実の世界には未練はなかった。普通の会社員なんてやめて魔法使いに転職する。

 初回プレイでは避けていたサブクエストに挑戦して、この世界を肌で体験するのだ。それが生まれ変わって見つけた私の人生の目的だった。


「よーしっ! 張り切っていくぞー!」


 と、私は熱くなっていたけど、突然ぐうっとお腹が鳴り出した。


「そういえば何も食べてなかったよ。お腹がすいて死にそう……」


 私の持ち物にお金はあったけど食料はなかった。何とかして自力で調達しなければならなかった。

 ゲーム内では狩りをしたり、植物の実を採ったりして飢えをしのぐことができるけど、今の私じゃ道具もなけれいばスキルも足りない。


「村を探して食料を譲ってもらうしかないね」


 私はメインメニューを開きマップを確認した。するとすぐ近くに集落があることがわかった。そこには『タパル村』と表示されていた。


「ヴォルフ、あの山の向こうに村があるんだ。その近くに下ろしてほしいの」


 ヴォルフは私の指示を聞くと、翼をひるがえしてタパル村へ進路をとった。





 ほどなく小さな集落が見えてきた。平原の真ん中にぽつんとあったそこがタパル村だった。集落の周りには小麦畑が広がっていた。


 私たちは村から少し離れた場所に舞い降りると、ヴォルフをふたたび空へ上らせた。ドラゴンがいるとなると村人がパニックを起こしてしまうからだ。彼らを怖がらせないようにヴォルフを上空で待機させておくことにした。


 村の入り口に人影が見えていた。ゆっくり近づいていくと、その村人らしき人物が私に気づいて声をかけてきた。


「おお、これは珍しいお客さんだな」


 見知らぬ者が訪ねて来たというのに、にっこりと笑顔を作っていたのは、歳が40代くらいの男だった。背が異様に高くて、日焼けした体はがっしりとしていた。日頃の肉体労働でできた筋肉なのだろうか。彼は満面の笑みで白い歯を見せるナイスガイだった。


「こんにちは、私はニーナ」


「俺はハロルドだ。ひとり旅かい?」


「そうなの、でもまだ旅をはじめたばかりなんだけどね」


 一瞬ヴォルフのことが頭を過ぎったけど、さすがにそのことには触れられなかった。ここはひとり旅で通すことにする。


「旅はいいもんだよ。心の器を大きくしてくれるからな。その旅をいいものにしたければ石橋を叩いて渡る用心さと、石橋を叩き壊しちまう大胆さがあればいいんだ」


「ハロルドも旅に出るの?」


「ああ、若い頃はよく旅に出たさ。今は養っていかなきゃならない家族がいるんでね。時々出会う客人から旅の話を聞くのが趣味になっているのさ。ここを訪れる旅人はだいたい腹を空かせて来るんだ。ニーナがここに着たのも、食いものにありつきたかったからだろ?」


「よくわかったね。実はそうなの。お腹が空いちゃって、何か食べ物を分けてもらえないかと思って」


 ハロルドは肩をすくませると、申し訳なさそうに告げた。


「悪いなニーナ。今はちとタイミングが悪くてさ。食べ物を分けてあげられるほど余裕はないんだ」


「何かあったの?」


「村の井戸が枯れてちまってさ、水さえ手に入らない状態なんだよ」


「それは大変だね。どうしてそんなことになったの?」


「三日前に大きな地震があってさ、その影響なのかもしれねえんだ。俺たち農家にとって井戸水は命の綱だ。それが無くなっちまって、みんな頭を抱えてるんだ」


 このゲームの世界では不定期に大地震のイベントが発生する。それが起こると地形や地質のパラメーターに若干の変動が起こるのだ。どうやらその地震のせいで地下水の流れが変わったみたいだ。


「見たところ君は魔法使いだろ」


「うん、そうだよ。どうしてわかったの?」


「そのローブさ。どうみても普通じゃねえ立派なローブだよ。それは魔法使いの証だろ」


 私はまったく気づいてなかったけど、身につけていたものはけっこう上等なもののようだ。さすが国王が用意した服だ。国外追放はいただけないけど、国王のことをちょっと見直した。


「どうだい、ニーナ。君の力で井戸水を何とかしてくれねえか」


 ハロルドが話を持ちかけると、突然私の目の前にメインメニューが現れた。そこには『タパル村で井戸を掘り当てろ』と、サブクエストが表示されていた。


 まだレベル1の私には満足に魔法は使えない。けど、私の頭の中には別の考えが浮かんでいた。その方法ならこの問題を解決できるかもしれない。私はサブクエストを受けることにした。


「わかった、手伝うよ」


「おう、いいぞ。そうこなくっちゃな!」


 この世界に来てはじめてのサブクエストがはじまった。

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